- 0318 Museum
- 116F 札幌時計台
- 時計台 続き 安芸のシンボル 「野良時計」
時計台 続き 安芸のシンボル 「野良時計」
土居村(現在の安芸市土居)の大地主であった畠中源馬は時計に、おおいな興味を持った。
明治20年(1887年)ごろアメリカ製の八角掛時計を取り寄せて分解・組み立てを繰り返し、
やがて自作の時計を作ることを思い立った。 独学で全てのパーツを一人で作製したといわれる。
周囲で農作業に従事する人々が時間を知るのに役立ち、「野良時計」と呼ばれ 多くの人々に親しまれています。
時計は北側正面と東側・西側の3面にあり作製当初は3面同時に動いていたと言われています。
その後は正面のみが動いていた。
平成8年(1996年)国の登録有形文化財となった。
作製後120年あまり動いていたが、源馬の孫にあたる畠中秀雄が、平成16年(2004年)に死去すると、
管理する者がいなくなったため、止まってしまった。
翌年の平成17年(2005年)6月10日(時の記念日)に遺族が協力して再稼働を果たした。
さて、私は 1990年代前半から、「サンシャイン山田」の新店計画などで、高知県土佐山田町へ随分通いました。
石川社長と仕事を通して気脈が通じ、実りのある時間と、感謝の気持ちを共有することが出来ました。
そんな仕事の合間に、四国の太平洋側を広く探索しました。
勿論「安芸の野良時計」も、 です。
最後の画像は、当時使われていたテレカに描かれた「野良時計」ですが、
こんなものでもビンテージになっていくのでしょうか?