手編みが生み出す造形美。辻和金網 コーヒードリッパーの魅力

手編みが生み出す造形美。辻和金網 コーヒードリッパーの魅力_image

取材・文/堤 律子
写真/田中 幹人

週末の夜、コーヒーを淹れながら「いつも通りの慌ただしい一週間だった」と振り返る。
そして、いつも通りの日々を鮮やかに彩ってくれた事柄を思い出し、じっくり反芻する。コーヒーの香りが広がるにつれ、心も満たされていく。そんな濃密な時間をさらに豊かにしてくれるのが、「辻和金網」の手編みコーヒードリッパーだ。

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細い銅線を手で編み上げ 機能的で丈夫なコーヒードリッパーを生み出す

1本の銅線が一筆書きのようにして円を描き、なめらかなカーブの先は取っ手になっている。さらにその円からは、いくつもの細い銅線が伸び、隣り合った銅線と繊細な編み模様を作って、下へいくほど細くなり、円錐の形になっている。


レースのように編まれた、銅線一本一本がまとう赤褐色の控えめな輝きに、ついコーヒーを淹れるのも忘れて編み模様を目で辿ってしまう。


「コーヒーが好きで、円錐形のペーパーフィルターを使えるドリッパーを作りました。お湯がフィルターの中心一点に向かって流れ、粉に触れる時間が長くなるので、コーヒーの旨味をしっかり抽出することができます。ドリッパーを固定するスタンドもステンレスの針金で作っているので、カップやポットの中のコーヒーの状態も確認しやすいんですよ」。そう説明してくれたのは、「辻和金網」の三代目・辻泰宏さん。


まず金網細工の美しさに見惚れてしまうのだが、機能性もその見た目に劣らないのだ。


とは言え、2本の銅線が2、3度ねじられて1本になり、また離れてはねじられてを繰り返し、一見均一で、でもよく見ると手編みならではの味わいがある様子は、まるで人間関係や、日々の暮らしや、時の流れを連想させて、目が離せない。きっとその時の心の持ちようで違った風に見えるだろう。週末の夜、静かに日々を振り返るのにぴったりの道具ではないだろうか。

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菊の花から始まり 亀の模様で形作る金網細工

金網細工の歴史を辿ると平安時代まで遡る。京都の伝統工芸として、明治以降はさらに盛んになったそうだ。


そんな中、「辻和金網」が“碁盤の目”と呼ばれる京都の中心地で創業したのは、昭和8年。「銅線を亀甲編みにして色んな道具を作るのが、金網細工です。基本は銅線を2回ねじって亀甲の模様を作りますが、ねじる回数を増やすと編み目も大きくなる。そうやって調整して見た目の変化を生み出します」。


編み方は、板に打ち付けた釘に銅線を引っ掛けながら、「菊出し」と呼ばれる菊の模様を編み、茶漉しやざるの中心となる部分を作る。それから、種類ごとに違う木型に取り付け、その型に合わせて亀甲編みを施していくのだ。


コーヒードリッパーは菊出しがないイレギュラーな形だが、基本は中心から口の方へ編んでいく。だから、先述した「下へ行くほど細くなり…」というのは編み方としては逆の見方で、編んでいくほど編み目は大きくなる。「だから、編み目が大きくなり過ぎると道具として成り立たないので、途中で銅線を増やし、バランスを取るものもあります。例えば、茶漉しは10本の銅線で編み始めますが、最終的には20本の銅線で完成します。2本をねじって編むので、増やす際は同じ数の銅線を足すんです」。


京都御苑の南にある店では、二代目の辻善夫さんと一緒に修理や作業をしている辻さんの姿を見ることができる。1本の銅線が必要な長さに切り揃えられ、まずは板の上で菊の花になる。そして木型に沿って一つひとつ編み目が増え、銅線が形を成していく。こうして生まれた道具が自分のキッチンにやって来て、使うたびに辻さんの手元を思い出させてくれるのだ。贅沢な買い物とは、こういうことではないだろうか。

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「ぎんなんいり」や「じゅんさいすくい」など プロならではの道具にも出会える

「創業当初は京都の料理店や和菓子屋を中心に顧客を広げていましたが、今では京都の伝統工芸を求める観光客や個人客さんが多い」と辻さん。それに従って、取り扱う台所道具の種類も増えた。


見た目の美しさと、抗菌作用があることから基本は銅線を使うが、今は丈夫なステンレスも扱う。特にステンレス製品は、ごくシンプルで一切装飾がなく、主張しないのだが、キッチンで使っている時は、きっと主役になるだろうと思わせる存在感が何とも魅力的だ。



「ステンレス製品は、すでに編まれた網を加工して作ります。人気があるのは、手付焼き網や丸網足付。お客様の声を形にして商品化したものが多いですね。別注で受けて、定番化したものもあります」。だからこそ、「ちょっと足が付いている」「サイズ展開がある」「洗いやすい」「丸型と角型がある」など、実際使ってみて便利な、細かい工夫を感じられる製品が多いのだ。


「次はあれを作ってみようか、と考えるのが楽しい。作ってみたいものはいくつかありますが、注文に応えるのに精一杯で、なかなか形にできませんけどね」と辻さん。店内には、ざるや落し蓋などの台所道具に、「ぎんなんいり」(6,264円〜)や「じゅんさいすくい」(1,728円)などプロの料理人が使う道具、コースター(2,160円〜)や手編みかご(1万9,440円〜)などテーブルまわりの雑貨も並ぶ。


ひと編み、ひと編みがひとつの形を成す。そんな道具を手元に置いて毎日過ごすことで、「いつも通りの日々」も、一日一日しっかりと向き合いながら過ごせそうだ。

ーおわりー

File

辻和金網

創業以来八十余年の技を今も変わることなく守り続けた手作りの金網細工を制作。
京都の金網の起源は平安時代にさかのぼると言われ、その技を受け継いできた職人達熟練の技が生み出す網目の美しさは、機械による大量生産品には真似のできない「雅」がある。思わず金網細工の美しさに見惚れてしまうが、機能性もその見た目に劣らない。
手作りだからこそ用途に応じて針金の太さや網目の大きさを変えることができ、長年使ってほころびができた際の修理も請け負っている。

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公開日:2015年9月28日

更新日:2022年5月12日

Contributor Profile

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堤 律子

京都在住のフリーエディター。ほっこりするものよりキリキリ研ぎ澄まされたものが好き。30代も後半となり、スタイルではなく体力維持のためバレエ教室に通い、最近着付けも習い出す。今、興味があるのは銅版画(製作する方)。

終わりに

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わが家に「丸網足付」を迎えてから、蒸し野菜を作ることがぐっと増え、次はステンレス製の「落し蓋」か、取っ手が付いた「万能網」かと思案しているところに、取材させていただく機会をいただきました。寡黙で黙々と銅線を編んでいく辻さんの手元に見入りながらも、ステンレス製もいいけれど、細く繊細な手編みのものが欲しくなってきて心はゆらゆら。「作りたいものは色々あるんですが」とお話しされた時に緩んだ辻さんの表情に、今後の楽しみがまた増えました。

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