「アンティークを目指したい」、「ものづくり」にこだわり抜いたイヤホン・ヘッドホンブランド「final」

「アンティークを目指したい」、「ものづくり」にこだわり抜いたイヤホン・ヘッドホンブランド「final」_image

取材・写真/山川 譲

昔から映画や音楽、バイクが好き。でも、「なぜ?」と聞かれると困ったもので。気付いたら考えていたので「好き」、「なぜ好きか」は考えたことがない。本連載では、僕が好きなモノの作り手さんにお話しを聴いて、「なぜ好きか」に迫り、モノが持つ魅力を見つけていきます。今回はイヤホン、ヘッドホンブランド「final」を展開しているS'NEXTの代表取締役社長 細尾満さんにお話しを伺いました。

MuuseoSquareイメージ

final(ファイナル)は、家電量販店の高級イヤホンコーナーで発見。真鍮の「Piano Forte VIII」がまるで土偶みたいで気に入ったものの、7万円という価格が価格だったので眺めるだけでした。友人とドライブをしたときに持っていたイヤホンを壊してしまい、帰りに勢いで購入。「クレジットカード7回払いで払えば月1万円だ」と自分に言い聞かせたのをいまでも覚えています。

「好きなもの」を買い、愛せば「いい音」を出してくれる

山川:思い切って買ってみましたが、いまでも後悔していないです。でも、いまだに音質はよくわかってません…

細尾さん(以下、敬称略):弊社の製品は試聴しないで購入するかたが多いそうですよ。高いオーディオ、「いい音」のものを買っても「いい音」なんて出ません。自分が好きなものを買って、愛していろいろ工夫をすれば、いい音が出るものなんです。

山川:そんなものなんですね。

細尾:イヤホンやヘッドホンは、フィルムや金属で出来た振動板から音が出てくるのですが、経験豊かなエンジニアだとその素材を見ただけで、良い音がするかどうかわかります。でも、強い興味がないとなかなかわからないかもしれませんね。

山川:自分にとっての「いい音」ってどうすればわかるんですか?

細尾:私は中学生の頃から半導体や真空管を使ったアンプを設計、自作していたんです。もう30年以上のマニア(笑)。地元大坂のパーツ屋さんによく行っていたんですけど、中学生なんて珍しいので、大人のお客さんが「うちに音を聴きに来ない?」って誘ってくれたんです。

取材をしたショールームでは数々の製品やfinalの歴史やこだわりを感じさせる“モノ”も展示されていました

取材をしたショールームでは数々の製品やfinalの歴史やこだわりを感じさせる“モノ”も展示されていました

山川:自作でアンプを作るって聞いたことはありますけど、実際にやっていたかたには初めてお会いしました。

細尾:みなさん、パーツを分けてくれたり作りかたを教えてくれたり、とても可愛がってくれました。いろんな「音」を聴く機会があったから、私は自分にとっての「いい音」がわかるかもしれません。

山川:昔からオーディオ関係の仕事をやろうと考えていたんですか?

細尾:大学卒業後は店舗をデザインする会社に勤めていました。ヘルメットかぶって工務店のかたがたと現場で仕事をしていたんです。よく大工さんたちには怒られていました(笑)。そのあとは広告代理店さんの企画書作成代行をやっていたり、クリエイティブな会社に入ったり、いろいろやっていました。

山川:イヤホンやヘッドホンとはかけ離れていますね。

細尾:2000年代に私がデザインしたアクティブスピーカーが「wallpaper」でデザインアワードを受賞したことがあります。そのあとも、デザイナーさんやコピーライターさんと組んで加湿器なども作りました。「YUEN’TO(ユエント)」ってブランドをご存じじゃないですか?

「YUEN'TO」のミュージックバルーン。説明書には細尾さんのイラストが。

「YUEN'TO」のミュージックバルーン。説明書には細尾さんのイラストが。

山川:(HPを見て)見たことあります! 細尾さんは「イラスト」で関わられているんですね。

細尾: クリエイティブな能力って生まれながらの才能ではなく、ロジックを積み上げれば誰でも身につくと思っています。店舗デザインの仕事では建築家さんや設計士さんの設計図を見る機会がありました。こうした設計図を見て、「何がかっこいいのか?」と要素を分解して目的に応じて再構築をしていく。パターンに合わせるだけではなく、目的を持って組み合わせていくことが「かっこいい」に繋がるように考えていました。

HPも製品写真も社員が担当、「自分で作ったほうが楽しい」

山川:もしかしてデザインアワードも「とれる」と思っていたんですか?

