当記事の取材・撮影は、2020年2月に行いました。
越谷に存在する、世界最強のワークブーツ
WHITE KLOUDのアトリエは本当に、ごくごく普通の住宅街の中!
JR武蔵野線と東武スカイツリーラインとが交わり何気に便利な南越谷(東武では「新越谷」)駅から歩いて20分強。絵に描いたように典型的な東京郊外の住宅地に突如ひょっこり現れるのが、ワークブーツをオーダーメードで製作する世界でも稀なブランド・WHITE KLOUDの店舗兼アトリエだ。
「ここを選んだのは本当に偶然。実は靴作りって手作業中心でも結構大きな音が出がちで、それでも迷惑を掛け難い角地の物件がタイミング良く見つかったからでした。駅からは遠いのですが……」この工房を一人で切り盛りする後藤 庄一さんは、屈託のない笑顔で答えてくれた。「ただ、住んでみて判ったのですが、このエリアは靴だけでなく様々な分野の製造に個人単位で携わっている方が結構多くて、お互い様的な寛容な雰囲気があるんです。それにバイクでなら靴の部材屋さんが多い浅草周辺にも行き易いので、結果オーライ」
ブラント誕生までの、意味のあった道のり
後藤さんとあれこれ話していると、確かにあっという間に時間が過ぎてゆく。
後藤さん、それにダイナミックなメリハリのあるWHITE KLOUDの靴にはバイク、それもハーレーダビッドソンのような大排気量クルーザー的なイメージがぴったりはまる。後述するが後藤さんは、実際に同社の日本法人に勤務した経験もお持ちだ。が、靴への興味はある意味真逆の系統のバイク絡みから始まった。最初に就職したのはなんと、レーシングブーツで有名なイタリア・SIDI(シディー)の輸入代理店。そこで輸入業務や企画営業に携わる中で、自社製品のメリットもデメリットも顧客に的確に伝えたいがため、分解や耐水テストを自発的に行ううちに靴への、そして足への大きな興味が湧いて来たのだ。
ここから後藤さんは独自の道を歩んで行くことになる。「柔道整復師の知り合いから、『人が喜ぶ仕事』みたいなものに感化されて、湧いてきた興味と掛け合わせて」まず足裏マッサージのお店に転職。店長まで昇格しリフレクソロジーの知識を蓄える中で、足や身体の疲れと同様に靴で悩んでいる顧客が多いことを知る。
「日々辛い思いをしているそんな方に『お客様にはこの靴がお薦めです』とか言えるようになりたいじゃないですか。でも、色々と調べて行くうちに『どうやらこれは、自分で靴を作るしかないな』と」
ただし直ぐに靴作りを学び始めた訳ではない。このタイミングで後藤さんは、敢えてハーレーの日本法人に移る。「正直、予め学費を稼ぐのがこの転職の目的でした。でもここで教わったことが、もうそれは莫大」同社では拡販政策を手掛けるセクションに在籍。免許の無い人でも教習所内でハーレーに乗れるイベントなど、運営に携わる。
「RED WING(レッド・ウィング)やWESCO(ウエスコ)とかのワークブーツを多く見て、ますます靴に関心が湧くわけです。『ハーレーと一緒のライフスタイル』を楽しむ的な、ヒトとモノとの良い関係を知れたことは、今では大きな財産になっています」
そして30歳、満を持してギルド・ウェルテッド・フットウェア・カレッジ(現:サルワカ・フットウェア・カレッジ)に入学。同期にはやがてドレスシューズの名門・小笠原シューズを引き継ぎ、今では共同作品を作り合う間柄の根岸貴之さんがいる。
「ギルドで学べたのは、細かいところへの探求心が技術の向上に必ず繋がるということ。実際、未だにブーツの製造や修理でワクワク感や新たな発見がありますし」授業と平行して靴修理の会社でも国内外の靴の解体・修理を経験し、資材調達のノウハウまでも得た上で、晴れてWHITE KLOUDのブランド誕生となった訳だ。
見えない箇所での多くの下準備が、見える箇所での美しさに繋がる
WHITE KLOUDでは丈の長いものから短いものまで様々なワークブーツがオーダーできる。異なる色や異なる革を組み合わせて用いることも可能だ。
