靴職人は、長い歴史を持つ靴作りという数珠繋がりのピースに過ぎない。
Ann.店内の様子
Ann.代表の西山彰嘉 (あきよし)さん
店内に並ぶ、西山さんが作った革靴
石見(以下、I):僕は既製靴もビスポークもたくさん磨いてきたのですが、その中でも西山さんの作る靴は、めちゃくちゃ美しいと日頃から思っていて、それで今回の取材をお願いしました。
西山氏(以下、N):いやいや、お上手ですね(笑)
I:本当にそう思うのですよ。靴磨きは既に形になっているものを取り扱うのに対して、西山さんはまったくのゼロから作り上げている。まずそこに憧れます。
I:西山さんは、最初から職人を目指されていたのですか。
N:いや、全然思ってなかったですね。高校のときに「これからどうしよう」って色々考えて、昔から洋服が好きだったのでアパレルの学校に進学を決めました。卒業後は短期間ですけど販売員をしてました。
I:アパレルの学校では、何を学ばれていたのですか。
N:ビジネスです。先生から「作る方もどう」と誘いがあったんですが、絵を描くのは好きでも、デザインを描くのは無理だと思って断りました。
店内のインテリアにはファッションが好きな西山さんのアイデアが散りばめられている
I:服飾の中でも特に靴に興味を持ったのには、何かきっかけがあったのですか。
N:昔から図工とか工作が好きで、革の小物とかも独学で作っていて。時間を忘れて打ち込めたから、きっと自分はこれが好きなんだと思いました。ちょうど身近にあったのが靴だったんですよ。
I:なるほど。
N:一度試しに靴を分解して構造を見て、これならいけるなと思いました。
I:それで神戸の靴学校に行かれたのですね。
N:はい。昔は梅田にあった学校で、パンフレットが届いて初めて神戸に移転したと知ったんですけど、「よし、神戸まで行こう」と決めて。在学中に、足にトラブルを抱えている人のための整形靴(オーソぺディック)を専門に扱っている会社に就職して、そこで色々作らせてもらいました。やりがいのある仕事でした。
I:そこから、どうしてイギリスに行くと決心したのですか。
N:靴作りをはじめた時から将来は独立したいと考えていて、「こうしたい」というビジョンもありました。それで会社の同期に海外に行きたいと相談したら、その子が「外に出てから修行先を探すより、日本にいる間から色んなところに手紙を送って、探ってみたら」と提案してくれて。僕が英語できないって言ったら、僕の意向に沿って代筆までしてくれた。それで返事が来たのがGeorge Cleverley(ジョージクレバリー)だったんです。すぐに仕事を辞めて、半月後にはイギリスに行きました。
I:すごい行動力ですね。
N:大手から返事が来ること自体が珍しいことだってわかっていたので。
I:ここまで順風満帆に進まれていますが、渡英されてからの展開を教えてください。
N:ジョージクレバリーでは、けちょんけちょんになりました。英国の靴作りは、僕が知っているものとは全くの別物で、歯が立たないと思い知らされました。はじめから直感で違うとわかりましたね。
I:具体的にどういうところが違ったのですか。
N:見た目から作り方まで、すべてですね。「靴作り」という大枠では一緒なのかもしれないけど、使う道具、全体のバランス、ピッチの細かさもスタイルによって変えているし、とにかく細かいところが全然違いましたね。
I:ディテールですね。
N:はい、ディテールで全体の仕上がりは劇的に変わってくるんですよ。それで、今の師匠のところへ行って、ラストメイキング、パターン、ボトムメイキングまで一から教えてもらいました。
I:確か、立体裁断のような製法を学ばれたのですよね。
N:木型に紙をあてて、印を付けてカットしていくというやり方ですね。凄い職人がやれば違うのかもしれませんが、実は、精度はそこまで高くない方法です。結果的にパターンを何度も修正することになって時間が掛かるので、今は最初から厳密に出来るように、僕なりにアレンジを加えています。
I:今後は西山さん独自の方法にシフトしていくということですか。
N:いや、変えすぎるのも違うと思っています。機械や道具が進歩する前の、シンプルで古いやり方を継承していくのも大事だなと。そうじゃないと、人間がやる意味がないと思っています。
I:なるほど。
N:師匠に、「靴職人は、長い歴史を持つ靴作りという数珠繋がりのピースに過ぎない。お前もその一つだ」と言われたことが心に残っています。
