ナポリ仕立てを独自に昇華。Sartoria Ciccio 上木規至氏が目指す完璧なスーツスタイルとは。

ナポリ仕立てを独自に昇華。Sartoria Ciccio  上木規至氏が目指す完璧なスーツスタイルとは。_image

取材・文/倉野路凡
写真/佐々木 孝憲

服飾ジャーナリスト・倉野路凡さんが予てから「お話を聞いてみたい!」と熱望していた、ビスポーク専門のSartoria Ciccio(サルトリア チッチオ)の上木規至(うえき のりゆき)さん。テーラリングのこだわりを伺うその前に、お話は上木さんがテーラーを志す意外なきっかけから始まります。

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以前から取材したいと思っていたSartoria Ciccioの上木規至さんをようやく取材! 

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店舗兼工房というスタイルのCiccioがオープンしたのが2015年5月とまだ新しいのだが、Ciccioネームでは2008年からスタートしている。

店内は工房とサロンスペースに分かれ、職人が自分のテーブルで作業をしている。店内に置かれた椅子はデンマークの家具デザイナー、ハンス・J・ウェグナーの作品だ。床はヘリンボーンの寄木でヨーロッパっぽい雰囲気を醸し、モダンさと温もり感が共存する空間になっている。

ちなみに店名のCiccio(イタリア語でおデブちゃん)は上木さんがナポリでの修行時代についたあだ名が由来なんだとか。

ちなみに店名のCiccio(イタリア語でおデブちゃん)は上木さんがナポリでの修行時代についたあだ名が由来なんだとか。

陸上競技に打ち込んだ青年がテーラーに。始まりは大胆な方針転換。

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まずは上木さんの経歴を簡単に説明しておこう。福井県で生まれ育った彼は高校時代に陸上競技(三段跳び)にのめり込み、将来はオリンピック選手を夢見ていたという。高校卒業後は大阪の体育大学に進学し、三段跳びに打ち込む毎日。

しかし自分よりも能力の高い選手が多く、すぐに壁にぶちあたった。所詮は井の中の蛙と自覚するのだが、彼のユニークなところはすぐに進路を変更したことだ。

手に職をつけようと大学を潔く退学し、大阪モード学園の夜間コースに通い、昼間はリングヂャケット(1954年創業)で働くことにした。

もともと洋服が好きだったこともあるのだが、学校に通い服を作っていくうちに、すべての工程ができる服作りはテーラーだとひらめいたという。リングヂャケットはテーラーではなかったが、自らのオリジナルブランドを展開していて、優秀な縫製工場(分業制)として広く知られていた。

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高級イタリアンブランドジャケットを解体、研究に励む日々。

当時は社長や専務がナポリの高級ブランドのアットリーニのスーツや、ナポリであつらえたビスポークスーツを工場へ持ち込むこともあったそうだ。持ち込まれたスーツを上木さんたち作り手(技術者)が解体し、イタリアのテーラーリングを日々研究していたとのこと。

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とは言え、なかなかその技術をすぐには製品に反映させることは難しかったようだ

「袖を分解してアームホールの線を同じようにパタンナーが引くのですが、そう簡単な話ではないんです(笑)。ナポリの職人が仕立てたスーツは雑な縫製のものが多かったですが、どうして丁寧な服作りをする自分たちの服より魅力的なスーツになるのか、当時はわかりませんでした」と上木さん。

そんな想いからいつかナポリでテーラーの技術を身につけたいと思い始める。

リングヂャケットを退社する際に、お世話になった工場長と技術長に手作りの針山を贈ったそうだ。その時に自分用にと作った針山。もう13、4年使っている。

リングヂャケットを退社する際に、お世話になった工場長と技術長に手作りの針山を贈ったそうだ。その時に自分用にと作った針山。もう13、4年使っている。

当時、リングヂャケットは、私塾として土日のみ工場長や技術長がビスポークスーツ(分業ではなく職人による丸縫いスーツ)のテーラーリングを教えてくれていた。もちろん上木さんも参加し、ビスポークスーツの基本的な縫製の流れを理解したそうだ。

いざナポリ修行へ! 三年半で上木さんが取得したものとは。

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ナポリ行きを決意して1年間は頑張って旅費を貯めたという。4年間いたリングヂャケットを後にして最初に向かったのはナポリのサルトリア、ダル・クオーレの工房だ。日本でも受注会を行うなど有名な老舗サルトリアだ。当時雑誌に載っていたダル・クオーレのスーツを見て、柔らかさとシャープなシルエットに心惹れ、工房入りを決心したそうだ。

工房では、裏地のまつり縫いから始まって肩の縫製まで習得。彼が工房に入った時は13人ほど職人がいたそうだが、少しずつ職人がいなくなり、最終的には上木さんとダル・クオーレと彼の弟のパンツ職人の3人になったそうだ(笑)。それが幸いして、彼にどんどん仕事がまわってきたのだ。

