真空管ラジオ。それは創られた”当時の音”を楽しめる。音のタイムマシーン

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取材・文/金成 真理恵
写真/齋藤 創太

家庭用の家電製品としては最近あまり目にしなくなったラジオだが、実は番組を聴くこと以外にもさまざまな楽しみ方がある。今回はヴィンテージラジオと音楽をこよなく愛するカフェ・ラジオプラントのオーナー奥田さんにその魅力をたっぷり語っていただいた。

コレクション・ダイバー【Collection Diver】とは、広大なモノ世界(ワールド)の奥深くに潜っていき、独自の愛をもってモノを採集する人間(ヒト)を指す。この連載は、モノに魅せられたダイバーたちをピックアップし、彼ら独自の味わいそして楽しみ方を語ってもらう。

学生時代、慣れ親しんだラジオ、今は別の意味で身近な存在に

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奥田さんとラジオの出会いは学生時代、受験の時に勉強のお供として深夜放送を聞いていたことから。当時は深夜放送の全盛期で、誰もがお気に入りのパーソナリティーがいた。当時はラジオ番組のトークを主に聞いていたが、大人になり、今ではラジオを通して大好きな音楽を聴いている。

ジャズが特に好きな奥田さんは、驚くことにLPレコードを3000枚も保持しているとのこと。学生時代は楽器を演奏しジャズバンドに参加していた。ジャズ以外にもクラシック、現代音楽、民族音楽、ポップなど幅広いジャンルの音楽を聴き、音楽全般に精通している。

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ラジオを集めるようになったのは、もともとテレビなどとは違った独特の伝わり方をするラジオという存在は好きだったが、アメリカやヨーロッパのラジオのデザインに触れて、なんて可愛いデザインなんだろうと思ったことがきっかけ。オーディオは高校のころから始めていたが、ラジオは40歳くらいから気に入ったデザインのものを集めるようになった。気づけば、20年くらいかけて40〜50台を所有していたというから驚きである。

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お店では、通常はオーディオからだが、ラジオエイジのスイングジャズや50'sのPOPsなどラジオ向きの音源は、ラジオでよく流している。

ラジオにCDを入れることはできないため、オーディオから電波でラジオに音楽を飛ばしている。ラジオを改造して直接入力するよりも、その方がそのラジオが作られた当時に近い音で流すことができるのだそう。

奥田さんは通常市販されていないAMトランスミッターをネット上で部品を取り寄せ自作。ネットワークオーディオとAMトランスミッター、そしてアンティークラジオを組み合わせて、古い時代に作られたものを新しい時代のやり方で楽んでいる。

普通に聞いているだけだと、ラジオから流れている懐かしい音質の音楽を聴いている気分だが、その裏側では、デジタルな処理がされている。こういったアナログとデジタルがミックスされている点が面白い。

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特別なお手入れなどは特にしていないそうで、接続できるかを確認する程度だそう。表のデザインとは全く違った美しさやアンティークな雰囲気を当時のまま楽しむことができる。

解説:真空管ラジオとは?

大容量の電圧を使用し動く真空菅を採用したラジオ。1945年ごろに発売されており、その消費電流の大きさに比例して大型のものが多い、ポータブルになったのはトランジスタが普及し始めた1960年ごろ。テレビの普及と共に衰退していったが、まだテレビの価格が高かったころはアンプを自作する人が多かった。秋葉原の電気街には回路部品やキットを購入しに来る人がおり、ラジオ少年という愛称で呼ばれていた。

可愛いだけじゃない、国や時代を象徴し、歴史を語るラジオの数々

20年ほどで40〜50台ほどのラジオを所有している奥田さんのラジオを選ぶ基準やポリシーを聞いてみると、ラジオのデザインの背景も一緒に見えてきた。
ラジオを選ぶ主な基準はデザイン。目を惹くデザインというのはもちろん、その時代の雰囲気が出ているラジオであるかということも重要なのだそう。例えば「スパートン」というラジオは1930年代に流行していたアールデコのデザインだ。どこか訴えてくる力の強いデザインにはその時代が表れていることが多いようだ。

奥田さんは、国や年代をあまり意識せず収集したそうだが、アメリカ製のもの、そして1940年代~50年代のものが8割を占めるという。なかには著名な家具デザイナーが手がけたデザイン性に優れたものも。

奥田さんのラジオコレクション

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アメリカの有名デザイナーが手がけたロゴがキュートな一点、エマーソン

1940~50年代に活躍したアメリカのデザイナー、チャールズ・イームズがデザインしたラジオ。お洒落なロゴもお気に入り。

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アメ車のデザインが特長的、クロスレー

1950年代のアメ車のキャデラックのダッシュボードがイメージ。デザイナーが車のデザインを意識して造ったではと奥田さんは考えているそう。アメリカンな時代のイメージのデザインであり、造られた年代から自分で想像を膨らませるのもラジオの楽しみ方の一つである。

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アール・デコの時代を象徴する、美しいスパートン・ラジオ

1936年 スパークス・ウィシントン社製造。ガラスでできており、アール・デコのデザインになっている。アメリカ製でアールデコという時代の流行りのデザインが現れている。奥田さんいわく、時代を感じることができるのもラジオの魅力の一つ。

