オーダースーツ・オーダージャケットの生地はどうやって選ぶ?
オーダースーツの楽しみは自分好みのディテールを選べること。中でも生地選びは洋服のイメージを左右する大きなポイントだ。秋冬はフランネルやツイード、カシミアなど選べる素材も多種多様で選びがいがある。
とは言うものの、イメージに沿ったスーツを作るのにどの生地でオーダーすればいいのか判断できる人はほとんどいないのではないだろうか。スーツのイメージを形にするためには、信頼のおけるテーラーの力を借りることが必要不可欠だ。
今回、サヴィル・ロウの名門テーラー「Gieves&Hawkes(ギーブス&ホークス)」日本展開のディレクターをつとめた経験をもち、イギリスらしい伝統的な縫製やカッティングをベースにしながらロックテイストを反映させているLOUD GARDEN岡田 亮二さん。そして、銀座の老舗「壱番館洋服店」で経験を積んだ後独立し、モダンで洗練されたテーラーリングを得意とするKIRINTAILORS江利角 卓也さんにインタビュー。
テーラーリングの核を持ちつつ、独自の世界観で新しい風を吹き込んでいるお二人におすすめの秋冬生地を伺った。
LOUD GARDEN 岡田 亮二
1996年に「ギーブス&ホークス」の日本展開のディレクターに就任。その後「A WORK ROOM(ア ワークルーム)」に。世界最大のメンズウェアの見本市ピッティ・イマジネ・ウオモに自らデザインした作品を出展(4回)。2012年6月9日(ロックの日)に自らの店舗「LOUD GARDEN(ラウドガーデン)」を外苑西通り沿いにオープン。シーズンごとに新作10型ほどデザインしサンプルを制作。ベーシックなスーツからロックなテイストを盛り込んだモデルも多い。
KIRINTAILORS 江利角 卓也
東京文化服装学院卒業後、銀座の老舗テーラー壱番館洋服店に入社。3年間働いた後に独立し、現在のKIRINTAILORSの前身となる麒麟を立ち上げる。その後10年間にわたって他店テーラーやサルト、ハイブランドの縫製やパターンなどをこなしていく。2014年に株式会社KIRINTAILORSを設立。
スーツを仕立てたいという方におすすめの秋冬生地
ーまず、秋冬用のスーツを仕立てたいという方におすすめの生地を教えてください。
岡田さん:CARLO BARBERA(カルロ・バルベラ)の生地ですね。イタリアの生地の展示会でひときわ目立つ集団がバルベラ一族で、着こなしもとにかく群を抜いてスタイリッシュでした。そのこともありブランドイメージが良く、今でもイタリアのミルの中で最も好きなブランドです。
稀代の洒落者として名を馳せた、ルチアーノ・バルベラが熱意と情熱を込め、時間をかけて作り上げられたコレクション。カルロバルベラ社の特筆すべき点は最上級と呼ぶに相応しい品質へのこだわり。最高品質原毛だけを使い、その最上級の原料・糸を洗う工程にも、厳選された水を使用するなど上質な原料を生かすための情熱を持ち生産している。イタリア服地のイメージを覆す、「丈夫で長持ち」な服作りは、イタリアから見たイギリスを巧みに表現している。
江利角さん:DRAPERS(ドラッパーズ)の「FIVE STARS」はいかがでしょうか。イタリアメイドでありながらイギリスのカチッとした雰囲気の要素と、イタリアらしい明るい色柄の要素を併せ持っています。
イタリアを代表する高級服地マーチャントである「ドラッパーズ」。日本においても独自のコレクションが評価され近年オーダーシーンに確固たる地位を占めている。その服地は洗練され、美しくラグジュアリーな印象を約束する。
ーいわゆる堅い業界で働く方におすすめの生地はありますか?
