Brand in-depth 第3回 MISAKO & ROSENが理想とする「利益=成功に囚われないギャラリー」

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インタビュー/成松 淳
モデレーター/深野一朗
構成/高尾太恵子
写真/佐々木健人

近年、誰それの作品がいくらで落札されたというニュースを耳にする機会が増えた。「予想落札価格を大幅に更新」、「史上最高の売上を達成」といった派手な見出しが躍り、今年5月にもアンディ・ウォーホルの代表作『ショット・セージブルー・マリリン』が約253億円で落札され、20世紀に制作されたアート作品では史上最高額となる落札価格だと話題を集めた。

アート市場が活況を呈しているのは事実だ。2021年の世界美術品市場の規模は約7兆9800億円とも言われ、新型コロナウイルス感染が拡大する以前の規模を上回っている。

そんななか、理想とするのは「利益=成功」という概念に囚われないギャラリーだ、と言うギャラリストがいる。夫婦で現代美術のギャラリー「MISAKO & ROSEN」を営むローゼン美沙子さんとジェフリー・ローゼンさんである。これまで「NADA Miami」や「Frieze Art Fair」、「Art Basel香港」などの海外アートフェアへ積極的に参加しながら国内外のアーティストを発信してきた。アーティストとマーケットの間に立つ彼らはどんな思いで活動しているのか? リチャード・オードリッチの作品に囲まれた空間で、ミューゼオ・スクエア編集長の成松が話を聞いた。

ギャラリーにはスタミナが必要

成松 淳(以下、成松):アートやギャラリーについて語っていただく前に、まずはお二人のこれまでについてお聞きしたいと思います。ギャラリストになられたきっかけは何だったのでしょうか?

ローゼン美沙子(以下、美沙子):それしかなかったんです(笑)。美術が好きで、高校から画廊巡りを始めました。大学生のとき、平塚市美術館で開催された「Tokyo pop」という展覧会で奈良美智さんと村上隆さんの作品を見ました。当時、日本では最先端のアートで、その奈良さんと村上さんが所属していた小山登美夫ギャラリーにアルバイト募集がないかを聞いて働き始めたのがきっかけです。

ジェフリー・ローゼン(以下、ジェフリー):私は幼い頃から美術が身近な存在でした。出身地であるアメリカ・テキサス州のヒューストンにはメニル・コレクションの美術館やヒューストン美術館(Musuem of Fine Arts Houston)、コンテンポラリー・アート美術館(Contemporay Art Museum Huston)などが並んでいて、高校生のときにメニル財団のロスコ・チャペルで看守のアルバイトを始めました。本当はお気に入りのレコードショップで働きたかったんですが、小さい店だったので雇ってもらえませんでした。

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美沙子:彼は何でも辞めちゃう人だったんですよ。高校も途中で変えたし、なんとか入った大学もつまらないからと辞めてしまった。続いているのはアートだけだよね?

ジェフリー:そうだね。大学を辞めたあと、ロサンゼルスのアートスクールに行こうと考えましたが、お金がありませんでした。仕方ないので働こうと思って、サンタモニカのギャラリーが集まるバーガモントステーションという場所にあったタカイシイギャラリーを訪ねたんです。そこから石井孝之さんのもとで働いたり、彼とセランという友人の3人で「LOW」というギャラリーを運営したりしていました。そのあと石井さんの誘いで2002年に日本に来て、2013年までタカイシイギャラリーで働きました。

成松:ギャラリーで働いた経験から今につながっていることはありますか?

美沙子:小山さんから学んだのはインディーズっぽさというか、「Do it yourself」の精神のようなものです。引っ越しのあとだから小さい経費でアーモリー・ショーに出展しようとなったとき、シッピングをせずに済むよう小さい作品をたくさん持っていくことにしたんです。作家・三宅信太郎さんの展示で、パフォーマンスに使う着ぐるみの道具を段ボールに入れて持っていきました。その影響で今でも、特にアメリカに行くときは、コンパクトな作品を手で持ち運んでいるんですけど、あるときニューヨークのアートフェアに来ていた小山さんに「俺でもこんなデカいの手で持ってこないよ」って言われました(笑)。

ジェフリー:私は石井さんのもとでいろんな実践を通じて、多くを学びました。忍耐力が必要であることも学びました。失敗してもやり続ける。もしかしたら、それが一番重要なことかもしれません。ギャラリーを成功させたり、アーティストとして成功したりするために最も大事なことの一つはスタミナだと思います。

成松:ここで言うスタミナとは、動き続けるエネルギーのことですか?