1年半という短い期間にもかかわらず習得した技術は大きかった。初めての工房だったが、リングヂャケット時代に覚えた丸縫いの技術に助けられたそうだ。

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ダル・クオーレの次に向かったのは、同じくナポリのアントニオ・パスカリエッロの工房だ。

「最初に任せられたのはジャケットの背中にステッチを入れる仕事。丁寧に入れたのですが、仕上がりが汚いから最初からやり直せと言われてしまいました。ナポリでは珍しく丁寧さを要求される工房でした。つまり、丁寧な仕事をする職人しか受け入れない工房だったんです」と上木さん。

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ナポリ修行を終え、見据えていた次なるステップ。

2年間いたパスカリエッロでは、襟付けと袖付けの基礎を習得した。3年半にわたるナポリでの修行を終えて2008年に帰国。それと同時に自身のCiccioブランドを立ち上げる。

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フィレンツェの名店Tie Your Tieのマネージャーに誘われて、東京・青山のTie Your Tieの二階で工房を構えることになった。

最初の一年は実家の福井県から月に一度通っていたそうだ。Tie Your Tieは高級な品揃えではあったが、ビスポーク専門店ではなかったし、顧客の多くはTie Your Tieを目的に来店されることが多かったという。

上木さんには次なるステップが見えていた。8年間に及ぶTie Your Tieでの工房を終え、2015年に待望の店舗(路面店)を構えたのだ。

壁に飾られているのは、イタリアの建築家でありデザイナーとしても有名なジオ・ポンティによる車のデッサン。これは店内で取り扱っている「イルミーチョ」の靴職人である深谷秀隆さんからの開店時の贈り物。「イルミーチョ」は2月と8月の年に2回受注会を行っている。

壁に飾られているのは、イタリアの建築家でありデザイナーとしても有名なジオ・ポンティによる車のデッサン。これは店内で取り扱っている「イルミーチョ」の靴職人である深谷秀隆さんからの開店時の贈り物。「イルミーチョ」は2月と8月の年に2回受注会を行っている。

繊細な縫いだからこそ実現する、Ciccio独自のふわっと柔らかな着心地。

リネンで仕立てた春夏シーズンのもの。カジュアルなパッチポケットに胸ポケットはバルカポケット(船底ポケット)という組み合わせ。ゴージラインは低めで広めのラペルがクラシックで美しい。ノーベント仕様がハウススタイル。

リネンで仕立てた春夏シーズンのもの。カジュアルなパッチポケットに胸ポケットはバルカポケット(船底ポケット)という組み合わせ。ゴージラインは低めで広めのラペルがクラシックで美しい。ノーベント仕様がハウススタイル

経歴、職歴の話が長くなってしまったが、Ciccioを語るうえで、ナポリの工房で習得したテーラーリングは欠かせない。ただし上木さんが手掛けるスーツには、ナポリのスーツに見られる特徴はあまりない。


「そうですね。マニカカミーチャ(別名:雨降り袖)のようなわかりやすいディテールはありません。シルエットはシャープなシルエットですが、ふわっとした柔らかさも出しています。これは縫い方によるもので、糸調子(糸のテンション)を緩くしたり、常に気を使いながら縫っています。スタイルのベースは変わりませんが、日々、こうした方がいいんじゃないか、と自問自答しながら仕立て方を少しずつ変えたりしています」と上木さん。

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しつけ糸で前身頃と芯地を留めていく芯据えの工程。

しつけ糸で前身頃と芯地を留めていく芯据えの工程。

「肩パット」は使わない! Ciccioのこだわりは優美な肩線にあり。

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ウールのグレンチェックのジャケット。胸ポケットはバルカポケット(船底ポケット)。ゴージラインは低めで広めのラペル仕様。ノーベント。

もう少し詳しく特徴を説明すると、肩パッドは基本的に入れていない。

ナポリ仕立てのスーツの多くは肩パッドを入れるそうだが、あえて入れていない。そのかわりにバス芯を肩までまわして保形性を維持しているのだ。ちなみに台芯、胸増芯などの副資材はナポリで使っていたものを使用し、ナポリ時代と同じようにお客さん一人一人に合わせた芯地を作っている。

肩パッドが入っていないので肩周りもご覧の通りしなやかに曲がる。

肩パッドが入っていないので肩周りもご覧の通りしなやかに曲がる。

肩パッドを入れない理由は上木さんの美意識によるもの。肩の低い服が好みという理由からだ。その肩線を出すためにどうしても肩パッドが邪魔になる。肩パッドを入れると肩線に微妙に段差が生まれ、肩との間に隙間ができるそうなのだ。それを防ぐためにも肩パッドは使用しない。