独立までの話が長くなった。が、賢い読者ならもうお解りだろう。長い下準備を経て誕生したWHITE KLOUDの靴は、一足の製造工程でもキーワードは全く同じなのだ。すなわち「下準備」。例えば底付けのカギとなる「出し縫い」に用いる糸。既製の糸を何も加工せず使うのが当たり前の中、後藤さんは自ら都度、手作りして用いている。単糸の麻糸を3本撚り、チャン(松ヤニ)を溶かして油を加えたものを手製の糸に染み込ませる。原始的な方法だが、機械で撚ったものより明らかに堅牢で、風合いも出るからだ。近年入手が難しくなりつつある猪のたてがみ製の縫い針で、これをしっかり縫い込んで行く。
後藤さんが指している箇所が「出し縫い」。ここで使う糸は自作だ。
堅牢さと履き心地の意味では、普段は目に見えない芯地の選択にも妥協はなく、その作り込みにも多くの手間を掛けている。
つま先に入れる先芯やかかとに入れる「月型芯」は通常、樹脂だったり紙の加工品だったり革でもリサイクルレザーだったりの既製品を用いる場合が殆ど。しかしWHITE KLOUDではこれらは当然の如く革製、しかも既製品ではなく、先芯は3ミリ厚、月型芯に至ってはインソールやミッドソールそれにヒールの積上げに用いるのと全く同じ5ミリ厚の大判のベンズレザーから、わざわざ一足一足分を切り出して作製している。
向かって左の写真が「松ヤニ」これを溶かして縫い糸に染み込ませる。右の写真はインソールや月型芯などに用いるぶ厚い牛革。WHITE KLOUDではこれらを半製品で調達するのではなく、自ら大判から切り出して製作する。
どれも予め大まかに切られた製品部材を成形するのではないので、ハッキリ言って非常に面倒な作業を要する。しかし、顧客の足や一足一足の作品の微妙な差に対応するにはここまで要するとの後藤さんの判断。
更には芯の厚みが影響し、アッパーを木型に添わせて靴の形を出す「吊り込み」の工程が、一回ではできない。まず、アッパーとライニングだけを吊り込み、次に先芯と月型芯を十分な時間を掛けて木型に沿わせてクセ付けした上で、これらとアッパーなどとを合わせて再度吊り込むのだ。普通の靴ならこれに掛かる時間だけで、一体何足の靴が完成できるだろう?
こんな隠れた二手間・三手間があるからこそ、表情が美しくなるだけでなく、何より堅牢で、ユーザーに寄り添った靴に仕上げられるのだ。
一作一作への思いがどんどん強まった結果、後藤さんは手作業の比率を高めていった。
「ブランドの立ち上げ当初は『手と機械との両立』みたいなことを考えつつ製作に臨んでいました。でも次第に、個々の作品に妥協したくない思いの方が強くなってしまって、気付いたら手作業による工程がどんどん増えています」ニコニコ笑いながら後藤さんは仕掛中の作業を見せてくれた。
「ハンマリング」と言う、アッパーを木型に吊り込む際にトンカチで細かく叩いて行く工程だ。これを通じ、アッパーの革が木型により馴染んでゆくだけでなく、綺麗なツヤも出てくる。「作業そのものは叩くだけの、実に単純な工程です。でも、どこをどれだけ、どう叩くかで、靴の完成度に大きな差が出る工程でもあるので、全く気が抜けません」
アッパーやライニングの革を木型に添わせる「ハンマリング」の工程。これをどれだけ丁寧に行うかで、靴の完成度が大きく異なって来る。
このハンマリングにも密接に関わるのだが、革についてはアッパーであれ底材であれ、「革の言うことを聞く」形での革繊維に沿った贅沢な裁断にしている。歩留まりは正直悪くなるが、革に無用のストレスが掛からない靴作りが行えるので、作業がはかどり良い製品に仕上がるだけでなく、心理的な満足度も高まるからとのこと。こういう心掛けってとても大切だと思う。作り手と顧客との間にもう一本、より太い糸が紡がれるからだ。
「ゼロからモノを作り出すのは、今の時代にはそぐわないかもしれない。ましてや一人では多くは作れないし。でも、解る人には解ってくれると信じたいですね」
使い込まれた工具たち。自らアレンジを加えたものも多い。
話し合ってその人を知り、靴の個性に昇華させる
後藤さんの思いは今、日本国内はもとより海外にも熱いファンを生んでいる。昨年は縁があり、アメリカでのトランクショーも開催した。「アメリカの方は自分の作品をSNSなどで紹介してくれて、喜びをより多くの人とシェアしてくれるのが面白いし嬉しいですね。今よりもっと良い靴を作らねば的な励みにもなります」とは言えWHITE KLOUDの靴は、越谷のこのアトリエを訪れてのオーダーが原則で、通販等は敢えて行っていない。「以前の仕事での営業や接客からの経験で、お客様一人一人との対話が兎に角大切だと思うからです」
