デジタル時代に、私はフィルムカメラを選ぶ。「HASSELBLAD(ハッセルブラッド) 500C」。

デジタル時代に、私はフィルムカメラを選ぶ。「HASSELBLAD(ハッセルブラッド) 500C」。_image

文・写真/山縣 基与志

この連載では、モノ雑誌の編集者として数多くの名品に触れてきた山縣基与志さんが「実際に使ってみて、本当に手元に置いておきたい」と感じた一品を紹介します。

今回紹介するのは、フィルムカメラ「HASSELBLAD(ハッセルブラッド) 500C」。

フィルムカメラは、デジタルカメラのように撮ってすぐ確認というわけにはいきません。ただ、手間がかかり制約があるからこそ撮影する時に高揚感を感じられるのだと山縣さんは語ります。誰でも写真を撮影でき手軽に加工できるいま、「HASSELBLAD 500C」で撮影をする醍醐味とは。

フィルムカメラに夢中になった少年時代

写真を撮るのが好きだ。撮影した記憶が残っている最も古い写真は、忘れもしない昭和47年11月11日に都電を撮ったものである。

この日は、生まれ育った町の都電路線が廃止となった日。花電車が走ることを知り、朝から花電車を追いかけ、都電を何度も乗り降りしながら、夢中になって撮影した。

小学校5年生、10歳であった。それから45年という星霜(年月)を経て、今なお写真を撮り続けている。よほど写真を撮ることが性に合っているのだろう。

フィルムカメラで撮影した都電花電車。撮影した時の記憶を今でもはっきりと覚えている。当時は車掌がいて、仲良くなって扉の開け閉めをさせてもらったり、「チンチン」という発車の合図の紐を引っ張らせてもらった。古き良き時代だった!

フィルムカメラで撮影した都電花電車。撮影した時の記憶を今でもはっきりと覚えている。当時は車掌がいて、仲良くなって扉の開け閉めをさせてもらったり、「チンチン」という発車の合図の紐を引っ張らせてもらった。古き良き時代だった!

45年の間、さまざまなカメラを使ってきた。最初のカメラは都電を撮影した『コニカC35』。家にあったカメラだが、今考えてみるとライカと同じ距離計連動のレンジファインダー。良く写るカメラだった。

それから気に入った写真家の使っていたカメラの影響などを受けながら、ペンタックス党、ニコン党、ライカ党などを渡り歩いた。フィルムカメラの時代は、それぞれのメーカーに個性があり、どのカメラも使っていてときめき、楽しかった。

昭和47年に撮影した6000型は現在、桜の名所飛鳥山公園に鎮座している。『HASSELBLAD 500C』のファインダーから覗くと当時の音まで聞こえてくる。

昭和47年に撮影した6000型は現在、桜の名所飛鳥山公園に鎮座している。『HASSELBLAD 500C』のファインダーから覗くと当時の音まで聞こえてくる。

デジタルカメラは便利な仕事用の「道具」だ

デジタルカメラが登場し、便利さから飛びついた。フィルムカメラと違って撮影の結果がその場でわかる。これは仕事では何よりの福音だ。もうフィルムカメラには戻れないと思った。

ところが、デジタルは便利で効率的で、ホワイトバランスや感度なども自由自在。後から画像処理で補正や修正もできるのだが、全くときめかない。フィルムカメラ時代のように撮影時の緊張感、現像が上がるまでのワクワク感もない。撮影してモニターで確認した段階でハイ、お仕舞い!それで完結してしまう。

デジタルカメラは、確かに便利で仕事には本当に必要な道具ではある。しかし、都電を撮った時のときめきやカメラを持つ喜びはない。デジタルカメラは仕事用のパソコンと同じなのだ。

