奇想天外な世界に吸い込まれていく。小高ワールドへようこそ
冒頭でも少し触れたがアジャスタブルコスチュームは、小高さんが一人で企画、デザイン、生産、工場とのやり取り、営業、納品まで行っている。
「今年で9年目ですが、変わらず自分が作りたい服、着たい服を作っています。1920年代〜1940年代の服が好きなこともあり、古着をリプロダクトしているのですが、ただの復刻品ではなく、クラシックなディテールをミックスしながら今の時代に合った型紙に修正するなど、私自身のフィルターを通してアジャスタブルコスチュームらしさを出しています」
“エグさ”というスパイスを加えて作る「アジャスタブルコスチューム」
取材場所を提供していただいたバッグ・革小物ショップの「アンカーミルズ」。アジャスタブルコスチュームのアイテムも販売されている。
クラシックなワークスタイルとテーラードスタイルの2本柱で展開。そのデザインは映画からイメージを膨らませたものが多いという。
作りたい服があれば、その古着を手に入れて自ら解体し、型紙を取る。昔のままのディテールやデザインを再現するため、細かい部分まで照合し、微調整しながら作っていく。キャスケット一つとっても、今は流通していない四つ割りスナップを仕入れてくるというこだわりぶりだ。
「やっぱりアメリカ映画が好きですね。『ゴッドファーザー』『タクシードライバー』『ギター弾きの恋』、30〜40年代の服が出ている映画は必ず観ています。『ゴッドファーザー』は何度観たことか(笑)。2020SSでは、『ゴッドファーザー』のマイケル・コルレオーネが着ているシルクシャンタンのスーツを作りました。イギリスの生地メーカー、ウェインシールの生地で、ベージュがかったヴィンテージファブリックです」
生地へのこだわりも強く、当時のヴィンテージ生地を使うこともあれば、オリジナルの生地を織ってもらうこともある。生地屋や縫製工場は、以前働いていたブランド時代から付き合いのあるところが多いそうだ。
(余談だが、小高さんは昔から人との付き合いを大切にしてきた。縫製工場や生地の買い付けなどは先に支払うことが多く、資金繰りに苦しんだ時期もあった。幾度となくぶつかった壁も、多くの人たちが手を差し伸べてくれ、乗り越えてきたという。これは、小高さんの人柄に信頼を寄せてくれている人たちが多いという証だ!)
完成した服は現在のサイジングを採用しているからか、クラシックだが古さを感じさせない雰囲気が漂っている。例えば、イギリスやフランスの古着をあえてアメリカンスタイルに落とし込み、クセというかエグさというスパイスを加えてアジャコスらしさを出しているのだ。
ブランド名の由来は、雑誌などのコーディネートをそのまま真似るのではなく、自分らしくコーディネートして、「アジャスト(調整)」してほしいという意味が込められている。「コスチューム」は、衣装屋みたいな存在になりたいと、アメリカ映画の衣装提供を行っていた「ウエスタンコスチューム」という会社名から命名。「コスプレのように服を着ることで、いつもと違った自分を楽しみ、気持ちを高めてほしい」という思いから付けたそうだ。お客さんからは、「アジャコス」という愛称で親しまれている。
■ 小高さんおすすめのアジャコス定番アイテム ■
アジャスタブルコスチュームは流行にとらわれない服作りをしているため、定番アイテムも存在する。サイレンスーツ、モーターサイクルコート、ヴィトスーツ、ジェーミーソンズのプリンスオブウェールズタイプのニット、ボタンブーツなどがある。
その中から、小高さんに一押しの3着を着てもらった。
サイレンスーツ
第二次世界大戦下、英国の首相ウインストン・チャーチルが自ら考案し着用していたつなぎスタイルのもの。ボイラー技師が着ていた服を、スーツ地で作ろうとしたのが始まりだそう。「有事の時にすぐ動けるよう作られたワイドなシルエットで、とても歩きやすいです。ただ太すぎるとラフになりすぎるので、バランスを見ながらちょうどいい裾幅に仕上げました。愛用者の中には女性の方もいらっしゃいますよ」
ヴィトスーツ
映画『ゴッドファーザー PART Ⅱ』で、ロバート・デ・ニーロが着ていたクラシックなシングルブレスト(スラッシュポケット仕様)をリプロダクトした。ドーメルのヴィンテージファブリック「タウンテックス」で作った一着だ。パンツは、やや細身でハイバックデザイン。「1910年代のスリーピースを実際に購入し、細かいディテールを取って再構築しました。劇中の映像をコマ送りし、資料や写真集を何度も見返し作ったものです。ラペルの幅も研究しましたね」こちらはパターンオーダーが可能。
コーデュロイのスリーピース
