着なれない人にとっては堅苦しいイメージもあるかもしれないジャケット。実は仕事モードのオンにも休日のオフにも使える、そのうえ羽織るだけで気分も印象も上げてくれる頼れるアイテムなんです。
今回は、ジャケットを知り尽くした三賢者が登場!かつて起こった紺ブレブームや、映画007の俳優のかっこいい着こなしまで、話題も豊富にいかにジャケットを楽しめば良いのかを語ります。これを読めばジャケットファッションの系譜までわかるかも!?
現代のスーツ・ジャケットの楽しみかたとは
スーツが主流だったひと昔前、ジャケットといえば、ブレザーかツイードジャケットの一辺倒。ただ、この10年程で各ブランドがセットアップを提案したり、単体で着られるように素材の幅が広がってきたりとその動向も随分変わってきたのだとか。
では現代を生きる私たちならではのジャケットの楽しみ方とは? 著名テーラーで腕をふるう久保田博さん(Blue Shears ヘッドテーラー)、岡田亮二さん(LOUD GARDENクリエイティブディレクター)、そして服飾ジャーナリストの倉野路凡さんにお三方とジャケットの出会いから話を聞いてみよう。
(左から)服飾ジャーナリスト倉野路凡さん、Blue Shears ヘッドテーラー久保田博さん、LOUD GARDENクリエイティブディレクター岡田亮二さん。
ジャケット、スーツに出会ったきっかけは?
小さい頃から音楽が好きで、そんな理由から好きなミュージシャンが着ていたジャケットに興味がありました。大学の頃になるとジャズに傾倒していたこともあり、ジャズメンが着ていた
コンポラのスーツにとても刺激を受けました。彼らはみんな美意識が高いですね。
岡田さんと言えば音楽ですからね。納得できます。久保田さんはどういうきっかけですか?
イギリスの大学で勉強していて、卒業論文に「
サヴィル・ロウの歴史と経営学」を選んだのがきっかっけです。サヴィル・ロウのテーラーを何軒かあたって、いい返事をもらえたのがGieves&Hawkes(
ギーブス&ホークス)だったんです。当時のロバート・ギーブス社長をインタビューして、スーツやジャケットを仕立てるテーラーの世界に魅せられたわけです。それをきっかけに土曜日や夏休みを利用してギーブス&ホークスで働き始めました。
卒論がきっかけだったんですね。その頃に岡田さんと出会われたのですか?
久保田さんが本国のギーブス&ホークスで本格的に働き出す前くらいですね。当時は英国ファッションのトレンドがあり、ボクも日本で展開するイギリスブランドを探していました。そこでギーブス&ホークスを日本で取り扱っていた会社に就職を決めました。
ちょうど1990年前後の紺ブレが流行った頃ですね。
そうです。紺ブレが流行った頃はちょうど大学生のとき。
流行りましたね。大学の頃です。岡田さんと同世代ですね(笑)。古着もよく買っていました。
紺ブレにベルボトムのジーンズ、ウエスタンブーツ、ロングヘアでした(笑)。ボクもアルバイトをしてミッキーマウスのTシャツとか古着を買っていました。服の奥深さに目覚めたのもこの頃です。紺ブレだと
J.PRESS(Jプレス)やポロとかも買いましたねー。懐かしいです。
春だとポロシャツの襟を立てて紺ブレを着ている人を街でよく見かけました。それにルイヴィトンのボストンバッグを肩にヒョイって掛けてました。あの頃はドレスパンツではなくてジーンズでした。余談ですが当時、東京はポロシャツの襟を立てていましたが、京都は襟を立てずにボタンも上まで留めていました(笑)。
高校生のときですから1981年頃ですね。
VANが新生してすぐにブラックウォッチのブレザーとグレー
フランネルのパンツを買いました。スーツより汎用性のあるブレザーを選びました。まだアメカジや紺ブレのブームが来る前のプレッピー、
ニューヨークトラッドの時代です。VANやJプレスのボタンダウンに、Paul Stuart(
ポールスチュアート)のニットタイを締めていました。靴は定番のリーガルの
ローファーです(笑)。
学校は詰襟の学ラン(長ラン)だったので、帰宅して出かけるときにブレザー姿に(笑)。
それはウケますねー(笑)。ボクはVAN世代ではなかったんですが、周りの友人は丸井でJプレスの紺ブレを買っていました。ボタンダウンでも
Gitman Bros.(
ギットマン・ブラザーズ)やIke Behar(
アイクベーハー)といったライセンス生産ではないアメリカのブランドでした。’90年頃ですね。
そうなんですよね。この頃はまだネイビーのジャケットはほとんどなく、ネイビーのブレザー(紺ブレ)という時代でした。
ジャケット、スーツの着こなしがうまい著名人は誰?
