銘木コースターLegna nero
銘木コースターLegna bianco
指をすべらせてみると、しっとりとした触り心地のものもあれば、力強さを感じさせる節のある触り心地のものも。一枚板から厚さ1cmに切り出されたコースターからは、木の個性や美しさが目や指先から伝わってきます。
例えばリグナムバイタは硬く滑らかな肌触り。手に乗せてみるとずっしりとした重量を感じます。この銘木は、気乾比重(空気乾燥させた木材の重さと同じ体積の水の重さを比べた数値)が1.28と、日本で一番軽い木であるキリと比べると約4倍の重さがあります。
トチはさらさらしていて、上質な布を触っているようです。表面のさざ波模様は光沢感があり、見る角度によってきらきらと表情が変化します。その紋様は時間が作り出した素晴らしい自然の造形です。
それぞれの木の持ち味を引き出しつつ、上品に調和させる。この仕事の勘所はどこにあるのでしょうか。ミネルバと眞栄工芸、二つの工房を覗いてきました。
宮本茂紀さんが手掛けた銘木コースターをMuuseo Factoryオンラインストアで販売しています
木取りが家具職人の腕の見せ所
戸越銀座駅を降り、賑わう商店街から一本はいった道沿いに宮本さんが創業したミネルバと五反田製作所があります。
建物のてっぺんには知恵の象徴とされるフクロウのオブジェが鎮座し、出迎えてくれます。(写真:佐々木孝憲)
ミネルバは、建物の1階は木工の作業場、2階は事務所とミネルバのショールーム、3階は五反田製作所のサンプルルーム兼居住スペースとなっています。ベランダには宮本さんが育てているオリーブなどが並んでいます。
自然光が多く入る工房は整理整頓が行き届いており、行き当たりばったりの仕事ではなく、段取りを大切にしていることがわかります。
宮本さんが創業した五反田製作所グループは、東京の戸越周辺に3つの作業場を持っています。明確にわかれてはいませんが、主に「五反田製作所」では建物の内装に関わる家具や、宮本さんが一人で取り組んでいる家具が作られます。ミネルバでは、付き合いの長い家具メーカーから受注した家具と、木工作業を行います。「ミネルバ 品川工場」では縫製や張りの作業を行っています。
宮本さんはバックヤードからバーズアイメープルの木材を持ってきて、加工をはじめました。加工前の木材の表面はざらざらしていて、「バーズアイ」の由来となった鳥の目のような杢は見当たりません。機械のスイッチを入れると、耳元で大きな声を出してようやく会話ができるくらいの音が工房に響き渡ります。
ゆっくりと動いていく手元は安定しており、体はまったくブレることがありません。重心が体の中心にあり、数え切れないほど同じ作業をしてきたことが一見してわかります。5分ほど加工をした後に見せてくださった木材には、少しだけ鳥の目の模様があらわれていました。
「木取りが家具職人の腕の見せ所なんだよ」。木取りとは、丸太から板や角材を切り出すことを指します。方法は大まかに2種類。板目(丸太を年輪に接するように切った木目)と柾目(丸太を半径の方向に切った木目)です。板目、柾目でのみ表れる模様があるため、木取りに職人の技術があらわれます。一つひとつの木の様子を見て、最適な形で切り出すことで美しい木目があらわれます。
日本で椅子職人が登場するのは明治初期のこと。芝(東京都港区:新橋から三田にかけて)一帯は後に、政府や特権階級の人々のために椅子を作る家具店がひしめきます。「最適な木取りができる」これは上質な素材と極上の座り心地を追求する、芝家具の流れを汲んでいると言えるでしょう。
1960年代半ばごろまで木の仕入れは職人がおこなっていたと言います。宮本さんは若いころからいい木を見定める目を買われ、先輩職人が高価な木材を購入する際には必ず連れていかれたそう。目利きは木の立ち姿で、中の状態がわかるといいます。
木には耐久性と風合いのバランスを考慮しガラス塗装を施しています。風合いを損なわない程度の塗膜なので、水滴がついていたり、日光に当て続けると変色の原因となってしまうので注意が必要です。
細かい工夫が光る、アクリルの接着と磨き
これら個性ある木をまとめあげるのはアクリルのケースです。アクリルを採用することで、野暮ったくならず、かつ色や質感といった木の個性が浮かび上がっています。ガラスの方が長持ちしますが、傷がつきやすく壊れやすい。何回も触るコースターにはアクリルが適していました。
微細な気泡はおろか、パーツ同士の接合面さえも完全なる透明になるよう仕上げています。