岡田さん:パリッと見栄え良く仕立てられるのはハリソンズ・オブ・エジンバラの「REGENCY」です。原毛が細く柔らかな光沢のあるイタリアの生地に対して、このハリソンズ・オブ・エジンバラの生地の魅力はイギリスらしいハリとコシ。3シーズン使える絶妙な目付けという部分も見逃せません。
1863年にスコットランドで創立。赤いバンチ(生地見本)がトレードマーク。しなやかでエレガントでありながら仕立て栄えすることも特徴。高品質で豊富なコレクションは貴族や世界中のセレブから人気が高い。
江利角さん:DRAPERS(ドラッパーズ)の「FIVE STARS」は、コレクションのすべての色柄がというわけにはいきませんがオーソドックスな柄も豊富に揃っているのと、シワになりづらく生地の復元力も強いので末長くご愛用できます。
パーティーや結婚式など華やかな場におすすめの秋冬生地
ーパーティーや結婚式など華やかな場におすすめの秋冬生地を教えてください。
岡田さん:パーティなどのシーンでは、パッと大きく見えるところで飾るよりも、細かい部分や見えないところで飾るのもいいんじゃないでしょうか。ジャケットの裏地をLEAR BROWNE & DUNSFORD(リアブラウン・ダンスフォード)のライニングコレクションから選び、共生地で蝶ネクタイを作り、「その蝶ネクタイ素敵ですね」と話題に上がった時にさりげなく裏地を見せるのもかっこいいです。
1895年にイギリスで創業。英国最大の同族経営マーチャントであり、しっかりとした打ち込みの伝統的英国服地を多く扱っている。テーラーがLEAR BROWNE & DUNSFORDと聞いてすぐに連想するコレクションがライニング(裏地)の豊富なコレクション。人気の秘密は柄だけではなく、贅沢にもViscose(ビスコース)を100%使用した素材にある。
江利角さん:CERRUTI(チェルッティ)がおすすめです。他のブランドで探してもない色で、表記を見ると「Japanese Artizan」と記載があります。「リアルブラック」と呼ばれるこの黒色は日本の染色技術でしか出せないため、イタリアで生地を織った後の染色は日本で行なっているんです。ハリソンズ・オブ・エジンバラのコレクション「プルミエ・クリュ」の黒と比べてもらうとよくわかると思います。加えて柔らかみのでる織り組織のため、フェミニンな仕上がりになります。
上はハリソンズのコレクション「プルミエ・クリュ」
1881年、イタリアのビエラに紳士服生地工場として創業。イタリアファッション界を牽引してきたパイオニアとして知られるブランド。1970年代には「チェルッティ1881」というブランド名で世界のシネマシーンの衣装を演出し、イタリアの生地ブランドで有りながらパリにブティックを出店させるなど高級生地メーカーの在り方を根底から覆した。元々が生地メーカーだけにファブリックには定評があり、店舗には歴代の名優たちが顧客として足を運んだ。
1970年代には「チェルッティ1881」というブランド名で世界のシネマシーンの衣装を演出し、イタリアの生地ブランドで有りながらパリにブティックを出店させるなど高級生地メーカーの在り方を根底から覆した。元々が生地メーカーだけにファブリックには定評があり、店舗には歴代の名優たちが顧客として足を運んだ。
ジャケットでおすすめの秋冬生地
ーここ数年ビジネスシーンでもカジュアル化が進み、ジャケットとパンツをわけて着る傾向にあります。今後ジャケットのみオーダーする方もいっそう増えてくるかと思いますが、おすすめの生地はありますか?
岡田さん:PORTER&HARDING(ポーター&ハーディング)のコレクションは、王道な中にも遊びがあり見ていてワクワク・ドキドキしてしまいます。特に、グレンロイヤルの生地は他のポーター&ハーディングのコレクションに比べるとソフトな風合いがあり、日本の気候に合うのでおすすめしています。
1947年にスコットランドにて創立。創業当時と同じ製法で織り上げられるツイードで名高い、カントリー服地専門マーチャント。チェヴィオット種の羊毛を使用したツイード地が特に有名で丈夫で強く、しかも暖かく、世界中の紳士から愛されている。丈夫さだけではなくカントリーライフを鮮やかに彩る「色柄」も魅力の一つ。
江利角さん:HAINSWORTH(ヘインズワース)は、オーソドックスなジャケットを探しているお客様にはおすすめしませんが、この生地でしか作れない服があります。伝統のある老舗のブランドで作りはしっかりとしつつ、色の編集が今っぽいのが面白いです。
200年以上の歴史を持つ、ヨークシャー生まれの軍用テキスタイルブランド「HAINSWORTH」。イギリスの近衛兵の制服など国内外の軍隊にユニフォームを提供する、伝統のある儀式用織物。
軍用をメインに取り扱うテキスタイルブランドなので、テーラーではあまりお目にかかれない。その他のシリーズを見るとコスチューム・ユニフォーム・アカデミックスーツなど象徴的な衣服のコレクションばかり。しかし歴史的な衣装だけではなく、その品質と多用途性から世界中のデザイナーからも選ばれコラボレーションをしているブランド。
ー秋冬と言えば、ツイードやフランネルなどあたたかみのある素材を着たくなるような季節でもありますが、注目しているコレクションなどありますか?
