写真を撮影することが目的ではあるものの、収集対象として高い人気を誇るのがカメラだ。そんな趣味性が高いカメラについて日本カメラ博物館・学芸員の井口芳夫さんに様々な角度からお話をうかがう連載の第一弾。今回は、ピンホールから始まりフィルム、そしてデジタルへと進化したカメラの中で、とくにエポックメーキング──すなわち時代を変えたカメラを挙げてもらった。
今回登場する名機たち
- 「ジルー・ダゲレオタイプカメラ」1839年 フランス
- 「サンダーソン・トロピカル」1909年 イギリス
- 「ザ・コダック」1888年 アメリカ
- 「写ルンです」1888年 日本
- 「ポラロイド・ランドカメラ95」1948年 アメリカ
- 「コニカC35 AF」1977年 日本
- 「ミノルタα-7000」1985年 日本
景色をただ写し出すものから記録する機材に進化
カメラが登場して以来、撮りたいニーズが時代とともに広がり、そのニーズに応えるためカメラが発展する。これがカメラの歴史であり、現在もそれは続いている。
歴史を踏まえたうえで、時代を変えたカメラとして学芸員・井口さんが最初に挙げたのが“ジルー・ダゲレオタイプカメラ”だ。
ジルー・ダゲレオタイプカメラ
“ジルー・ダゲレオタイプカメラ”は1839年に仏アルフォンス・ジルー商会が発売したカメラである。ダゲレオタイプカメラとは「フィルムに相当する銀メッキした板が写真となる銀板写真(ダゲレオタイプ)という記録方式を用いたカメラ」のことだ。従来、カメラはガラスのスクリーンに、景色などを映すだけの装置で、人がその景色を手で描いていた光を感じて写し出される感光材料による撮影が可能となったのだ。
お話をうかがった、日本カメラ博物館・学芸員の井口芳夫さん。
「このカメラが登場したことで、人々は写真を手にすることができるようになったことはいうまでもありません。それは『写真という表現』の始まりであり、『カメラという機械』と人間の関わりの始まりを意味しています」
井口さんが挙げた理由をこう語ってくれたが、外観は見たところただの箱。ただ、構造は現代のカメラに通じるものがあるそうだ。
「外観的にはレンズが付いた木製の箱に見えるかもしれませんが、カメラとしては究極的な形といえます。なぜなら、レンズによって集められた光が、閉ざされた箱の中で像を結び、感光材料に画像を記録する。この構造は、現在のデジタルカメラにも継承されているものだからです」
カメラの感光材料装填部にデジタルバック(装着すればデジタルカメラになるユニット)を取り付けることができるなら「ジルー・デジタルカメラ」になるという“ジルー・ダゲレオタイプカメラ”。このカメラが現代まで続くカメラ史のなかで果たした役割は大きい。
人びとが写真を撮影する使用範囲を大きく広げたカメラ
1909年、英ホートン&サンが発売した「サンダーソン・トロピカル」。
良質な木材で仕上げられたボディは、一見、高級家具かと見まがうほどだ。
続いて井口さんが挙げたカメラが“サンダーソン・トロピカル”。
1909年、英ホートン&サンが発売したこのカメラの特徴は、なんといっても美しい木製ボディ。名前につけられた「トロピカル」という名称は、赤道付近にある島々で使用に耐える木製素材と加工を意味しているが、ボディの上質な仕上がりに目を奪われてしまう。
「このカメラは英国製の家具を思わせる良質な木材と上質な仕上げが際立つもののひとつですが、単なる豪華なカメラではありません。構造的な特徴は広角レンズを使用した場合や、撮影する画像の歪みを補正するためにレンズ部分を上下左右ほかに動かせるようにしたこと。それらの操作に適したカメラ各部の構造が工夫されていることが、評価されている部分です」
「サンダーソン・トロピカル」の登場で、カメラを持ち運び屋外で撮影できるようになった。構造的には前板部分が動くことが大きな特徴だ。
ただ、井口さんが“サンダーソン・トロピカル”をピックアップしたのは構造的な部分ではない。
「南洋での使用に耐えられるカメラとしたのは、カメラが発売された19世紀初頭はイギリスが世界に進出していた時期だったことが大きな要因といえます。当時、絶大な支配力を持っていたことで各国から良質な素材を入手できただけでなく、写真を撮影する領域、つまり使用範囲が広がったことにも繋がります」
このことに繋がるが“サンダーソン・トロピカル”の感光材料は銀板から透明ガラス板に写真乳剤を塗布し乾燥させた「乾板」へと進化した。その結果、工業化されて品質的にも安定している「乾板」を購入するだけで撮影を始められることから、多くのアマチュア写真愛好家を生みだすことになる。
多くの愛好家が誕生したことで、それが撮影への様々な欲求が生まれ、それが機材の発展へと繋がる。“サンダーソン・トロピカル”の凄さはここにある。
撮ったらすぐ見たいニーズに技術が応えたインスタントカメラ
ザ・コダック
アマチュア写真家が拡大したという意味で、井口さんが挙げたのが“ザ・コダック”と“写ルンです”だ。
米イーストマン・コダック(当時はイーストマン・ドライブレート)が「あなたはボタンを押すだけです。あとは私たちがやります」というキャッチフレーズと共に1888年に販売した“ザ・コダック”。100枚の写真を撮影することが可能なロールフィルムが内蔵された状態で販売されていたのが大きな特徴のカメラだ。
