約束事が厳密になりがちな礼装(フォーマルウェア)について整理する本企画。正礼装であるイブニングドレスコート(燕尾服)の装いや着用シーンについて、服飾ジャーナリストの飯野高広さんに教えていただきました。
「儀式か宴か」を縦軸に、「格式」を横軸に捉えると理解しやすい
主に昼間に行われる行事は「儀式」=厳か・地味。主に夜間に行われる行事は「宴席・パーティ」=楽しい・派手。
宴の正礼装・イブニングドレスコート(燕尾服)とは?
礼装の中では着用マナーが格段に厳格に定められているためか、今日見ることができるのは、国王が主賓となる宮中晩餐会やノーベル賞の授賞式(その後に王室関係者も参加する晩餐会や舞踏会が催されるため、「式」ではあるがこの服の着用が指定される)、クラッシック音楽のソワレのコンサートでのオーケストラの団員、それに格の高い舞踏会や競技ダンスなどしかなくなっている。
実はこの装いは歴史的経緯から、軍人ではなく文民男性の「儀式」「宴」の垣根を超える最高礼装でもある(軍人には別に「軍礼装」がある)。
そのため今日でも、例えば勲章の佩用が求められる際は宴ではなく儀式、つまり夜ではなく昼間でもこれを着用する場合があり、その際は「フルコートドレス」と呼称を変化させる。
我が国で昼間の婚礼であるにもかかわらず新郎がモーニングではなく敢えてこれを着用するケースが見られるのも、理由は同じだ。
イブニングドレスコートの着こなし
ジャケット(イブニングドレスコート)
前身頃から後身頃にかけてフロントカットが斜めに長く、かつ前端部が鍵状に造形された膝丈のダブルブレステッドで、胸ボタンは通常6個付くが、それを留めるボタンホールが全く無いユニークな意匠を有する。
色は黒若しくは濃いミッドナイトブルーで、柄は無地が基本。下襟全体が「拝絹」と呼ばれる同色のシルク地で飾られる。
トラウザーズ(イブニングドレスコート)
トラウザーズはジャケットと共地で、両脇のサイドシーム全体を「側章」と呼ばれる同色のシルク地のテープで飾り、テイルコートの拝絹とリズムを合わせているのが大きな特徴。この側章は今では2本線が殆どだが、第二次大戦前までは後述のディナージャケットより気持ち太い1本線が主流だった。
ウェストコート(イブニングドレスコート)
ウェストコートは昼間の公式謁見の際などにテイルコートと共地のものが用いられる場合も極稀にあるものの、事実上コットン製の白のみ。しかも素材もハニカム状の凹凸のある通称「ピケ地」一択だ。
気温が高い場所での着用も考慮し、後身頃を省略し首から吊るすエプロンのような構造にした「バックレス仕様」とした物も多い。
シャツ(イブニングドレスコート)
シャツは白無地で、胸元をコットンピケ地として硬く糊付けしたスティッフブザム(通称「イカ胸」)のみが着用可能。
襟はウィングカラー若しくはその原型の端が折り返らないポークカラーのみ。袖口はモーニングと同様に元来硬めのシングルカフのみだったが、今日では折り返し付きの「ダブルカフス」を用いても構わない。
タイおよびチーフ(イブニングドレスコート)
タイも着用が許されるのは白無地コットンのピケ地、しかも蝶ネクタイのみ。この装いに「ホワイトタイ」と言う別名があるのは、この礼装の着用が求められる場への招待状の文末に、その言葉がさりげなく書かれドレスコードを暗喩するのが習わしだからだ。
また、ポケットチーフはモーニングと同様に今日ではリネンの白無地一択で、畳み方もスリーピークスが代表的。
小物(イブニングドレスコート)
帽子は黒のトップハット(シルクハット)一択。今日の男性の礼装で帽子が求められる場面はもはやなくなってしまったものの、この礼装だけはあるほうがサマになる気もする。
カフリンクスやシャツのボタン代わりに胸元を飾るスタッズなどは、例えば光沢を抑えた銀色系のメタルで白蝶貝や真珠を縁取ったような、上品であまり目立たないもので纏めるのが大原則。
手袋は本来は白のキッドスキンスエード製の縫い目が表に出ない内縫いのものしか許されない。ただし現在では素材が布製も認められている。またブレーシスの色は白のみ。
革靴(イブニングドレスコート)
靴の色は黒が大前提で、牛のカーフ・キップ若しくはキッドスキンのパテントレザー(エナメル)を用いたオペラパンプスが最適。
ただし今日では、コバの出っ張りが少ないなど品の良いデザインのものであれば内羽根式のプレーントウ、場合によっては鳩目の数が3対以下の外羽根式のVフロントプレーントウでも問題とはされない。
また靴下は黒無地が大原則で、可能であればシルク製のスムース編みのホーズが理想。
イブニングドレスコートの歴史
この装いの別称の起源でもある上着=テイルコートの原型は、フランス革命前後に登場したもの。当初はあくまで普段着だったが、デザインが舞踏の際に映えたこともあり、1850年代に特に宴の際の正礼装用のジャケットに昇格した。形が似ていることから「スワローテイル」とも呼ばれ、日本語の「燕尾服」はそれを訳したものだ。
ーおわりー
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