ファンの力を結集して作った時計が話題に。実直にモノ作りの道をゆく若き時計製作師。

ファンの力を結集して作った時計が話題に。実直にモノ作りの道をゆく若き時計製作師。_image

文/コダマ タク
写真/satoshi sonoda

時計を裏から見て幸福な気持ちになるのは僕だけだろうか。いや、機械好きの多く(特に男性)は魅了されているに違いない。
シースルーバックと呼ばれる裏が透ける構造になった時計を見ると、複雑に入り組んだパーツがどのように動くのか? 探求したい気持ちで心躍ってしまう。あるいは一つ一つ磨きによって手間が掛けられた微細なパーツを見て惚れ惚れしてしまうという方もいるだろう。
今日お話を伺うのは、そんな時計を自らの手で作り、自らの手で磨き挙げる時計製作師の牧原大造氏。日本でも稀な“時計製作”と“時計彫金”の2足のわらじを履く職人さんだ。

そもそも時計師という職業は2つの職人が存在する。一つは主に修理を行う人、そしてもう一つは時計を製作する人(一般に独立時計師という)。今回ご紹介する牧原氏は後者に近い。

卒業制作の1本から、クラウドファンディングの一大プロジェクトが発足

MuuseoSquareイメージ

今日も納期に間に合わせるために丁寧に磨きの作業を行う牧原氏。時計における「磨き」とは微細なパーツの角や面の部分を鏡面に仕上げる作業のことで装飾的な意味合いが強い。
聞けば、現在は販売元である茨城県の時計屋さん「doppeL(ドッペル)」から入ったオーダーを、受注生産方式で製造しているのだとか。

doppeLとの出会いは2009年にまでさかのぼる。
doppeLが15周年を迎えるにあたってオリジナルの時計を製作した際に、当時時計の学校の研修生だった牧原氏の講師が、「一介の時計屋が作る時計どんなものなのか」を見に来たのがキッカケだったという。

そのレベルの高さに共感し、「ぜひ生徒にも製作に携われせたい」という希望から、当初研究生の中でも抜きんでた作品を作り上げていた牧原氏が推薦されたのだそうだ。最初は「学生が作るものはたいしたことはない」と思っていた店主も、牧原氏の「トゥールビヨン」と呼ばれる複雑機構や彫りによる精緻な紋様が施してある卒業制作の作品を見て「オリジナル時計の続編を作らないか」と依頼したのだそうだ。

トントン拍子で新たな時計製作の話しが進んだとはいえ、時計製作には工具や設備が必要だ。幸いにも、モノ作りが盛んな筑波大学のあるつくばという立地のせいか工作機械などを扱う商社マンの方が多く、人脈から仕入れることができたという。
牧原氏いわく「後押しする環境がそろっていて本当に助かった」そうだ。

そしてクラウドファンディングのプロジェクトを立ち上げると、予想以上の反響がくる。様々なメディアに取り上げられ、プロジェクトの目標値50万円に対して202%の達成率に到達。投資者の中には時計を渡すにあたってわざわざ熊本から上京した方もいたそうだ。初めてお客様に自分で作った時計を渡す時には「子どもを巣立たせる気分で悲しくもあった。けれど数々の時計を持っているお客様が左腕につけた時に満足そうな表情を見せたことに(時計製作をしていくにあたって)自信が湧いた」という。「時計の玄人の方が自分の手作業を褒めてくれたのは、自分のやり方が間違っていなかったんだと気づかされた」と語る。

クラウドファンディングとは

主にWEB上で企画を発案し、共感したユーザーから融資や協力を募ること。プロジェクト成功の暁には融資額によって報酬を返す仕組み。

スイスの至宝”の教えによって彫金の道が開く

MuuseoSquareイメージ

元々は調理師か時計修理、あるいは保育士になりたかったという牧原氏。その当時はインターネットも無く時計の学校があるとは知らず、調理師の専門学校の道に進んだそうだ。
コックさんをしながら貯金をして、欲しかった時計であるロレックスの「デイトナ」を購入。見ているうちに「この構造が知りたい、分解してみたい」という思いが強く働き、27歳の時に時計の学校に進む道を選んだ。

ここで転機が一つ訪れる。外装の授業で映し出された彫金師の金川 恵治氏のDVDだ。周りの学生がウトウトするなか牧原氏だけが、その光と影が競演する世界の画面に見入られたという。

金川氏は日本で唯一「フランクミュラー」に彫金することが許されている彫金師。

調べていると、金川氏自身も独学で彫金を学んでいることが分かった。それなら自分も独学でやってみるかと工具屋さんに通い、教えを受けながら彫金のスキルを上げていったのだそうだ。
今では彫りのレベルも上達し、「日本菊」という微細な手の感覚が必要とされる紋様をフリーハンドで彫れるレベルにまでなった。