WHITE KLOUDの代表的なモデル”BLUCHER.87”。革や底付けの違いで様々な表情に変化するのが魅力だ。
実際、お客様がいらっしゃると、気付かぬうちに平均でも半日かけているケースばかりなのだとか。「今の時代としては大変贅沢な時間の費やし方ですが、そこまでしないとデザインにとかフィット感とか、お客様と『言語』が共有できませんから」しかし、関係が一旦築けてしまうともはや、国の違いや壁はないとも感じるそうだ。
「普遍的なものにいかに『表層的でなく本質的な個性』を出せるかが、今日の靴作りにはいっそう肝心です。そのためにもまずは、ああでもないこうでもないと靴に直接関係ないことまで楽しく話し合って、『お客様の個性』を自らの腑に落とさないと、ね」
フィッティング。もちろん後藤さんご自身に対応して頂けた。
と言うことで、WHITE KLOUDの靴を試着させていただいた。モデルはカスタムが愉しめるプレーントウブーツの「BLUCHER.87」だ。
え、えっ……グラマラスでな見た目に比べ、履き心地が圧倒的に優しい。柔らかいのではない、思わず笑みがこぼれるような優しさを感じるのだ。これはアッパーの革質だけで得られるものではない(後藤さんは伊・ブリターニャ社のアリゾナや同じくイタリアのバダラッシ社のミネルバリスシオ、それに米・ホーウィン社のクロムエクセルのような、耐久性が高く経年変化がしっかり出る割にメンテナンスが簡単な革が好みだ)。間違いなく他の部材と木型、それに作り込みの丁寧さにも起因する優しさであり、一般的なワークブーツのフィットとは趣が全く異なる。リピーターが多いのも頷ける。
WHITE KLOUDの靴はとにかく仕上げが美しい! 特にかかとの周辺。グラマラス外見に騙されてはいけない。内側はコンパクトな造形でフィット感が秀逸だ。
特にかかとのフィット感が絶妙で、ここに5ミリ厚のベンズレザーを用いた月型芯を用いる意味が凝縮されている。この厚みがあるからこそ、外側はダイナミックなシェイプが出せるのと共に、内側はコンパクトにまとまり抜け難い・おさまりの良いかかとに仕上げられるのだ。
正に「背中で語る」的なさまざまな後姿。メリハリの効いたかかとの造形は共通だ。
「自分のキャリアパスからは意外に思われるでしょうが、そろそろエンジニアブーツの製作も検討したいですね」後藤さんは今後の展開をまた屈託のない笑顔で答えてくれた。そう、この快活さだ。ワークブーツの類はついつい意気がってワイルドに履きがち。でも、多くの下準備を重ねて美しく仕上がったWHITE KLOUDの靴は、正に大空に浮かぶ白い雲を見る時のように、おおらかに笑顔で履ける!
ーおわりー
ワーク・ミリタリー・ストリートを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
世紀を超えるキング・オブ・ジーンズ
時代を超えたFRYE(フライ)のブーツ
Frye: The Boots That Made History
ロックで都会的、アクセサリーで羨望の的、仕事でもラフでも、他に類を見ないスタイルとオールアメリカンなクールさを持ち合わせているフライのブーツ。
ハーネスブーツから高級ラインのアメリカ国旗(the American flag)までフライの最も人気のある製品の特徴的なデザインとハンサムなディテールのスタイルと個性を読者に紹介しています。
20ポンドの圧力にも耐えられる最強のレザーと数十種類ものデザインで、フライの品質は常に変わらず、このブランドを単なるビジネスではなく生活の一部としています。
やっぱり愛車のハーレーと共に、一枚は撮っておかないと!
WHITE KLOUD
都心から外れた小さな工房で、ブーツを中心にクオリティーの高い手製靴を提供するWHITE KLOUD(ホワイトクラウド)。製造から販売まで、全て後藤庄一氏ひとりで手掛けている。
WHITE KLOUDはその名の通り「空に浮かぶ白い雲」を指している。思うがまま空にプカプカ浮かんでいる白い雲のように、靴作りに対し既成概念に縛られず自由な発想で、真正直に生きていくという気持ちがこの屋号に込められている。