ジェフリー:そうです。ギャラリーのビジネスをよりいい方向へ持っていくために働けるエネルギーのことです。

成松:お二人はどうやってエネルギーを維持しているのですか?

美沙子:けんか?(笑)

ジェフリー:そうかもしれないね(笑)。

美沙子:まあ、けんかは言い過ぎですけどね。「それは違う」とか「あれいいね」とディスカッションする。エネルギー源が2つあり、意見も時には2つある。これはMISAKO & ROSENの強みだと思うんです。展覧会の組み方も重要になってきます。例えば、いつどこで資金が必要かを考えて、この作品が売れたら今年は大丈夫かな、みたいな。ビッグセールをして、もしかしたら利益にはならないかもしれないけど有意義なことをする。その繰り返しです。

成松:ギャラリーを続けるためには商売を考える必要があるけれど、それだけではエネルギーを維持できない。時には好きなようにやって楽しむことが大事になってくるんですね。そもそもお二人でギャラリーを始めようと思ったきっかけは?

美沙子:アーティストとの出会いです。私たちが結婚するかしないかくらいの時期にアーティストの南川史門さんと仲良くなり、彼がやっていた下北沢のCICOUTE CAFE(チクテ・カフェ)に集まってよくお茶をしていました。その流れでいつか展覧会ができたらいいねという話になって。

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ジェフリー:さらに同じ頃、アーティストの竹﨑和征くんがアーティストランスペースみたいな「Take Floor」の運営を始めたのを見て、影響を受けました。小さくてもできるし、すごくいいスピリットが流れていました。当時は竹﨑くんの作品を扱うギャラリーもないし、「Take Floor」の活動の重要性も理解してなかったと思います。でもそんな東京のアートシーンのなかで、彼は自分が暮らすアパートの部屋の中に「Take Floor」を作ったんです。

美沙子:その頃たぶん、私たちは違う目を持ち始めていたんだと思います。小山登美夫ギャラリーにも、タカイシイギャラリーにも素晴らしいアーティストはいたけれど、私たちは違う世界を見始めてしまった。

成松:自分でやってみたいという気持ちが生まれたのは自然な流れだったんですね。

ジェフリー:竹﨑くんは可能性を示してくれました。

美沙子:作家と話して、壁を立てて、展示をやって、リリースを書く。彼はすべてを1人でやっていました。これもまさにDo it yourselfですよね。私たちもそうですけど、同世代の彼から自分でできるんだよっていうのを教わってギャラリーを始めた人はたくさんいます。

What is art?

成松:少し哲学的な質問をしてもいいですか? アートとは何なのでしょう?

ジェフリー:哲学的ですね(笑)。そうですね……、シンプルに答えるならアートは文化です。

美沙子:そうだね。アートは文化でできている。

ジェフリー:5年前まではどんなものもアートになり得ると言えました。なぜなら、私たちが信じたものが近年の歴史として現れてきましたから。でも最近、アートはお金だという考え方にシフトしてきています。だからこそ、アートとは何かを考えるべきです。イヴ・クラインの作品がいい例かもしれません。

美沙子:レシートの話?

ジェフリー:そう。コンセプチュアルなアーティストとして有名だったクラインは、1959年に「The Void」(空虚)と題した作品を発表しました。「さあ、この空間を買ってください」と言って、目に見えない作品を販売したんです。彼は作品の存在を証明するため、購入者にレシートを渡していた。そのレシートが今年4月に開かれたオークションに出品されて、約120万ドルで落札されたそうです。

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美沙子:つまり、作品がなくてもお金は動くということです。クラインの作品をNFT(非代替性トークン)の概念の前兆と表現する人もいます。

ジェフリー:あの時代にNFTのようなアイデアがあったという始まりを感じるし、同時に終わりも感じます。

美沙子:NFTは新しいと言われているけど、クラインのことを考えると結局は誰かが昔やっていたよね、という話になる。現代では斬新に思えるアイデアも、実は過去にあったものを繰り返していることが多いと思うんです。

ジェフリー:このことからアートは歴史を見ることだとも言えます。エンターテインメントに歴史があるようにアートにも歴史があって、それをたどっていけば「アートとは何か」の答えにつながる気がするんです。

成松:アートと捉えるものの共通点は何ですか?