「“ザ・コダック”の購入者は撮影が終了した時点で販売店にカメラを持ちこめば現像され、プリントと合わせて新たにフィルムを詰めたカメラを渡されます。この方式、1986年に富士フイルム(当時は、富士写真フイルム)が製造した“写ルンです”も同様のシステムで、多くの人が写真を楽しめるようになりました。そういう点で時代を変えた名機だといえます」
1948年に米ポラロイドから登場した「ポラロイド・ランドカメラ95」。
レンズ部は、このように収納でき、持ち運びしやすい構造になっている。
続けて井口さんが「写真のプロセスを大きく変えた衝撃的なカメラ」だと話してくれたのが、1948年に米ポラロイドから登場した“ポラロイド・ランドカメラ95”。
「発明者であるエドウィン・ランド博士の娘さんが『なぜ、すぐ写真を見ることができないの?』と言ったことがきっかけで開発されたインスタントカメラの代名詞であるポラロイド。撮影直後に自動的に現像を可能としたこのカメラは、もはやこれ以上の説明が不要なほど、人びとが写真に求めたニーズに技術が呼応した関係を見ることができるカメラでしょう」
撮影後、すぐに大きめのサイズの写真が見ることができるため報道関係者もこのカメラに飛びついた。ただ、このカメラで現像できる写真はカラーではなく、セピア色だった。
撮影する際は、ここで画角を決めてシャッターを押す。
デジカメ全盛の現代でも、若者を中心にインスタントカメラの“チェキ”(富士フイルム)は高い人気を誇っている。デジカメで撮影した画像を簡単にデータとしてシェアできる現在でさえ、撮ったその場でプリントされた写真を見たいというニーズは高いのだ。
それを最初に可能とした“ポラロイド・ランドカメラ95”の功績が大きいことは言うまでもない。
誰が撮っても綺麗に撮れるカメラの元祖。実は国産機
カメラ史において国産メーカーが果たした役割も忘れてはならない。1950年代以降、電気・電子的な技術を反映させて自動露出機構(AE)やエレクトリックフラッシュを内蔵・装備した多くの特筆すべきカメラを排出してきた。
1985年にミノルタから販売された「ミノルタα7000」。
そんななか井口さんがとくに取り上げたいカメラは、“コニカC35・AF”(1977年・小西六写真工業)と“ミノルタα7000”(1985年・ミノルタ)だという。
「自動露出機構(AE)に加えて、カメラがピントを自動的に合わせるオートフォーカス(AF)を内蔵したこの2台は、時代を変えた名機といえるでしょう。目で見るようにピントが合い、明るさを調節し、脳に記憶するかのようにカメラが動いてくれるようになったのです」
実機を手に取ると、現代のデジタル一眼レフにくらべコンパクトなサイズだと気づく。カメラ上部の操作部もシンプルな設計で使いやすそうだ。
「誰もが失敗しないで撮影できる」「誰が使っても綺麗に写真が撮れる」という方向性で発展してきたカメラ史において、この2台の存在は忘れてはならない。その後、「写っていない」という失敗が基本的になくなったデジカメへカメラが進化したことに大きく貢献したのだ。
最後に井口さんは機材だけではなく、写真と人との関わりかたがここ10年で大きく変化したと話してくれた。
「デジカメに加え、携帯電話にカメラ機能が装備されたことで写真というものが大きく変化しました。従来は最終的にプリントとなり『受け取るメディア』だった写真が、携帯電話やスマートフォンの登場と普及により、文字通り個人の手のひらから『発信するメディア』となったのです。こうした大きな変化を迎えながらも、撮影をするという基本は変わりません。そして、撮影者はカメラを通じて世界に向き合っている。これも変わることはないでしょう」
はたして、次に時代を変えるカメラはどういうものなのか。大きく変化した撮影側の新たなニーズを捉え時代を変えるカメラを生み出すのは、相当難しいのではないかと予想する。
ーおわりー
日本カメラ博物館
カメラの歴史が系統的に展示され、来館するだけでカメラがどのように発展したかがわかるカメラの博物館。常設展示はもちろん、機能別、国別などさまざまな角度からカメラの魅力を伝える特別展が開催される。
東京都千代田区一番町25番地 JCII 一番町ビル(地下1階)
03-3263-7110
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「アサヒカメラ」誌上で銀塩カメラを主題に約20年連載されたコラムを集約した1冊。
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終わりに
雑誌編集者という仕事について20数年。仕事でフィルムカメラから、デジカメへと劇的に変化したカメラ史をリアルタイムに経験した自分にとってカメラの変遷はとても興味深いテーマのため井口さんとのお話は仕事であったものの、客観的に見るとただの質問野郎…。それはさておき、カメラに少しでも興味がある人にとって、この企画はたまらない連載になりますよ!