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レトロな雰囲気がお洒落なAWA

オーストラリアが製造。古い摩天楼をイメージされたデザインされており、エンパイア・ステート・ビルディングのようなNYの古い高層ビルが思い浮かぶ。アメリカの戦前に造られた、キングコングが登っているビルのイメージ。ラジオにもデザインのテーマ、モチーフがある。

見ても聴いても楽しめるラジオの魅力

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前述したように、奥田さんにとってのラジオの魅力はただ、ただ聴くだけではない。

 まず「メディアとしてのラジオ」が魅力的であること。「テレビは画面をはさんで直接対面して、親しげに話しかけてくる。でも、ラジオの聴こえ方は、上からふわっと声が聴こえてくるようなそんなメディアです。それがとても心地いい。テレビのように面と向かうことを強制するメディアではない。自分が必死に耳を傾けなくてもいい」そんな自由さがラジオの魅力の一つだという。

そして、「見て楽しいデザイン」。その時代を象徴するモチーフのデザインのラジオは、自分の好きな映画や時代、国など他の思い出とのつながっていく。

 最後に、「当時の音を楽しめる」こと。確かに、ヴィンテージラジオの電源を入れてみるとラジオが作られた時代の少しこもった音で再生されていた。

奥田さんは、音楽が好きだからこそ、昔の音楽をその時代の音で聴けることに魅力を感じるのだそう。オーディオはいかに良い音で聴けるかが重要であるが、ラジオには「音の良さ」を求めるのではなく「時代の音を聴く」楽しみを求めるため方向性が全く異なる。

当時の家庭でラジオに耳を傾けていた人々の耳に届いたであろう当時の音源を当時の音で、現代の私たちがタイムスリップを楽しみながら聴けることは確かに大きな魅力である。

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PCでもラジオが聞けてしまう現代生活の中で、ものとしてのラジオを生活に必須な家電と考える人は多くないかもしれない。そして、「音のある生活を」と考えるなら、今ではオーディオ技術が進化して生演奏のような美しいサウンドも流すことができる。しかし、今回の取材でラジオでしか聴けない音があると知った。
 
自分が生きていない時代の音楽を、「当時の音」で聴いてみる。すると、なぜか懐かしさや音の深みを感じられるから不思議だ。時代を表すデザインをまとったラジオが奏でる「当時の音」が、新しい音の世界へ誘ってくれる。

ーおわりー

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カフェ ラジオプラント

自由が丘にある、自家製の水出しコーヒーと音楽のお店。店内には、音楽好きのオーナー奥田さんが大切にしているヴィンテージラジオがディスプレイされている。オーナーセレクトの選りすぐりの音楽をヴィンテージラジオを通した懐かしい音色で聞くこともできる。コーヒー好きはもちろん、音楽好きにも愛されている憩いの場。駅から少しだけ歩いた場所にあり、町の喧騒を忘れさせてくれる落ち着いた空間も魅力。

レコード・オーディオを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

人気番組「真空管ワンダーランド」のノウハウ系コンテンツを1冊に凝縮!

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大橋慎の真空管・オーディオ 活用の奥義(立東舎)

「真空管アンプを使ってみたい」「真空管アンプの音を楽しみたい」という方に向けて、ミュージックバードの人気番組「真空管ワンダーランド」の中からノウハウ系のコンテンツを集め、再構成した本書。放送ならではのライブ感あふれる語り口そのままに繰り広げられる真空管アンプ活用法の数々は、これから真空管アンプを使いたいという初心者はもちろん、長年お使いのベテラン勢にもきっと有益なはずです。2018年10月に刊行された『大橋慎の真空管・オーディオ 本当のはなし』を知識編とするならば、こちらは実践的とでも呼ぶべき内容と言えるでしょう。
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少年時代の思い出がよみがえる!

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手作りラジオ工作入門―聴こえたときの感動がよみがえる (ブルーバックス)

●スパイダー・コイルを使った中波帯用ゲルマニューム・ラジオ ●VHF帯TVとエアーバンドが聴けるトランジスタ式超再生ラジオ ●中波と短波が聴ける2石+1IC 2バンド・ラジオ ●真空管で中波放送を聴く2球再生式ラジオ ●真空管とトランジスタ混成で短波が聴ける1球1石ラジオ ●FM放送が聴ける2球超再生式ラジオ

公開日:2017年4月1日

更新日:2021年8月12日

Contributor Profile

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金成 真理恵

大学生の時にミューゼオのインターンとして、取材、記事を執筆。 ジブリグッズのコレクターでもある。

終わりに

金成 真理恵_image

正直、実際にラジオを使ったことがなかった私。聴くとしても、YouTubeかスマホのラジオアプリ。そんな中でラジオの魅力はやっぱりデザインかなあなんて思いながら今回の取材に臨んだ。結論から言うと、私の予想は大きく外れ、(デザインが魅力的というのは大前提で)”音”という魅力に感動した。初めてヴィンテージのラジオの音を聞き、その音は普段私が聞くどの音源とも全く違ったどこか懐かしく優しい音だった。時折はいる雑音でさえ心地よい。新しいものばかりに目を向けるのではなく、古いものに少し触れるだけで世界が広がる、そんなことをラジオを通じて実感した。

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