フレンチワークスタイルのカバーオール、ベスト、バギーパンツ。インディゴ染めのコーデュロイ生地を採用した。「インディゴのコーデュロイは、ガンガン着ていくと色が抜けて味が出てきます。形は定番ですが、毎回生地をチェンジして出しています。この形を気に入ってくれ、生地違いで持ってくれている人もいるんですよ。ネクタイは、ウィリアム・モリスの『いちご泥棒』という柄。カジュアルなスタイルにもネクタイをして、男らしさを表現しています」スリーピースは、それぞれ単品でも購入できる。
ビジネスマンではなく、“モノづくりの人間”でありたい
ツートンのボタンブーツは、『ゴッドファーザー PART Ⅱ』でロバート・デ・ニーロが履いていたものを参考に作った。
アジャスタブルコスチュームは創業以来、卸が中心で直営店を構えていない。「生地やデザインをとことんこだわって、本当に作りたい服だけを作る」そのために、他の出費を抑えているからだ。現在、年に二回の展示会。取引先のバイヤーや一般の人も来る。国内の取引先は10店舗、海外はアジアを中心に12店舗ほどで、現在はドイツ、スイス、ロシア、スウェーデンなど北欧に広がっている。
国内の客層は当初こそ年齢層が高かったが、最近では若い世代からも支持されている。アメカジを卒業した人やブリティッシュスタイルの好きな人、これまでファッションにあまり興味のなかった人たちからも人気が高い。海外のお客さんには、ヴィンテージマニアが多いのだとか。
「『今季はこれが売れるだろう』と売り上げを考えて、作ったことは一度もないですね。本当はそう考えて作らなきゃいけないんだろうけど、作るのは僕が着たい服。売り上げが伸びれば会社も成長するけど、それってやりたいこととはちょっと違うんですよね。自分がやりたいもの、作りたいものをお客様が『いい』と思ってくれるように発信すればいい。ビジネスマンではなく、“モノづくりの人間”でありたいなと思っています」
全ては服を作るため。小高一樹さんの歩んできた服作りの道
アジャスタブルコスチュームを語るには、小高さんが歩んできた背景も欠かせない要素だ。小高さんが高校生だった1990年頃のファッションのトレンドは、ちょうどアメカジ(アメリカンカジュアル)ブームで、彼もヴィンテージのデニムを穿き、MA-1を羽織り、ダナーのブーツを履いていた。古着屋を回り、ヴィンテージアイテムをコレクションしていたという。
父と兄の影響で高校生の時には「将来は服を作りたい」と、その後のビジョンを思い描いていた。服の専門学校に進学することを決め、授業を終えてから居酒屋やパン屋でアルバイトをした。専門学校の入学金と授業料をコツコツ貯めた始めたのだ。
選んだ学校は文化服装学院だ。服飾の専門学校はとにかく課題が多い。毎日課題をこなすだけでも大変なのだが、小高さんは授業を終えるとすぐに埼玉の自宅まで2時間近くかけて帰宅。帰宅後は、夕方の5時半から夜の1時まで居酒屋でアルバイト、それから課題の服を縫うという日々。課題をこなした後は、翌日着ていくシャツを縫った。寝るのは学校に行く電車の中だ。
「毎日忙しかったですね。でも、工業用のミシンを買って、課題や自分の服を縫うのが本当に楽しかった。自分で縫えるようになると服装の好みも広がって、チベットやインドなどのアジアの民族衣装にどっぷりはまりました。頭をスキンヘッドにして、体に袈裟をかけ、裸足で登校したこともあります(笑)。表現は過激でしたが、ある意味で純粋に服作りに情熱を注いでいた時期でしたね」
就職が近づくと、小高さんの中で「このデザインはかっこいい!ここに入りたい」と強く思うブランドが見つかった。小西良幸(後のドン小西)さんが手掛けたFICCE UOMOだった。ニットが有名なブランドだが、テーラードな服もしっかり作られていた。コレクションを遡って調べてみると、チベットやインドの文様を取り入れた刺繍のジャケットやシャツなど、飛び抜けた派手さがあったという。
友人の知り合いやアルバイト先で小西さんと少しでも繋がりのある人たちに懇願し、あの手この手でFICCEに就職(なんの10年ぶりの新卒採用だった!)。お茶くみからスタートして3年間デザイナーの基礎を学んだ。絵を描くことが得意だったこともあり、FICCE UOMOの刺繍の図案も描いた。DCブランド(デザイナーズ&キャラクターズ:1980年代に社会的ブームとなった日本の衣服メーカーの総称)に携われたことは、大きな経験になったそうだ。
「服づくりの全てを教わったのが、小西さんでした。(テレビで見ていると、イメージがわかないかもしれないが)あの当時はかなりとがっていたんですよ。フェラーリに乗っていたのですが、エンジン音を聞くだけでピシッと背筋が伸びました。いまだにお会いする時は緊張します(笑)。あの時代に小西さんと一緒にお仕事ができたのは、本当にいい経験になりました」
その後、高校時代からの“アメカジ魂”が復活し、アメカジブランドのリアルマッコイズ、フェローズで働いた。どちらも小高さんの実力と人柄をかって声がかかった。カジュアルな服を手掛けるうち、今度はスーツを学びたくなってきたという。特に1930〜1950年代のスーツ。そんな折、ドライボーンズというブランドから声がかかり、企画生産の部長として6年間務めた。ドライボーンズは、アメカジの中でもロカビリーを強めに出しているブランドで、オーダースーツにも取り組んだ。