I:名言ですね。
木のブロックから、依頼主の足に最適な型になるまで削っていく
I:そういえば、西山さんは、ラストをブロックから削られていますよね。ノーフォークの森で倒木からされているという記事を見ましたよ。
N:師匠に別荘に連れていってもらった時に、「じゃぁ、ブロック採りに行こう」という感じで行ってましたね。でも、実はイギリスでもやってるところを知りません。
I:そうなんですか(笑)
N:もう、完全なる自己満足ですね。手間が掛かるし、良いことはあまりないのかもしれない。僕の技術が未熟ないせいかもしれないけど。
I:いやいや、そんなことはないと思いますよ。
N:僕が作ると、どうしても足に近い形になってしまう。綺麗な靴を作ろうと思うと、もっと僕自身が上手くならないといけない。ベースがある既製靴の方が、形自体は綺麗なんですよ。だから、そういうところでも、ずっと葛藤してますね。
I:なるほど。日々考えながらお仕事されているわけですね。
N:はい。1か月前に作ったラストでも、「もう少しこうすれば良かった」という反省点は必ず見つかります。
I:つまりそれは、まだ答えを出してないということですか。
N:はい、出てないです。傍から見ると、僕の削ったラストは僕のだとわかるみたいですが、僕の中では決まった答えがない状態がずっと続くと思いますね。
I:それは、すごくわかりますね。では、答えは出ないとしても、西山さんが理想とされる靴はありますか。
N:やっぱり、昔の靴は好きですね。フォスター&サン、ジョンロブ、クレバリー、師匠の作るものもそうです。真似したいというよりは、昔の靴が持つ雰囲気を出したいと思っています。これも本当に、職人にしかわからないような細部の話なんですけどね。あと、ニコラス・トゥーシェク、アンソニークレバリー、ヘンリーマックスウェルなんかも良いですね。
西山さんが作り続けてきたラスト(木型)の数々
I:最後に、お仕事は好きですか、嫌いですか、それとも愛していますか。
N:うーん。「好き」と言えたら良いなと思います。でも靴作りは苦しいというのが、正直な気持ちですね。チキンなんで、お客様の期待を裏切るんじゃないかと、常にプレッシャーを感じています。
I:それを聞いて、僕も何だかほっとしました。僕も革靴を染め変えをする時は、毎回緊張して気が重くなります。
千差万別のお客様に最適な革靴を作るために、道具の種類は多い
イギリス靴は、平均で木型作りに10年、底付けに7年掛かると言われている。
渡英中、西山氏は限られた時間で最大限習得するために、工房だけでなく自宅でも靴作りをしていたそうだ。今でも寝食を除けば、ほとんどの時間を制作に費やしている氏に、気分転換の方法を聞くと、「アニメ」という意外な答えが返ってきた。最初は英語の勉強のためだったのが、今ではすっかりはまって、深夜まで作業してクタクタになっていても見るそうだ。簡単に非現実へトリップ出来て、時間を取り過ぎないのが魅力だと言う。
最近では、意識的に休暇を取るために、シーズン限定の川釣りもはまったと、楽しそうに話してくれた。
本物のクラフトマンが備える、センスの根源とは?
今回のインタビューを通して、西山氏は、伝統の継承者としての一貫性と、答えを出さずに模索しつづける探求心の両方を持った職人だと感じました。
一見、相反しているように見えますが、実は、揺るぎない基準があるからこそ、人間は「もっと」を求め、発想を豊かに出来るのかもしれません。
この二つの要素のバランスを上手く取っていることが、「職人、西山彰嘉」のセンスの根源なのかもしれないと思いました。
ーおわりー
Ann.
整形靴の会社にて足の構造からラスト、パターンを学び主に底付けを担当。
2009年、英国ロンドンのビスポーク靴職人Jason Amesburyに師事しラストメイキングから英国式ハンドソーン・ウェルテッド製法を学ぶ。
2011年に再渡英し、Jason Amesburyの元でラストメイキングをメインに学ぶ。
同時に、Foster&sonやJohn Lobb londonのアウトワーカーとして靴製作に携わる。
2014年に大阪は梅田近くの中崎町にてワークショップを開設。
終わりに
現状維持は、周りが進んでいれば後退することになる。完成させず、常に挑戦しているからこそ、お客様に対する責任を強く感じるのだと思います。製作を苦しいと素直に言える西山さんに、プロフェッショナリズムを感じました。