ジェフリー:歴史や現代的な生活と関連していることです。ダイレクトに言及していなくてもいい。現代文化や歴史の何かが美術の文脈に垣間見えるものがアートだと思います。

成松:では、お二人が考える理想のギャラリーとは?

ジェフリー:利益が成功だと囚われないでいるギャラリーです。私たちの信じるアートが文化の一部になってほしい。

美沙子:自分たちの好きなものがきちんと評価されて、世に売れていくことが理想ですね。アートとお金は、もしかしたら最悪のコンビネーションかもしれません。それをいかに健康的にやるかが重要だと思います。

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時間をかけて文化を築く

成松:MISAKO & ROSENはどのようにしてアーティストを発掘しているんですか?

美沙子:アートフェアで見つけたり、友人やアーティストに紹介してもらったり。最近はインスタグラムで見つけることが多いです。

ジェフリー:「このアーティスト知ってる?」なんて言いながら探すのが楽しいんです。最近は若いアーティストではなくエスタブリッシュした人を見ることもあります。ギャラリーを始めて16年経つとそれなりに有名になった所属アーティストもいて、彼らのプログラムが認知されている。今まで一緒にやりたくてもできなかったアーティストに、私たちはこういうプログラムをやっているギャラリーです、とアプローチしてみようと思うようになったのは大きいですね。

美沙子:7年くらい前、ずっと好きだったヴィンセント・フェクトーの展覧会がニューヨークであると知って現地へ行きました。実際に作品を見て「やっぱりこれだ!」と思いアプローチを続けて、2019年に日本で初めての個展を開催することができました。

ジェフリー:これはギャラリーのファイナンシャルな視点でもかなり重要なことになってきます。例えば、国際的にステータスが高いアーティストと同じギャラリーに所属する日本人アーティストがいるとします。その日本人アーティストは、日本では有名で、国内マーケットもありこれから国際的な活動をしようとしているとします。誰かが、すでに知られている国際的なアーティストをギャラリーの情報から見つけ、さらにその中に別の日本のアーティストが含まれていた場合、見られ方が変わってきますよね?

成松:変わりますね。

ジェフリー:同じギャラリーにいるのだから、同じようにいいのではないだろうかと。先に知られているアーティストのテイストを持って、ギャラリー全体の情報を網羅してもらえる可能性を秘めています。もしかしたら反対の状況もあるかもしれませんけどね。先に無名の日本人アーティストを見つけて、ほかの情報も網羅したらすごく有名なアーティストが在籍するギャラリーだったという情報を得るってこともあります。

成松:MISAKO & ROSENでは日本人アーティストの知名度を上げるためにさまざまなアプローチをされていますよね。ベルギーでスペースを運営したり、ジェフリーさんが非営利団体NADA(The New Art Dealers Alliance)の共同代表を務めたりしているのも、その取り組みの一環だと思います。また国際的なプログラムを多く手がけていることもこのギャラリーの大きな特徴ですが、お二人はアーティストとの関係性をどのように築いているのでしょうか?

ジェフリー:まず私たちが付き合いたいと思うのは関係性を大切にするアーティストです。もちろん、そこに国籍やジェンダーは関係ありません。日本のギャラリーなので、日本人でないアーティストが日本人アーティストと対話をしながら作業することも大事です。

美沙子:そのうえで、私たちは常にアーティストに寄り添いたいと思っています。作家がやりたいと言ったことがファイナンス的に難しかった場合、どうにか実現できないかと模索します。

ジェフリー:16年で39人のアーティストと付き合ってきましたが、ドロップアウトした作家は一人もいません。

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成松:それはすごいですね。秘訣は何ですか?

美沙子:対話をすることでしょうか。話を聞いたうえで、私たちが実現させる方法を考える。そこにはやっぱりギャラリーのスタミナが必要になってきます。

成松:でも、やりたいことを実現させて終わり、ではないと思うんです。アーティストが成功するには地道なマーケティング活動も必要になってくるはずで、そこにもエネルギーを注がなければなりませんよね。