本格的に彫金をやろうと思ったのは“偶然”との出会いである。
たまたま時計学校の様子を取材するテレビが入ったときに、番組プロデューサーから「誰に会いたい?」と質問を受けた際に「フィリップ・デュフォー氏に会いたい」と答えたところ、何とサプライズ企画でスイスまで連れて行ってくれたのだそうだ。
フィリップ・デュフォー氏とは“スイスの至宝”とも呼ばれる独立時計師で、磨きにかけては圧倒的なクオリティを持つことで有名だ。

そんなデュフォー氏のもとで数日間、朝から晩までつきっきりの状態で磨きの精神と技術を学ぶ。
そしてこの磨きと彫金を組み合わせることによってオリジナリティの高い時計が出来るのではないかという思いに至ったのだそうだ。

死ぬまでに3種類の時計が作ることができれば本望

牧原氏が過去作った作品の表側

牧原氏が過去作った作品の表側

裏側。左から、「クラシックレギュレーター」、「トゥールビヨン」「doppl03」どれも繊細な磨きと彫金が施されている

裏側。左から、「クラシックレギュレーター」、「トゥールビヨン」「doppl03」どれも繊細な磨きと彫金が施されている

「これからどうなっていきたいんですか?」という質問にちょっとはにかむ牧原氏。

「ゆくゆくは独立時計師を目指していきたいけど、あわててはいない。まずは目の前のモノをコツコツやっていきたい」と語った。

独立時計師として認められるには、スイスの独立時計アカデミーの会員2人からの推薦と3年間は準会員として毎年バーゼルフェア(世界最大の時計見本市)に新作を出し続けるという高い要求に応えなくてはならない。

「今作っている時計が大きいので、次に小さいサイズのものを、それから鳴り物(ミニッツリピーターなど)ができれば人生終わるんじゃないかな(笑)」と最後まで控えめな牧原氏。
今後の製作の動向が気になるところだ。

ーおわりー

File

DAIZOH MAKIHARA

MAKIHARA独立時計師である牧原 大造氏は、料理人としてホテルに勤めたのち、27歳でヒコ・みづのジュエリーカレッジに入学。フィリップ・デュフォーとの出会いにより、時計製作を志す。2019年には第1作となる「菊繋ぎ紋 桜」を発表。2021年にオートマタ付きの「花鳥風月」を完成させる。2019年よりAHCI(Académie Horlogère Des Créateurs Indépendants=独立時計師協会)準会員。2022年より正会員になっている。

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機械式時計の製作、アフターメンテナンスを志す人、そして機械式時計を「思い出の一品」とする全ユーザー必読の書。

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稀世の「時計師」ものがたり (文藝春秋企画出版)

2020(令和元)年、91歳を迎えた末和海の人生は、時計、とりわけ機械式時計(メカニカルウォッチ)と共にあった。末の姿勢は、すでに10代で確立されていた。それは、「理論と技能技術の両面から機械式時計のすべてに精通する」ことだった。
日本で初実施の「アメリカ時計学会・公認上級時計師(CMW)認定試験」に、1954(昭和29)年、若干27歳で合格した末は、自身の姿勢を機械式時計に関する高度なアフターメンテナンス、時計メーカーでの斬新な製品開発という「現場」で貫くだけにとどまらず、人材育成の面でも若き後進に多大の影響を与え続けている。その末が、自身の91年に及ぶ人生の道のりをつまびらかにすることで、「今、時計師の存在が必須である」ことの意味を訴える。

機械式時計のすべてがわかる、時計ファン必見の1冊

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機械式時計大全: この1冊を読めば機械式時計の歴史や構造がわかる

歴史や種類、内部構造、精度やメカニズムなどを詳細に解説するのはもちろんのこと、各メーカーのつくり手としての思想やこだわりなども伝える機械式時計の決定版。世界的に有名なブランドや機械式時計の名機、ヴィンテージウォッチ、ミリタリーウォッチなどを紹介するともに、選び方や買い方、メンテナンスのポイントなども詳しく紹介。手巻式腕時計の基本構造やゼンマイの構造などメカニズムの解説から、ド・ヴィックの時計や振り子時計の発明譚、日本の機械式時計発達史など歴史的側面も網羅するなど機械式時計の魅力を多角的に追求しました。

Series : 目と手で作り上げる。時計製作師の職人技

公開日:2015年8月21日

更新日:2022年6月27日

Contributor Profile

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コダマ タク

フリーライター。IT企業在勤中に「Fab(ほぼ何でも作る)」という考えに触発され、モノ作りの世界へ。 自分なりの「Fab」をみつけるべく現在時計師の養成学校にて修行中。時計とスニーカーを愛し、チューンアップしたランドナーで日々放浪するアラサー男子です。

終わりに

コダマ タク_image

日頃から努力を続けることによって、時計師としてのキャリアをアップさせるいくつもの偶然をつかみとっていることに感心しました。
ただその偶然の裏には学ぶ姿勢や努力といったものが(ご本人はあまり語りませんが)、ひしひしと感じるインタビューでした。
強く“思う”ことで結果が引き寄せられるのかもしれませんね。

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