100人コレクターがいれば、100通りのコレクションがある。これはコレクションの内容だけでなく、コレクターがコレクションと向き合う時のマインドにも言えることではないだろうか。
たとえば、現代アート・コレクターの小松隼也さん。作品を人知れず黙々と蒐集する愛好家を、仮に「内向的コレクター」と表現するなら、小松さんは「外向的」なコレクターだ。気に入った作品や作家を、積極的に友人知人に紹介する。コレクター仲間を増やしたいのだという。
コレクター仲間が増えるというのは反面、ライバルを増やしかねない行為ではないか。小松さんのオープンなスタイルには、どんな思いが込められているのか。ご自宅でお話をうかがった。
写真作品ならではの、コレクションの面白さ
——まるでギャラリーのようなご自宅ですね。壁には森山大道さんの網タイツの作品や細江英公さんのヌードの男女の身体をおさめた写真などがかかっていますが、写真作品を中心にコレクションされているのでしょうか。
コレクションの8割は写真です。もともと、写真学校を卒業しているというのもありますが、きっかけはグラビアが好きだったからだと思います。
——いわゆる、グラビアアイドルの写真ですか?
その、グラビアです(笑)。人の身体が好きなのかな。人の身体と言えばプロレスも好き。同じくらいファッションにも興味があり、その延長でストリートスナップも好き。ですから、グラビアに限らず、昔から写真集を多く所有していました。
——絵画作品もお持ちのようですが、写真作品ならではの、コレクションの面白さはありますか?
額装にこだわる楽しさがあります。ギャラリーが用意してくれる額ももちろん最高なのですが、「あの部屋のあの壁にかけるなら、他の作品との相性もあるし」とイメージして、長くお付き合いさせていただいている額装屋さんにいつも依頼しています。
イマジン・アートプランニングという会社なのですが、僕のコレクションとそれにあわせた額のタイプ、趣味嗜好まで、すべてを覚えてくださっているので、「あの時のロバート・フランクの作品はあの木製のフレームだったから、今回はマット式に…」みたいな提案をしてくれる。僕以上に、コレクションとの相性を把握されているはずです。
——それは写真ならではの楽しみですね。
コレクションは友達の家に
——先ほど、コレクションの8割は写真とのお話がありました。いつ頃からコレクションをはじめ、全体でおよそ何点ほどの作品をおもちでしょうか?
2009年の23歳の時からコレクションをはじめました。現在、おそらく70点ほどで、そのうちの8割が写真、2割が絵画。インスタレーションも1点所有しています。
——コレクションは、どこで保管されていますか?
主に、自宅とオフィスです。あとは親しい友達の家や、同僚のオフィスにあります。勝手に作品をもっていくので。
——えっ?(笑)
頼まれてもいないのに、勝手に作品を家にもっていき、飾って帰ってくるんです(笑)。すると「いいね~」と言ってもらえて、そこからコレクションを始める方も結構いる。これまでにも、作品を飾ってきた友人は十数人いるかな。
——どういう目的で?作品が心配ではないですか?
信頼できる友人なので心配はしていません。一番の理由は同世代のコレクター仲間がほしかったんです。それに友人の家に飾ってもらえるのであれば、倉庫にしまっておくよりも絶対にいいし、倉庫代もかかりません。
——そんな発想のコレクターさんは初めてです!
コンセプトのあるコレクションがもたらすもの
——コレクションを購入する時のことを伺います。予算は決めていますか?
年間150万円くらいと決め、その中で1点あたり30~50万円のものを購入します。自分のコレクションに絶対に必要な作品、あるいは好きな作家のマスターピースでない限り、100万円を超える作品には手を出しません。
——いろいろな作家さんの作品をおもちのようですが、選ぶときは直感で?
昔は直感でした。いいと思う作家がいたら手当たり次第に購入して、それが楽しかった。ですが、今は日本の写真家の作品がコレクションのメインです。細江英公さん、森山大道さん、荒木経惟さんと、彼らが影響を受けた作家、逆に彼らが影響を与えた作家、交流のあった海外の写真家やアーティストの作品を少しづつ紐付けながらコレクションしています。
——なるほど。直観に頼るのを止めて意識的に買うようになったのですね?