彼の理想とする肩は、肩線の真ん中(首の付け根と袖山との間)あたりが肩にフィットし、袖側に向かって放射状にゆとりが広がっていくのが理想。袖山もふわっとした印象だ。とくに前肩付近は余裕をもたせて動きやすく仕立てているそうだ。

首の付け根からぴったりとフィットさせ、袖側に向かって放射線状にゆとりをもたせて広がっていくトロンバ(イタリア語でトランペット)スタイルが上木さんの理想。手を添えて説明してくれた。

首の付け根からぴったりとフィットさせ、袖側に向かって放射線状にゆとりをもたせて広がっていくトロンバ(イタリア語でトランペット)スタイルが上木さんの理想。手を添えて説明してくれた。

左右の肩傾斜が異なる場合は、下がっている方に肩パッドを入れるのかと思うが、そうではない。やはり肩パッドは入れないで補正するらしい。もし片方に肩パッドを入れると左右のアームホールの形状が異なってしまい、適正なアームホールにならないそうなのだ。詳しいことは理解できなかったが、そういうことらしい。

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袖のイセ込みは縫い代込みで、約7センチ。アイロンの敷き布にチョークで図を描いて詳しく説明してくれた。

袖のイセ込みは縫い代込みで、約7センチ。アイロンの敷き布にチョークで図を描いて詳しく説明してくれた。

ハンドステッチが生み出す生地の立体感。美は細部に宿る。

ふわっとした柔らかさは糸調子で調整すると前述したが、ジャケットの端の縫い方にも表れている。

フロントのボタン(あるいはボタンホール)付近や裾の縁を見ると、生地がふわっと厚みを増している。これはハンドステッチを縁に入れることで、ステッチの外側の生地が自然と膨らむのだ。細かなこだわりだが、美しさにおいて妥協はしないのである。

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そのこだわりは襟にも及んでいる。いわゆるノッチドラペルなのだが、襟幅は広めで、ゴージラインは低め。しかもまっすぐではない。ラペルを少し上げているのは、この角度が一番きれいに見えるという理由からだ。また、このラペルにすることで、肩線がより美しく見えるとのこと。

このようにCiccioのスーツはナポリのサルトリアで習得したテーラーリングがベースにはなっているが、やはりCiccioスタイルなのである。

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“次世代テーラー”と呼ばれる日本のテーラーたちも40代~50代に差し掛かっている。上木さんはその下の世代だ。

店内の内装からもわかるように従来の重厚な雰囲気のテーラーではない。陽気なナポリの影響からか、アトリエもサロンも明るくて開放的だ。この雰囲気はたまらなく心地いい。たぶんCiccioの顧客もそう感じているに違いない。こういういい意味での抜け感のあるテーラーがもっと増えると、テーラー業界も面白いと思う。

ーおわりー

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ドーメル、ハリソンズ・オブ・エジンバラ、ドラッパーズなど生地バンチも豊富。なかでもこれからの季節におすすめしたいのが、ドラッパーズ「BLAZON SUPER 150’S」。タテヨコともに双糸を使っているため、しなやかさに加えてハリがあるのが特徴。

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青山・骨董通りから一筋入り静かなエリアにアトリエを構えるSartoria Ciccio(サルトリア チッチオ)。ヘッドテーラー・上木規至さんが国内やナポリでの修行を経て2015年にオープン。ナポリ仕立てを基調としながらも、上木さん独自のテーラーリングスタイルでつくられるスーツやジャケットは、緻密かつ繊細な縫いが生み出すふわりとした仕上がりが特徴。

Sartoria Ciccioはビスポーク専門ということもあり、来店の際は予約が必要。
ビスポークスーツは仮縫い、中縫いがある。納期6ヶ月。
スーツ58万円。
ジャケット46万円。
パンツのみ既製品を扱っていて、ナポリで一緒に働いていたパンツ専門の職人に縫製を依頼している。ウール7万9000円。コットン7万4000円。
※価格の詳細については公式HPにてご確認ください。

公開日:2017年4月22日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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倉野路凡

ファッションライター。メンズファッション専門学校を卒業後、シャツブランドの企画、版下・写植屋で地図描き、フリーター、失業を経てフリーランスのファッションライターに。「ホットドッグ・プレス」でデビュー、「モノ・マガジン」でコラム連載デビュー。アンティークのシルバースプーンとシャンデリアのパーツ集め、詩を書くこと、絵を描くことが趣味。

終わりに

倉野路凡_image

Ciccioの上木さんのことは、以前からパンツ職人の尾作さんから伺っていた。ようやく取材できて本当に嬉しい。これまで東京近郊のテーラーを多く取材してきたが、職人さんの考え方や作り出すスタイルはいろいろ。ボクはテーラーじゃないので理解できない技術的なところもあったが、それでも「おーっ、なるほど~!」と、上木さんの言葉に感心してしまった。金銭的に余裕があって、興味のある方はぜひ(予約をしてから)足を運んでほしい。

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