各ブランドで服作りを経験した上で、「自分が本当に着たいと思う服を作りたい」という気持ちが芽生えてきた。「在職中の終わり頃には独立することを考えて、仕事を終えてから寝ないで服作りを続けました。専門学校の時と同じですね(笑)。土日も縫製工場と打ち合わせをしたり、休日返上で自らのブランドの立ち上げに向けて進んでいきました」
そして退職後、2011年4月26日に「アジャスタブルコスチューム 秋冬展示会」を開催するに至った。3.11の震災の直後だったこともあり、服の展示会に来てくれるのか心配していたが、多くの方が来場してくれた。まだジャケット2着にパンツ、小物くらいの小さな展示会だった。こうして出来上がったのがアジャスタブルコスチュームなのだ。
毎シーズン、こだわり抜いたアイテムを提案してくれるアジャスタブルコスチューム。最近ではハリス島まで行きオリジナルのハリスツイードを別注したり、貴重なアストラカンのウールコートを手掛けたり、クラシックウェアマニアにはたまらない世界観を見せてくれている。
願わくばこれ以上大きく展開しないで、好きな服を作り続けてほしいと思う。
ーおわりー
ADJUSTABLE COSTUME
アーリーアメリカンの世界観を現代に落とし込んだファッションブランド「ADJUSTABLE COSTUME(アジャスタブルコスチューム)」。企画、デザイン、生産、工場とのやり取り、営業、納品まで、全てオーナー兼デザイナーの小高一樹さん一人で行っている。
製品は、1920〜1940年代(物によっては1800年代)の古着を、今のスタイルとサイジングに修正し、“小高一樹”というフィルターを通してリプロダクトしている。日本、海外、どこのブランドでも見たことのないアイテムばかりだ。
デザイン、生地、ディテール、彼が手掛けるその全てがクラシックファッション好きに刺さり、20代の若者から目が肥えたファッション通、さらには海外のヴィンテージマニアたちをたちまち虜にしている。
年2回の展示会で受注販売。また、「MUSHMANS(マッシュマンズ/埼玉県越谷市)」「BRYWB(ブライウブ/東京都世田谷区尾山台)」など、10店舗で取り扱っている。海外でもアジアを中心に12店舗ほどで、ドイツ、スイス、ロシア、スウェーデンなど北欧に広がっている。
アジャコスアイテムが手に入るお店▶︎「ANCHOR MILLS STORE(アンカーミルズ ストア)」
【追記:2021年10月】現在、アジャスタブルコスチューム製品のお取り扱いはありません。
今回、小高さんを取材させてもらった場所、バッグ・革小物ショップの「アンカーミルズ ストア」についてご紹介。アジャスタブルコスチュームのアイテムも一部販売されている。
2017年、東中野にオープン。ショップの二階は工房となっており、バッグや革小物の製造から販売までを一貫して行っている。
レザーブランド「vasco」の直営店でもあり、お店はそのブランドコンセプトとリンクさせて作られている。ポルトガルの航海者/探検家のヴァスコ・ダ・ガマの名からとったvascoは、大航海時代の冒険心や探究心をモノづくりに反映しており、お店もまさに大航海時代の「港の道具屋」という感じ。店内にはヴィンテージ調のマリングッズが所々に飾られていたり、バーカウンターがあったりと、まるでテーマパークのようにワクワクさせる。
スタッフコメント▶︎「お店は夜になるとバーに変わるのですが、それもお客様がアトラクションの一つのように楽しんでもらえるよう世界観を表現しています」
一点一点丁寧に作られた革アイテムには、「お客様に一生モノの革のアイテムを提供し、その革アイテムと共に人生という旅を航海してほしい」という思いが込められている。
アンカーミルズの商品は自社工房で職人が手染めしたもので、気に入ったアイテムの色を自分好みにオーダーすることができる。現在では扱える職人が減っている伝統的な「岡染め」という技法を使用しており、奥行きのある色味が特徴だ。また、ヴィンテージのような風合いを出すエイジング加工も行っており、こちらも好みで注文できる。ポケットを増やしたりジップをつけたり、簡単なカスタマイズも可能。フルオーダーも請け負っている。
職人は、20〜30歳代。バックグラウンドは様々で、革製品づくりは一から工房で学んでいるそう。「モノづくりが好きな若者を育てることも当社の役割だと考えています。職人が減っている今、伝統を引き継いでくれる若い人たちを増やしていきたいです」
あえて駅前の道沿いに面した好立地な2階側を工房にしたのも、大きなガラス窓から工房や職人の手仕事を見て欲しいという思いからだ。
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