2014年から16年にかけて、ニューヨークのロースクールに留学をしました。アートと訴訟の本場です。その当時、オークションハウスや美術館のパーティーで、ギャラリストやディーラー、作家本人など、たくさんの方とお会いすることができたんです。
そういった場で話をしていると、決まってコレクションのコンセプトや意味を尋ねられる。それになかなか答えられず、がっかりされたり、「何のためにコレクションをしているんだい?」などと言われました。
それだけでなく、ギャラリーが良い作品を売ってくれないこともありました。「この作品がコレクションに加わることで作品も幸せになれるような人にコレクションしてほしい」というようなことをたびたび聞きました。
このような経験をきっかけに、自身が作品をコレクションする意味やコンセプトを意識して作品を購入するスタイルにシフトしたんです。
留学中はお金がまったくなかったものの、幸いなことにアーティストに囲まれていたので自身のコレクションや意味についてアーティストと話し合う機会が山ほどありました。
——コンセプトを決めたことで感じる変化はありますか?
直感的に「良い!」と思った作品でも、コンセプトから遠いと手を出しにくくなりました。
とはいえ、得るものの方が大きく、たとえばコレクターやギャラリストの友人から「ジュンヤのコレクションにあいそうな作品が、誰々の倉庫にあったよ」と情報をもらえるようになりました。また、美術館の関係者やアーティストが、僕のコンセプトにあった作家を積極的に紹介してくれるようにもなりました。
2015年、ニューヨークから帰国する少し前には、美術関係の友人が写真家のロバート・フランクさんを紹介してくれたんです。
——皆が尊敬する写真の神様みたいな人ですね!
ご自宅は昔から変わらないニューヨークの古いビルで、ドアを開けると、ソファで本人が横になっていて(笑)。最初はものすごい緊張しましたが、彼はゆっくりとした英語で穏やかに話してくれて、不思議と癒されるような時間でした。
彼は「写真のことが分かる弁護士に会えるとは思っていなかったよ」と喜んでくれ、「日本で撮った写真を見てほしい」と札幌で撮影した写真を大量にひっぱり出して1枚ずつ説明しながらみせてくれたんです。
その中に、全日本プロレスのポスターを撮った写真がありました。
——小松さんは、プロレスもお好きだとおっしゃってましたね!ロバート・フランクもプロレスが?
いいえ(笑)彼は「これが何のポスターで、写っている人が誰かは分からない」と!
僕は大興奮して「スタン・ハンセンは知っているでしょ?ラリアットの。真ん中に写っているのが三沢という選手で、エルボーが得意なんだ。馬場は・・・」みたいに食い下がったりして(笑)。
彼は、「自分の写真でこんなに楽しそうに話すのを見ることができて嬉しい!」と言っていました。その後も何回か自宅に遊びに行かせてもらって色々な話をして、この写真は僕のコレクションに加わりました。一番の宝物です。
コレクターという立場の当事者目線
——写真家も志したことがある小松さんが、キャリアの節目となる留学先で、ロバート・フランクに出会い、プロレスの写真と出会ったというのは運命的ですね。同世代のコレクターの仲間を増やしたいともおっしゃっていましたが、そのようなネットワークづくりもご友人を巻き込む理由でしょうか? 私の感覚だと、「友達がコレクターになったら、自分のライバルになるかもしれない」と思ってしまうんです。
たしかに情報交換もできますが、コレクターを増やそうとするモチベーションは、別のところにあります。
僕はある意味で、同時代の作家たちを同期のライバルのように思っているんです。作家たちが、試行錯誤を繰り返して自らの表現をつくり出すように、僕は自分にできる事を意識的にやっていきたい。
弁護士としてアートに特化した法律分野で彼らをサポートすることもそう。行政と連携して美術市場を盛り上げるための政策を検討したり、そして、新しい若手のコレクターを増やすことも、自分の表現活動の一つだと思うんです。