美沙子:そのとおりです。所属する題府基之くんの作品が2014年に国際的な写真アワード「Prix Pictet」にノミネートされて、本人と一緒にロンドンへ渡りました。当時テートモダンの写真セクションのキュレーターだったサイモン・ベイカーに会いに行ったんです。お茶しながら写真集を渡してちょっとした作品の話をしました。のちにサイモンはパリのヨーロッパ写真美術館(Maison Europeenne de la Photographie)のディレクターになり、今年の3月に題府くんの個展を開催することにつながりました。新しいZineも出版して、テキストも書いてもらって、展覧会のカタログにも載って、ということがありました。

題府基之「Project Family」シリーズより

題府基之「Project Family」シリーズより

ジェフリー:「Prix Pictet」で注目されてからも定期的に展覧会を開いたり、海外のアートフェアに出展したり。とにかく彼の作品を発信し続けました。種まきには時間がかかるんです。

美沙子:ギャラリストの頭の中にはどこにどんなキュレーターがいるかという情報が入っています。何かの用事である都市に行ったら、「ああ、せっかくだからあのキュレーターに連絡してみようかな」と思い出すわけですよ。それをどんどんつなげていく。ギャラリストならみんなやっていることですね。

ジェフリー:アグレッシブに動くギャラリストもいますけど、私たちは穏やかにやっているほうだと思います。

美沙子:結局は誰に何を話すかみたいなことなので。成松さんも明らかに趣味が違う作品をおすすめされたら困りますよね?

成松:困りますね(笑)。

美沙子:アグレッシブさをどこに使うかが大事なんです。

成松:エネルギーも無限にあるわけではないですからね。種まきには時間がかかるとおっしゃいましたけど、短期で話題になるのと、中期での花の開き方は違うように思います。

ジェフリー:そうですね。ただ、花が開くまでは無関心にさらされることへの恐怖があります。評価をされなければ、批判もされない。そんな状況が1番怖いです。

美沙子:2015年にトレバー・シミズさんの「GAS」という展覧会をやったときは3人しか反応してくれませんでしたが、今ではスター作家になりました。廣直高さんというアーティストは売れるまで20年かかった。でも彼は美術館の展覧会にも入っているし、作品も売れている。おそらく、マーケットだけが先行して今売れているだけのアーティストは続かないと思います。結局は、トレバーさんや直さんのようなアーティストが持続すると思うんです。

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トレバー・シミズ「GAS」2015年 MISAKO & ROSENでの展示風景
Photo:KEI OKANO

成松:そこは最初におっしゃっていた文化を踏んでいるかどうかという部分が重要なのかもしれませんね。アートをやるということは文化を作るということで、文化を築くには一定の時間がかかる。すぐにできるものは文化ではないから、どうしても5年、10年とかかってしまいますよね。

MISAKO & ROSENが描く未来

成松:この先のMISAKO & ROSENはどうなっていたいですか?

美沙子:変わらずにいたいです。ジェフリーにも絶対にブレないでって言っています。1つのジャンルを突き詰めると飽きて辞めてしまうギャラリストをたくさん見てきました。だからラジオをやったり、新聞を発行したり、セントジェームズのTシャツを着たりを続けていきたい。時代に合わせて変わっていくことは必要だけど、好きなものは変わらない。ブレずにマイペースでいきたいですね。あなたは未来について考えることある?

ジェフリー:ほとんどないね。

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美沙子:ジェフリーはギャラリーにそんなにいなくていいんですよ。彼には目に見えないセンサーのようなものが備わっているので、それを生かしてアーティストやコレクターとのいい縁を引き寄せてほしい。

ジェフリー:私たちはギャラリーを運営するのに違うアプローチを持っていて、補完しています。美沙子は喜ばない表現かもしれないけれど、彼女はラディカル・プラクティカル(実用的)です。

美沙子:たしかに彼一人で運営していたらお金はなくなると思います。

成松:つまり、現実を見ているのが美沙子さんで空想するのがジェフリーさん。両極端のお二人が組むことでMISAKO & ROSENは機能するし、力を発揮できるんですね。ジェフリーさんは今後どうなっていたいですか?

ジェフリー:理想を言うなら、MISAKO & ROSENの日本人アーティストが海外でも成功することが大事です。

美沙子:成功っていうのは、有名になるってこと?

ジェフリー:文化に影響を与えることかな。歴史に残るアーティストを増やすと言ってもいいかもしれません。そんな未来だったらいいなと思います。

左から成松淳、ローゼン美沙子、ジェフリー・ローゼン

左から成松淳、ローゼン美沙子、ジェフリー・ローゼン

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公開日:2022年7月15日

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