ポル=ポトとは?
1925生まれのカンボジアの政治家。別名サロット・サル Saloth Sar。プノンペン工科大学卒業後、フランスへ留学。 1952年帰国後、プノンペンの私立学校教師。1960年カンプチア共産党の創立に参加、1963年には書記長に就任、イエン・サリ,ソン・センらとともに地下に潜行。赤いクメールの中心人物として反政府運動を展開。 1970年右派ロン・ノル将軍のクーデターで失脚したシアヌークと提携し、反米=反ロン・ノル闘争を指導、1975年4月ロン・ノル政権打倒に成功した。翌1976年「民主カンプチア」の首相として農本主義的共産主義改造を強行、その恐怖政治のため国民の支持を失い、1978年 12月にはベトナムの介入を招き、ポル・ポト政権はタイ国境地帯に撤退、1979年には首相を解任された。1985年の民主カンプチア軍最高会議議長兼総司令官退任後も、依然としてポル・ポト派軍の最高司令官であり、同派の最高指導者であったが、1997年内部対立から身柄を拘束され、同派の人民裁判で終身刑を宣告されていた。1998年国境付近で死亡との情報があり、調査隊がチョンチャンガムという集落で遺体を確認した。