それからコレクターの立場で、作品を購入しキュレーションすることで新しい文脈を作ることもそうです。
たとえば、ある作家のこれまでの作品が、僕のコレクションのコンセプトからは外れていたとします。
しかし、僕がコレクションしたことをきっかけに他の作家との交流が始まり、何かのタイミングで同時代的な作品を発表するようなことがあったとしたら、僕自身のコレクションがきっかけになって、新しい文脈が歴史に残っていく。
そんなきっかけになるようなコレクションができたら、自分も彼らと一緒に同時代に生きて表現に関わっている楽しみがあるなと常に思っています。
——アート業界にコミットしたい、という気持ちが強いのですね。
そう言えます。自分自身も当事者だという目線で関わっています。なので現代アートに友達を誘う時も、誰でも彼でもいいというわけではありません。
この人がコレクターになったら、美術業界がおもしろくなるだろう、作家との間で新しい化学変化が起きるんじゃないかと思うような人には積極的に声をかけています。
——もし親しい方が、作品の購入を迷われていたら、どんなアドバイスをされますか?
「一度、作家本人と話してごらん」と言うことは多いです。僕の知り合いならば、引き合わせますし、オープニング・レセプションにいけば、作家とも会えます。会って話をしてみてほしい。
——これは、作家さんのために伺うのですが、口下手な作家はどうしたらよいでしょうか?
口下手でも全然かまわない。「現代アートはコンセプトが大事だから」という意味で、作家と話すことをすすめるわけではないんです。コンセプトなら、ギャラリストがしっかりと教えてくれます。
作家と会うことで、本人を知り、作品単体ではなくその人をみるようになる。すると、作品への興味がその一作品で終わらず、「次はどんな作品を作るんだろう」「どんな心境の変化があったんだろう」と、作家のその後の活動にも目が向くようになります。
さらに、それで好きな作家ができれば、「同じような動機や手法で作品を作っている他の作家はいるかな」「その作家の作品もコレクションしてみようかな」と自然にコレクションが広がっていきます。
大久保紗也, portrait, 2018, キャンバスパネルに油彩とアクリル, 333 × 242 mm ©Saya OKUBO, courtesy of WAITINGROOM
大久保紗也さんという作家さんがいまして、初めてお会いしたのは、彼女がまだ京都造形芸術大学の大学院に在学していた時でした。
大学で著作権に関する講義をさせていただいた際、学生さんたちのアトリエを拝見したんです。その時に、自分の好みの作品だなと思ったのが、大久保さんでした。
その場では言葉少なで、少しシャイな印象でしたが、懇親会の時に「ニューヨークに行きたいです!そのためにすべての予定を調整します」と彼女の方から声をかけてきてくれました。
その秘めた熱い想いに共感し、大久保さんがニューヨークにいって色々な体験をした後に作品がどれだけ変わるかを心の底から見てみたいなと思いました。その場で作品の購入を決めて、ニューヨーク行きを応援させてもらいました。
そして、実際に作品がどんどんよくなっていることが伝わってくるようになりました。なので、作品と想いさえあれば、作家が饒舌である必要はないと思います。
終わりに
「外向的」な小松さんはまた「外交的」でもあり、弁護士という資格を存分に生かしながらアートやファッションの業界でご活躍されている。近年業界で話題になった制度についても、実は裏で小松さんが暗躍されていたとも聞く。
テレビや雑誌で取材されることも珍しくないが、その多くが「弁護士・小松隼也」としての活動についてであるのに対して、今回の取材ではあくまで「コレクター・小松隼也」の実像に迫るべくインタヴューを試みた次第である。
果たして弁護士というタイトルを剥ぎ取った時に、コレクターとしての小松さんの生身の身体がどれだけ現れるか?まるでグラビアアイドルを撮影するカメラマンのような心境で臨んだ今回の取材であった。