『HASSELBLAD 500C』のボディはスウェーデン製だが、レンズは西ドイツ(当時)の光学機器の名門『カールツァイス』が装着されている。

『HASSELBLAD 500C』のボディはスウェーデン製だが、レンズは西ドイツ(当時)の光学機器の名門『カールツァイス』が装着されている。

撮影する感動を求め、再びのフィルムカメラへ

そうだフィルムカメラに戻ろう!せめて仕事以外の撮影はフィルムに回帰しよう。

どうせなら思い切り手間のかかるカメラがいい。しかしある程度の大きさと重さで、いつでも持ち歩けるものがいい。かつてカメラ屋に通って憧れのカメラをショーウインドー越しに食い入るように眺めていた時間が蘇る。

熟考の末に選んだ、良い塩梅のカメラが、50年以上前に製造された『HASSELBLAD 500C』。もちろん、フィルムカメラ。しかもブローニーという幅広の中判といわれるフィルムを使う、6センチ×6センチのスクエアーフォーマットだ。

MuuseoSquareイメージ

機械式のヴィンテージカメラの場合、なんと言っても内部の機械の状態が大切。そして完全整備してあり、製造時の精度や感触になっていなければならない。

特に『HASSELBLAD』はボディ、レンズ、フィルムマガジンの組み合わせで出来ており、それぞれが完璧に連動していなければならない。どこで手に入れるかが一番大切になる。

『HASSELBLAD』の愛用者を「ハッシー」と呼ぶのだが、ハッシーの聖地と呼ばれる店がある。それが築地にある「XYLEM」だ!もともとはこだわりのトランペットの専門店だったのだが、店主の川島隆哉さんの趣味が高じて『HASSELBLAD』も扱うようになった。

そのこだわりは半端ではない。扱うボディ、レンズ、マガジンは全て熟練のカメラ修理人によって完全整備され、『HASSELBLAD』オリジナルの精度、感触を楽しめる。飛びきり状態の良い『HASSELBLAD 500C』を「XYLEM」で手に入れた。毎日持ち歩き、わくわくしながら撮影を楽しんでいる。

MuuseoSquareイメージ

「HASSELBLAD 500C」ならではのお作法

蒸気機関車D51の前面ステップに置いた『HASSELBLAD 500C』。鉄の塊であるD51にも匹敵する存在感は圧倒的! 撮る喜びはもちろん、持つ喜び、観る喜びも満たされる。

蒸気機関車D51の前面ステップに置いた『HASSELBLAD 500C』。鉄の塊であるD51にも匹敵する存在感は圧倒的! 撮る喜びはもちろん、持つ喜び、観る喜びも満たされる。

『HASSELBLAD 500C』にはお作法がある。

まずは常にボディの巻き上げノブを回してシャッターをチャージしておくこと。レンズやマガジンの交換時は、これを怠るとカムのかみ合わせがズレて、はずれなくなってしまう。

さらに撮影する時はフィルムマガジンから引き蓋を抜く。そして最も特徴的なのが、フォーカシングフードを引き上げて、上から覗いてフレーミングやピントを合わせること。まるでお辞儀をしているような姿勢で撮影に臨む。完全整備された『HASSELBLAD 500C』はレンズやフィルムマガジンの脱着、引き蓋を抜く動作、シャッター音など内部の歯車やカムがキチッと噛み合っているという感触が伝わってきて、どこを動かしても何とも心地よい。

『HASSELBLAD 500C』はボディ、レンズ、マガジン、フォーカシングフード、露出計内蔵の巻き上げノブなどによって構成される。それぞれがカムや歯車で完璧に連動してシャッターが切れる。電気は一切入っていない機械式カメラの頂点といっていい。

『HASSELBLAD 500C』はボディ、レンズ、マガジン、フォーカシングフード、露出計内蔵の巻き上げノブなどによって構成される。それぞれがカムや歯車で完璧に連動してシャッターが切れる。電気は一切入っていない機械式カメラの頂点といっていい。