映画や音楽、著名人でジャケット、スーツで着こなしのうまい方を教えてください。
スーツが似合うウェルドレッサーならたくさんいますが、ジャケットだと
ウディ・アレンを思い浮かべます。ちょうど1970年代後半の
アイビー、
プレッピーブームの頃ですね。彼は身長も低く、華奢な体型。そんな彼が私生活でもツイードのジャケットやチノパンをニューヨーカーっぽく知的に着こなしていました。ラルフ・ローレンの服が中心ですね。
「アニーホール」(1977年公開)はとくに有名ですよね。久保田さんはいかがですか?
ジェームズ・ボンドですね。歴代のボンド役の中でもダニエル・クレイグはスーツがよく似合っていると思います。ビスポークスーツを作られるお客さんの中にダニエル・クレイグのファンが多く、写真を持ってこられて「こんな感じで」とリクエストされることもあります。
甘い雰囲気のピアース・ブロスナンは女性から人気があり、渋さがあるダニエル・クレイグは男性から支持されていますよね。じつはうちもダニエル・クレイグ風にしてほしいというお客さんは多いですよ。
そんなに人気なんですね。お客さんはどこに魅力を感じてるんですか?
とにかくフィッティングが凄い!筋トレしてダイエットした本当に引き締まった体なんですよ。しかもタイトなフィッティングのスーツを着ているのでさらにカッコいいんですよ。
ダニエル・クレイグ演じる映画007のジェーム・ボンド。
でも、あのタイトなスーツでアクションは無理ですよね(笑)。
できないできない(笑)。あれは立ち専用のフィッティングです。立ち姿が美しいスーツやジャケットということですね。
やはり運動量をとらないと駄目ですから、そのまま作ったら大変なことになります。そこまでのタイトフィッティングはお客さんも求めてないですから(笑)。
タイト気味のジャケットをビスポークする場合、おすすめの素材とかありますか?
タイトに作るときはできるだけ厚手の服地をおすすめしています。同じ型紙、同じ作りをしても薄地の場合はシワになりやすいですね。たとえばフラノで有名なFox Brothers(
フォックスブラザーズ)の厚い服地だと、不自然なシワも入らず綺麗なシルエットが出ます。
岡田さんは着こなしの影響受けたミュージシャンや映画俳優はいますか?
