1949-51 Town & Country "Trout"

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この手の柄は古き良きアメリカ人…もっと言えば、欧米人が古典的に好む定番柄である。パブミラー絵画のように、鏡面のポリッシュクロームをベースに、素朴で躍動感のあるタッチで自然や動植物を描いているところが秀逸である。

このタウン&カントリーシリーズのトラウト(鱒)柄は、10数年前に入手したものである。ケースマテリアルはブラスで、インナーはニッケル。時代考証には問題のないマッチング。

いまこの程度のミントコンディションとは言えない物でも入手しようと思ったら、なかなかに出会うのが難しい。

なぜなら、この手法による絵柄は、薄くジッポーに貼り付けられた瀬戸物の様な物なので、琺瑯文字盤の懐中時計同様、落とすと割れたり欠けたりするし、摩耗に弱い。よって、そこそこの値段の物でも柄に難のあるモノが多い。

画像の個体は、若干の焼けはあるものの…本体のジッポーが傷だらけな割にペイントが、ほぼ残っていると言ってよい。鱒が水面を跳ねた一瞬を切り取った一服の絵画である。個人的にこのシリーズの中ではこの柄が一番好きだ。

このシリーズの絵付けの製法は『ベイクド・セラミック』と言って、簡単に説明すれば、エナメル塗料で絵柄をペイントし、七宝焼きの様にオーブンで焼結したもの…という事なのだが、この『エナメル塗料での絵付け工程』というのが、恐ろしく難易度の高い作業工程を経て生み出されていたのだ。

まず、エンドミル刻印機で絵柄のシルエット全体をベースのジッポーの表面のメッキ層一枚分くらいの深さで彫り抜く。

そこに白磁の様なベースカラーの白を置く。その上にエアブラシで柄の基調色を入れ、次に数種類のシルクスクリーン・マスクの版を重ね、描かれる図案の具体性を示す線描を描き出す。最後に極細の筆で細かい陰影やディテールを描き込み、オーブンで焼き上げて定着させる…。

当時、この繊細かつ手間暇のかかる作業をやってのけたのは、ジッポー社本社工場の近隣に住む名も無き女性パートさん達である。おそらく、作業を始めるに当たり、ジッポー社のデザイン室のアート・ディレクターが原画に基づく作業工程や、エアブラシ等の道具の扱い方を指導して育成していったのだろう。

前に何かのジッポー社に関する資料で見たのだが、長机が何個も並べられた学校の教室のような部屋で、真剣な面持ちで絵付けをしている数十人のご婦人方の作業風景の写真を見た事がある。

とは言え…やはり、人の手によって生み出される物には、出来不出来がどうしても生じてしまう…。絵心のあるヒトや几帳面で器用な人と、絵心の無いヒト、不器用で大雑把なヒトとでは、絵柄の仕上がりに歴然の差が出ている…。

正直、ネット上でコレクターが公開しているタウン&カントリーの画像を見ても、上手い人の物とそうでない物が存在する。私の個体は比較的上手な人の物を狙って手に入れたつもりなのだが、如何なものだろう。

近年、何度かプリント物でタウン&カントリーが復刻されている。遠目に見ればよく出来ているように見えるし、たくさんの数の絵柄が揃えば、それなりに見応えはあるのだが、やはり個々の絵柄の色遣いが単調で、どこか安っぽく見えてしまい、単品での鑑賞には堪えない。何個か集めてはみたのだが、納得のいく物ではなかったため、結局はすべて手放してしまった。

やはり、タウン&カントリーはオリジナルに限る。どんなに手を尽しても、二度と再現不可能な『時代が生み出したアート』として、手工芸の極みにあるからではないだろうか。

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