日本における椅子作りは江戸末期に興り、明治に花ひらきました。宮本さんが職人・斎藤巳之三郎氏の徒弟に入った1950年代は、まだ明治以来の伝統的な椅子作りが一般的でした。そこから現代にいたるまで、椅子に関する素材や技術の主流がうつりかわる様を目のあたりにしてきたそうです。天然素材とコイルスプリングからウレタンフォームに移り変わることを、宮本さんはネガティブにとらえるのではなく、むしろ前向きに受け入れたくさんの素材と技術に親しんできました。新しい素材を積極的に採用し、どんなことができるか頭を巡らせる。アクリルと木の組み合わせは、素材について熟知していないとできない仕事です。
このケースを作ってくださるのは、工業用プラスチック部品の総合加工を行う眞栄工芸です。ミネルバから徒歩5分の場所にある眞栄工芸は、宮本さんが信頼を寄せている企業で、かれこれ20年以上のお付き合いになるそう。
戸越銀座には、大正12年の関東大震災で壊滅的な被害を受けた東京の下町や横浜方面の商業者たちが集まってきたという歴史があります。そういった流れはまだ残っており、商店街を外れた住宅街の中に、町に根付いた仕立て屋や工場があります。
眞栄工芸は、高い精度を求められる加工品ではNC(数値制御)を利用した複合機械加工を採用し、機械では難しい見栄えと強度を兼ね備えた接着や曲げは手作業で行っています。
ディスプレイ用のアクリル加工の肝は、接着と磨きにあり。そう教えてくださったのは専務の萩野谷さん。気泡が入らないよう、薬品を独自に調合した液剤を使用し、細心の注意を払って張り合わせています。「厚みのあるアクリルだと均等に接着剤を流し込むのが難しいんです。経験のある工員が担当します」そういいながら目の前でささっとアクリルを接着してみせます。
アクリルの磨きも手作業です。サンドペーパーで何度も磨いては確認し、少しずつ番手を上げて行き、時間をかけて透き通った見た目になるまで磨きに磨き上げています。
取材冒頭、レコーダーのスイッチを入れているときのこと。宮本さんが製作をお願いしているアクリルのパーツが机の上に置かれると、「ちょっと先に話してもいいかい?」と、いま開発中の椅子の相談を始めました。
受発注という上下の関係というよりは、気軽に相談ができるパートナーのようです。きっと、名だたるデザイナーとも探究心でつながっていたのでしょう。その時が一番宮本さんの目が輝いていました。
宮本茂紀さんが手掛けた銘木コースターをMuuseo Factoryオンラインストアで販売しています
使い手の想像を促すものづくり
どんな依頼も断らず手を動かし続けてきた宮本さんの引き出しは、84歳になったいまでも増え続けています。さまざまな価値観を受け入れて形にしていく。その姿勢は素材に対しても同じです。樹種という括りから一歩踏み込んで、木一本について、理解を深め秘められた魅力を引き出す。
宮本さんが作った家具や小物を眺めていると、使い手に想像を促すようなスッキリとした印象を持ちます。
休日の朝、コーヒーを入れた陶器のマグカップにはパープルハートのコースターを選ぶ。一仕事終えた夜、うすはりのグラスでビールを飲む時にはさわやかなトチのコースターを合わせる。そんな想像をすると、何気ない時間がより楽しくなりそうです。大切な人を家やオフィスに招くとき、一人ひとりにコースターを選んでおもてなしをしたら話が弾むに違いありません。
余白と引っかかり。その見事なバランスはデザイナーと使い手の橋渡しをしてきた宮本さんの「真摯にものづくりをしたい」という思いが滲み出ているように思います。
—おわり—
椅子について学ぶなら。編集部おすすめの書籍
椅子の神様 宮本茂紀の仕事 (LIXIL BOOKLET)
カッシーナ、B&B、アルフレックス、梅田正徳、藤江和子、隈研吾、ザハ・ハディド……。彼らは、日本初の家具モデラー、宮本茂紀(1937-)がともに椅子づくりに携わってきたメーカーであり、デザイナーたちである。一流の面々がこぞって宮本を頼るのはなぜなのか。
2019年4月、数年越しに完成した佐藤卓デザインによる、自然素材と伝統技術に拘った最高級のソファ「SPRING」の開発に関わった宮本。本書はその「SPRING」を皮切りに、デザイナーと試作開発に取り組んだいくつかの事例から職人としての宮本茂紀の仕事に迫る。ものづくりの現場に約65年。後半では、歴史から椅子の構造の変遷や技術を学び、素材や座り心地を追求し続け、さらに次世代へと継承する宮本の仕事も紹介する。写真家、尾鷲陽介の撮下しによる豊富な図版とともに、新たな角度から椅子の奥深さ、魅力に触れることのできる一冊。
椅子づくり百年物語―床屋の椅子からデザイナーズチェアーまで (百の知恵双書)
床屋の椅子は、いつから坐り心地がよくなったのか。旧帝国ホテルの設計者、フランク・ロイド・ライトが自らデザインした椅子に込めたものは。体の大きなマッカーサーが日本上陸後に使った椅子と、体の小さな吉田茂が愛用した椅子の違い。この一〇年で、自動車のシートはどのように変わったか。椅子の試作開発に永年携わる職人・宮本茂紀が、半世紀にわたって関わった椅子を、ものづくりの現場にいる者ならではの経験と洞察力で語る。