ボクはいろんなリストを作るのが好きで、たとえば「無人島に持っていくレコード10枚」とか、「ライブを観なければいけないアーティスト3人」とか、いろいろ作っています(笑)。その中で「自分の服を着てもらいたいミュージシャン10人」というリストがあるんです。ジャケットなら
ポール・ウェラー、スーツだったら
ニック・ケイヴです。ニック・ケイヴは2メートル近い長身で、ステージでは必ずスーツを着ているんですよ。
そうなんですよ。彼の衣装を手がけられたら洋服屋を閉めてもいいくらいです(笑)。他には
レナード・コーエン(※1)ですね。彼は80歳を過ぎたおじいさんなので、早く作らないと・・・正直焦ってます(笑)。
彼は現代のモッズの大御所ですから。彼には
クラブストライプのジャケットを作ってプレゼントしたいですね。
ジャケットと関係ないですが、モッズ好きなテーラーやアパレル関係者って意外と多いですよね。ボクもポロシャツは月桂樹のマークのものが大好きでした。ワニのマークなんか一度も着たことがないです(笑)。話が脱線しましたね・・・。
●倉野さん談●
ちなみにモッズ好きは月桂樹マーク(ブランドF)のポロシャツしか着ていなかったですね。日本でも1980年代のモッズ好きは月桂樹マークのものを好んだんです。対して、ワニマーク(ブランドL)のポロシャツは1980年のプレッピーブームの象徴的アイテム。特にここのブランドのピンクとグリーンのカラーはプレッピーカラーとして親しまれていました。
ジャム、スタイルカウンシルを経たポールウエラーはモッズの象徴的存在。彼を好きなファンは月桂樹マークのものを着ていましたね。
※1
レナード・コーエン氏は2016年11月11日(金)に82歳で亡くなられました。当対談は2016年10月に収録したものです。
最近好きなジャケットや素材
続きまして、皆さんの好きな最近のジャケットや素材を教えてください。倉野さんはいかがですか?
職種がフリーランスということもあり、ジャケパンスタイルが多いですね。以前
アルデックスで作ってもらったスーツのジャケットのみの出番が多いです。
スリーオープンパッチポケットで共地のエルボーパッチを付けてもらいました。芯地などの副資材をできるだけ省略しているので軽量で、たためばバッグに入ります。スーツはドレッシーでいいんですが、ジャケットには軽快さを求めてしまいます。
倉野さんといえば、ジャケットの
ラペルによくブートニエールを飾られていますよね?
本当は生花がいいんですが、満員電車で潰されますからフェルト製で我慢しています(笑)。ブートニエールを付けてると初対面の方にも覚えてもらえたり、牛丼屋のレジのおばちゃんに褒められたり、わりといいことも多いです。
じつは久保田さんのところのビスポークハットを作る職人さんに作っていただいたものなんですよ。帽子に飾ってもいいし、ラペルに挿しても使えるんです。
お買い上げありがとうございます(笑)。帽子だけでなくて付属のアクセサリーやラペルピンも作ってるんですよ。
続いて岡田さんはいかがですか?ご自身もユニークなジャケットを愛用されていますよね?
“アバンギャルドとクラシックの融合”がボクのやり方なんですよ。小さい頃からモードブランドが大好きで、ギーブス&ホークス時代にはクラシックスーツを勉強しました。今一番好きな感覚はフォーマルとカジュアルをフュージョンさせたもの。カジュアルな素材とフォーマルなデザインの組み合わせが面白いです。 カジュアルな素材としてオリジナルの柄で、ハートのカモフラージュがあるのですが、この柄で最初にソックスを作りました。次いでネクタイを作って、この秋冬にはスーツ地も作りました。
写真手前がLOUD GARDENオリジナルのハートカモフラージュ柄。
アパレル業界に入って、もっとも影響を受けたのが1930’sスタイル。ワイドラペルで着丈は短め。パンツはワイドなシルエット。
シングルブレストでもピークドラペルというデザインも多かったですね。そんな理由からエレガントに見えるピークドラペルが好きなんです。
岡田さんの作られるジャケットはセットアップで使えるものも多いですよね。そういう要望があるんですか?