細尾:「これぐらいの賞はとれる!」ってつもりでやっていました。ロジックを積み上げれば、世界でも通用するんだって自信が持てた一件でした。

山川:そういえば、以前御社のHPで商品紹介に人の顔をシンメトリーにした画像を使っていましたよね。あれを見て「凄いセンスだ!」と思いました。

細尾:あれは「よくわからない」って声が多くてやめてしまいました(笑)。私とアートディレクターの山本でいろいろ工夫して弊社の「やり過ぎ感」、「面白さ」を表現してみようと考えたのですが…わかってくれる人がいたのはとても嬉しいです。

以前HPの商品紹介で使われていた人の顔をシンメトリーにした画像。これを見てとても感動したのを覚えています。

以前HPの商品紹介で使われていた人の顔をシンメトリーにした画像。これを見てとても感動したのを覚えています。

山川:デザインにはとても強いこだわりを感じるんですが、有名なデザイナーさんにお願いしているんですか?

細尾:弊社は常に「自分たちで考え抜く」ことを大事にしています。有名なデザイナーさんにすべてお願いするのではなく、自分たちでコンセプトやロジックを考え抜いてから、デザイナーさんの力をお借りするようにしているんです。人的資源や予算には限りもあります。その中で、自分たちでできることは自分たちでやる姿勢を持って取り組んでいます。それに、自分たちで作るのは単純に「楽しい」ですよね。

山川:プロに全部任せるのではなく、自分たちのこだわりも盛り込んでいるから良い意味で「違和感」を覚えるのかもしれませんね。

細尾:HPやカタログでも自分たちで「何が大切か」を考え抜いて作っています。お客様が何を見るのか、大事にするのかを考えて抜いて「生々しさ」を表現しようと考えました。だから、商品写真には撮影者が写り込んでいますし、Photoshopで色の調整をするのも抑えています。

山川:「生々しさ」を大事にしたのはなぜですか?

細尾:実は20万円のヘッドホンを買うかたは月収20万円のかたも多いんです。高級腕時計を買うように、モチベーションを上げるきっかけなのかもしれませんが、数ある有名なメーカーの高級イヤホン、ヘッドホンの中でfinalを選ぶマニアックさに弊社も応えてみたいと考えています。他社にはない魅力は何か、どうしたらお客様の生活に溶け込んでいくか、そして人的資源や予算の中で表現できるのは何か、「生々しさ」はそんな問いかけに対する答えのひとつでした。

「自分にできるんだから、お前にもできる」、こうした考えかたはネガティブなイメージで捉えられやすいですが、細尾さんはとてもポジティブ。「人にできるんだから、自分にだってできるだろう」と考えて仕事をされてきたように思いました。細尾さんのそんな試行錯誤、蓄積もfinalの魅力のひとつになっているのかもしれません。

Piano Forteの部品。ズレが出ないように重ね合った状態で磨きを行うなど、注意を払っているそうです

Piano Forteの部品。ズレが出ないように重ね合った状態で磨きを行うなど、注意を払っているそうです

3Dプリンターを使い、条件を変えながら試作を繰り返しているそうです

3Dプリンターを使い、条件を変えながら試作を繰り返しているそうです

SONYと共同で「究極のものを作ろう」というプロジェクトで生み出されたレコードカートリッジ。徹底的な音へのこだわりから総ダイヤモンドの針を採用、当時の価格で50万円したそうです

SONYと共同で「究極のものを作ろう」というプロジェクトで生み出されたレコードカートリッジ。徹底的な音へのこだわりから総ダイヤモンドの針を採用、当時の価格で50万円したそうです

川崎にあるショールームでは、数々のfinal製品とともに、finalの歴史を感じさせる機器も多数展示されています

川崎にあるショールームでは、数々のfinal製品とともに、finalの歴史を感じさせる機器も多数展示されています

長く使い続けられる「アンティーク」を目指したい

山川:finalのこだわりは、細尾さんの「クリエイティビティ」に対するこだわりなのかもしれませんね。細尾さんは「final」製品をどのように使ってもらいたいと考えていますか?