江利角さん:ツイードならばW.Bill(ダブリュー・ビル)の「NEON」はおすすめです。映画「TRON」を連想させるこのブックの「NEON」のフォントがおもしろいですね。硬派なW.BILLとサイバーパンクの世界観が融合してる様子が表紙のデザインで伝わってきます。
岡田さん:「NEON」には注目しています。ただの光る機能ではなく「限られたシチュエーションで光るリフレクト(反射)効果」というのが面白いですね。
1846年に創業。カントリー服地商社であり、名門テーラーからの信頼も大きい。柔らかく仕立て映えするのが人気の理由。また、バラエティーに富んだユニークなジャケット地の取り扱いが特徴。
ヒラリー卿が人類初のエベレスト登頂を達成した時に同ブランドの服地を着用していたことでも知られている。そんな歴史のあるブランドから「現代の冒険者達」に贈る新しいシリーズが「NEON」。マイクロガラススフィアという特殊加工がされたヤーン(糸)により光反射するのが最大の特徴。機能性で話題があるだけではなくツイード専業のブランドなのでクオリティはお墨付き。
ーでは、フランネルはいかがでしょう?
岡田さん:Holland&Sherry(ホーランド&シェリー)のフランネルですね。何と言っても圧巻の無地色バリエーション。78色もあるので他のバンチブックにはない生地が見つかりそうです。お客様の探してる色が必ずあることが、世界中のテーラーから愛されている理由なのかもしれません。
1836年ロンドンで創立された老舗マーチャント。最大の特徴はその豊富なコレクション数。ウール素材から最高級素材までと幅広く、各シーズンで取り揃える素材数、それぞれの素材での色柄は世界一を誇っている。フランネル専用の生地見本というのは決して珍しくはないが、 280gmsから370gmsまで6品質のフランネルの無地だけを全78色集めたコレクションはホーランド&シェリーのみ。
江利角さん:Loro Piana(ロロ・ピアーナ)のカシミヤとウールをブレンドさせた生地は、まさに最高級のフランネルです。うちのお店のお客様はチェックなどの柄物はあまり好まず、無地が人気ですね。色は少し明るめのネイビーが特に選ばれています。パンツとセットで作る方も多くいらっしゃいます。
1936年にイタリアのクアローナで創業された最高級カシミアと最高級ウールを取り扱う服地メーカー。自社で織り上げた服地を使い、製品化して販売まで行う高級ブランド。
岡田さん、江利角さんが個人的に気になった秋冬生地
ー最後に、個人的に気になったコレクションについて教えてください。
岡田さん:Loro Piana(ロロ・ピアーナ)のフランネルコレクションは、今期の提案としてサンプルを作りました。やはり秋冬にはフランネルが着たくなりますね。しばらくの間チェックがトレンドだったので、そろそろストライプを作りたいなと。そして、BIELLESI(ビエレッシ)。このバンチは迷彩やドクロなどROCKな生地がいっぱい入っているという一言につきます。
上質な服地の産地で有名な、イタリア北部のビエラ地区の高級テキスタイルの中から、独自の感性で選び抜かれたコレクション。迷彩柄やヒョウ柄やペイズリー柄など、他のブランドとは少し雰囲気の違う色や柄が特徴。しかし決して派手過ぎない上品な雰囲気がビエレッシならでは。フォーマルシーンからビジネスシーンまで幅広いシーンに対応できる服地が一冊にまとまっている。
江利角さん:まずESCORIAL(エスコリアル)の生地。カシミアよりも原毛が細いウールを使用しており、触りごごちはとても滑らか。光沢感はカシミアと比べると落ち着いており、カシミアとウールの中間くらいの上品さを持っています。幅広い年齢の方にしっくりくると思います。