それほど意識はしてませんが、ユニークなデザインのスーツが多いので、ジャケット単体で着ても違和感がないですね。もちろんデザインにもよりますが。今日はジャケットとパンツの組み合わせ。今日はスーツで着ようというお客さんもいると思います。
オリジナルのカモフラージュ柄をプリントしたハリスツイードで作りました。カントリー素材のツイードとミリタリー柄のカモフラージュ、そして、ディナージャケット風のフォーマルなデザイン、カジュアルとフォーマルをミックスさせたジャケットですね。ジャケットとして着てもいいですし、パンツも作ればスーツとしても着られます。最近ではあまり見ませんがツイードのパンツもとてもスタイリッシュです。
久保田さんと岡田さんは一時期同じ職場だったにもかかわらず、作るものが異なりますね。久保田さんは正統派のイメージがあります。
ブルーシアーズはすべてビスポークなんです。お客さんも永く着られるものを求められていて、投資するように注文されるわけです。とうぜんお客さんの体型を補正して作っているためトレンドの影響をあまり受けない。サヴィル・ロウのギーブス&ホークスで修業していたこともあって、正統派を求められるお客さんも多いですね。
久保田さんの作るスーツはやはり英国のクラシックさが漂っていますよね。正統派だと思うんですが、どうやってカッコよさをスーツやジャケットに反映させるですか?
ダニエル・クレイグみたいなお客さんはまずいません(笑)。たとえば太り気味の方でも、しっかり体型補正してタイトフィットにすればカッコよく見えるんですよ。ウィンストン・チャーチルがその代表でしょう。彼はフォックスブラザーズのフランネルでスーツを仕立てていますが、フラノの持つ重厚さと相まって、迫力のある雰囲気が完成しているんです。彼が高番手のラグジュアリーな服地を好んでいたら、また違った評価だったと思いますよ。
このジャケットですね。お持ちいただいたのは。思い入れのあるものですか?
はい、これはギーブス&ホークスに勤め出してすぐに作ったものです。日本職人だと「見て覚えろ」みたいなところがありますが、先輩のテーラーたちはとにかく親切に丁寧に教えてくれるんですよ。時間はかかりましたが今もサイズを直して着ています。
この季節はツイードが多いですね。用途にもよりますがエルボーパッチを付けたり、背中に
プリーツを付けたり、やはり英国のカントリージャケットの雰囲気です。長期間着てもらうのが一番嬉しいです。もう20年ほど着ていただいている方もいますよ。
ジャケットをどのように楽しめばいいか
ジャケットならではの楽しみ方を皆さん教えてください。
5年ほど前に自分のコレクションをPitti Immagine Uomo(
ピッティ・イマジネ・ウオモ)に出展したことがあって。その時に感じたのですが、着ているスーツやジャケットって名刺を渡すよりも早く印象を与えてしまう。世界共通語の挨拶みたいなもの、そう感じました。裏地やボタン一つでもいいんです。どこか自分だけのオリジナルのディテールを取り入れてほしいですね。自分らしさを表現するアイテムとして活用してほしいです。
大きな流れは間違いなくドレスダウンだと思います。そんな環境の中でもジャケットやスーツ着用の場ってありますよね。そんなときに「あ~面倒だな」と思わないで、「あのジャケットをコーディネイトして着て行こう」みたいな感じで、楽しんでワードローブから選んでほしいです。作り手としては派手というのではなくて、テンションが上がる上質な服を提供していきたいです。
倉野さんは作り手側ではなくて着る側の立場から、ジャケットの楽しみ方を教えてください。
世の中の流れはカジュアル化が進んでいて、休日にスーツを積極的に着ようという人は少ないでしょう。カジュアル化の最後の砦がジャケットだと思っているんですよ。しっかりしたテーラードなジャケットがあってもいいし、芯地のないシャツ仕立てのような軽いジャケットが共存していていいと思います。あと最近ハッキリしたんですがボクの世代がいくらお洒落なブルゾンを着ても“ジャンバー”になるんですよ(笑)。オジサンっぽくなってしまう。ジャケットの方がスマートに見えますよ!
昔の“紺ブレ”と同じように無地のネイビーのジャケットが一着あると重宝しますよ。あと、
ヘリンボーンやグレンチェックなどの英国の伝統柄や、
シアサッカーや
マドラスチェックなど、季節に合わせて何着か揃えておくと、より楽しめると思います。やはり引き出しは多い方がいいですよ。
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