細尾:「アンティークとして使ってもらいたい」と考えています。家電はすぐに新機能を持った新製品が登場しますよね。愛着を持ちづらいです。でも、イヤホンやヘッドホンが持っているのは「音を出す」機能だけ。扱いは家電ですが、長い間「好きでいられるモノ」なんです。

山川:いろいろ話がつながりますね。「愛していろいろ工夫をすれば良い音が出る」、「生々しさを大事にしたい」、買って貰うこと以上に「好きになって貰うこと」「使い続けて貰うこと」を大事にされているんですね。

細尾:そのために、今後も長く修理できる体制を整えていかないといけません。あと、定期的にイヤホン組み立て教室をやっているんですけど、以前10歳の女の子が来てくれたことがあります。「ネットで見た」と話してくれましたが、私が中学の頃にアンプを作っていたように、finalを通して「モノを作る楽しさを知って貰いたい」とも考えています。

ーおわりー

File

finalショールーム(S’NEXT株式会社)

神奈川県川崎市幸区北加瀬3-12-7
月二回不定期 11:00〜17:00

1974年、「音のコンサルタント」として名高い高井金盛氏が立ち上げたブランド。徹底的に音にこだわったオーディオの企画、構成を手がけ、2007年、国内の大手コネクターメーカーから100%出資を受けてS’NEXT株式会社を設立。2009年にはイヤホン、ヘッドホンブランドとして「final audio design」を立ち上げた。2015年、親会社から独立して、イヤホン、ヘッドホンの幅を超えていきたいと創業者高井氏の意志を引き継ぎ、「final」へとブランド名を戻した。

レコード・オーディオを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

自分が求めるヘッドホン像を描けるようになる情報を初心者にも分かりやすくまとめました。

51hzk6if8il. sl500

あなたのヘッドホンはアーティストの息づかいが聴こえていますか?

重低音を聴きたいなら大型ドライバは本当なの!?ダイナミック型ドライバの音に疑問を感じたら、BA型や静電型のドライバを聴いてみよう。カナル型で低音が出ないと思ったら外耳道奥までしっかりと差し込んでみよう。音が良くなるポタアンなんて無い!

本当にいい製品はどの製品なのかが一目で分かるガイドブックの決定版

51td iua0rs. sl500

ヘッドフォンブック2021 (CDジャーナルムック)

【主な内容】
■本誌選定ベストモデル ヘッドフォンアワード2019-2020
2020年春〜2020年春までに発売・発表された全モデルの中から、イヤフォン、ヘッドフォン、および周辺機器を価格別に分け、本誌筆者と有名販売店コンシェルジュが推薦するクラス別ベストモデルを決定、アワードとして表彰します。

■音楽ファンのための最新イヤフォン/ヘッドフォン徹底ガイド
この1年に発売された全イヤフォン/ヘッドフォンを対象に、音質、装着感、機能性などから推奨モデルをセレクト、その魅力を紹介します。

■特別付録 コンプライ・イヤーチップ
アジアンフィット Ts マルチコア(Mサイズ)

公開日:2016年1月16日

更新日:2021年8月6日

Contributor Profile

File

山川 譲

シンクタンク、ウェブメディア記者、雑誌編集を経て、コピーライターとして活動。ランチ代、定期代もすべてCDにつぎ込んでいた高校時代以降、CDと本を中心に様々なモノをコレクションしている。現在はロシアンウォッチ、カメラレンズ、眼鏡、ネクタイをコレクション。モットーは「保存はしない、実用」。

終わりに

山川 譲_image

finalのイヤホンを購入したとき、フィリップスやソニーの販売応援さんが五人ぐらい集まってくれて「僕も欲しいんです」「欲しいと思ったときに買わないと!」とプッシュしてくれました。他メーカーのかたまでオススメするんだから後悔しないだろうなと。デザインだけではなく、音にもこだわりがあることを実際に販売しているかたがたも知っている。 「試聴しないで買う」と細尾さんが仰った理由もここにあるのかもしれません。

Read 0%