HASSELBLADで写す、職人の生き様

『HASSELBLAD 500C』の魅力は機械の感触とスウェーデン製の北欧デザインだけではない。

レンズは世界最高と言われるカールツァイス製。写りが違う。ファインダーで覗いた段階で、立体感、描写力、色味などレンズの良さがわかるほどで、現像してプリントするとさらに、その描写力に驚愕する。デジタルのシャープさとは別次元の密度や空気感。被写体の熱さが伝わってくるようだ。

『HASSELBLAD 500C』で使うブローニーフィルムは、1ロールで12枚しか撮れないのだが、これが良い。

1枚1枚真剣に光を読み、被写体と対峙するので12枚撮るとヘトヘトになる。ハッシーとしていま一番夢中になって撮影しているのが、ベテランの職人のモノクロのポートレート。何十年と一つの仕事に傾注してきた生き様が『HASSELBLAD』だと写せるような気がしている。

理容師として老舗や超一流ホテルの理容室で修行を積み、政財界や著名人の髪を整え続けて六十有余年。いまでも現役で腕を振るう斉藤征男マスター。『HASSELBLAD 500C』で撮ると人の歴史まで写り込むようだ。

理容師として老舗や超一流ホテルの理容室で修行を積み、政財界や著名人の髪を整え続けて六十有余年。いまでも現役で腕を振るう斉藤征男マスター。『HASSELBLAD 500C』で撮ると人の歴史まで写り込むようだ。

HASSELBLAD社のカメラに対する情熱、「XYLEM」川島さんのこだわり、そしてカメラ修理職人の真摯さが結集して私の手に乗っているのだ。大好きで尊敬している職人を撮影するのが楽しくないわけがない。都電を撮影した時の緊張感と高揚感が蘇る。

最初に手に入れたプラナー80ミリ標準レンズをセンターに、脇を固める広角ディスタゴン60ミリ、プラナー100ミリ、Sプラナー120ミリと漸く自分にとって究極の4本のレンズが揃った。もうこれ以上レンズは増やさない!と思う(?)。あとはどれだけ撮影を楽しむかに専念したい。もう迷わない。手間がかかるが愛しの『HASSELBLAD』と共に記憶に残る写真を撮り続けていくつもりだ。

ーおわりー

カメラを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

フィルムカメラの楽しさ全開!の本

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FILM CAMERA STYLE vol.2 (エイムック 3947)

本誌は、フィルムカメラの魅力を余すところなく伝え、マニアからビギナーの読者まで、フィルムカメラの愛する全ての方に向けた1冊となっています。これからフィルムカメラを触ってみたい、まずは1台購入したいという方に向けて、カメラやフィルムの選び方、購入方法から現像、プリント、SNSの楽しみ方までを体験レポート風に楽しく紹介します。マニアなら誰でも納得するような、ビギナーなら見て欲しくなるような編集部オススメのフィルムカメラの名機を集め、その特徴と魅力をわかりやすく解説しています。

あなたはフィルムカメラを手にしたことがありますか?

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フィルムカメラのはじめかた ~「知る・撮る・選ぶ」が、これ1冊でぜんぶわかる本 (かんたんフォトLife)

スマートフォンやデジタルカメラで写真はよく撮るけど、いまさらフィルムカメラで撮ろうなんて思わないなあ、なんて人も多いかもしれませんが、逆にフィルムが生み出す写真の質感や風合いに新しさを感じ、フィルムカメラを手にする人たちも増えてきているんです。
フィルムカメラはそんな新しさだけではなく、写真の基礎を学ぶのにもぴったり。
本書では、はじめてフィルムカメラに触る人にもわかりやすいよう、カメラの選び方やそのしくみ、フィルムについての基礎知識、実際の撮り方から現像までといった情報をくまなくフォローしていきます。

公開日:2018年6月23日

更新日:2021年9月16日

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山縣 基与志

人、モノ、旅をこよなく愛し、文筆業、民俗学者、プランナーとして活動中。日本全国の伝統芸能と伝統工芸を再構築するさまざまな仕掛けを展開している。

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