HARRISONS of EDINBURGH(ハリソンズ・オブ・エジンバラ)のGRAND CRU(グラン・クリュ)にも注目しています。今までゴールドやプラチナを混ぜた生地を提案していたミルやマーチャントがなかったわけではないのですが、英国を代表するハリソンズからの発表というのが、格式を重んじるイギリスが柔軟になっている様子を感じさせます。結婚式の主賓などが着ていたら素敵ですね。
そしてフランネル被りになってしまいますが、ドラッパーズのLOLLI SUGGESTIONは日本の気候にあっていると思います。冬が短くなりつつあるので、厚みのあるフランネルを着る期間も短くなっています。そんな中、このコレクションには「防寒ではなくオシャレとしてフランネルを着たい」という声にお応えできる、ライトウェイトのフランネルがあります。また色柄も一風変わっていて、ストライプをブークレ調(表面に輪状の糸ループが出るよう加工された生地)にして柄をはっきりさせない演出はカジュアルな装いにも合わせやすいと思います。
スペインの王様が飼っている羊が「エスコリアル」という、非常に上質なウールをまとう品種。まるでカシミアのようなしなやかさ・上品さがあるのが特徴。
グランクリュには通常では実現し得ない独特の極上のヌメリ感がある。あえて75番手という通常より太めの糸を紡ぎ、双糸使いでしっかりと織り上げられることで実現している。24ctゴールドやプラチナをストライプで織り込んだ生地も特徴的。
ドラッパーズ社の社長のドメニコ・ロリ氏が提案する生地コレクションが、「LOLLI SUGGESTION」。あたたかみのある色柄が揃う。
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LOUD GARDEN
LOUD GARDEN(ラウドガーデン)の特徴は、ズバリ遊び心。テーラーと普通のブティック的な要素を兼ね備えており、店内に展示しているモデルはイギリスのスーツがデザインのベースとなり、そこに店主こだわりのロックテイストが反映されている。一見アバンギャルドのようだが伝統的な製法やカッティングを行っている。オーダーを受けたアイテムは、その季節内に着用できるように、なんと一ヶ月半でのお渡しもしているという。これは普通のテーラーでは考え難い期間である。また、お店はテーラーでは珍しく予約制ではないため初心者でも来店しやすいおすすめの一店である。
THE KIRINTAILORS SHOP
江利角 卓也氏と上山善史氏の二人が主催する東京・自由が丘にあるテーラー「THE KIRINTAILORS SHOP(ザ キリンテーラーズ ショップ)」。伝統的なメンズテーラーリングを軸にモダンかつシンプルなスーツ・ジャケット作りを心がけている。メンズスーツの他にもカジュアルテイストのアイテムや、レディースアイテムにも柔軟に対応可能。顧客の要望に迅速かつ柔軟に対応するために、テーラーが在駐しアトリエ機能も併設している。
●KIRINTAILORS パターンオーダー
スーツ価格9万5000円~、中心価格帯13~15万円。
ジャケット価格6万9000円~。
納期1ヶ月(時期により~2ヶ月)。
●KIRINTAILORS ビスポークオーダー
スーツ価格29万円~。
スリーピーススーツ価格35万9000円~。
ジャケット価格20万1000円~。
納期3ヶ月~。
※詳細についてはお店へお問い合わせください。
終わりに
今回の取材を通して感じたのは、それぞれの生地ブランドに歴史や背景があり、それを知るとより一層スーツ選びが楽しくなるということ。本当に自分が聞いてみたい質問を用意していたので、まるでお二人に接客をして頂いているかの様な感覚になり、とても贅沢な体験でした。親切に説明してくださり感謝の気持ちでいっぱいです。記事では手触りがお伝えできないのが非常に残念です。是非実際にお店に足を運び、お話を聞きながら「生地に触れる」という体験をして頂きたいと感じました。