華麗に波に乗るサーファーたちのサーフボード。色とりどりなサーフボードは長さや形、デザインも人それぞれ。サーファー経験が長くなってくるとサーフボードを何本も持つようになるそうです。
今回お話を伺ったのは茅ヶ崎で若手サーファーとして活躍する野村 颯さん。野村さんのコレクションの中からサーフボードをご紹介いただきました。これまで実際に使用していたので、一つひとつが思い出で溢れています。楽しい時も辛い時も野村さんの人生に寄り添ってきたサーフボード。ただの乗る道具ではない、相棒としてのコレクションをご覧ください。
サーフボード「LIGHTNING BOLT- orca-」はMuuseo Factoryのオンラインショップで販売しています。
サーフィンは正解がないから難しくて楽しい
海まで歩いて数分の場所で生まれ育った野村さんは、物心ついたときにはサーフボードの上にいたという。彼のようなサーファーは、遊び場が海やビーチだったからというだけで、サーフィンを始める明確な理由や動機はない。
「父の話では、僕は2歳くらいから海にいたようです。誰かしらが子どもの面倒を見てくれますから、多分、父がサーフィンをしている間、ビーチに放っておかれたんでしょうね(笑)。気がついたら僕もサーフィンをしていて、気がついたら波乗りが楽しくて仕方なくなっていたんです」
「同じ波は二度と来ない」とは、サーファーの間でよく言われる言葉。そのため彼らは波との一期一会を大切にし、数秒から数十秒の刹那的なライディングを楽しむ。大事なのは波を見る力。それは経験の少ない人にとってはトライ&エラーを繰り返す体力、経験値が上がってくると自分のスタイルと波との相性を見極める力なのだろう。
野村さんが使用するサーフボードの一部。長さや厚さが違うそれぞれのボードに思い出が詰まっている。
今や簡単に波をつかまえてテイクオフ(立ち上がること)する野村さんも、未だに波を見極めるのが最も難しいと感じている。
「正解がないのが、サーフィンの難しさでもあり面白さでもあります。波も1つひとつちがいますしスタイルも人それぞれ。ホームポイントでもサンドバーの形やうねりの届き方、潮の干満、風の向きなどで刻々と波は変化し、ブレイクポイント(波が割れる場所)やフェイス(波の斜面の部分)の形状が違ってきます。ビジターとして訪れたポイントではなおさらですね。
自分を表現できるのはどんな波なのかは人によって違っていいはずなので、そこが難しいし楽しいんです。僕は難しいことには挑戦するタイプなので、生まれて初めて自分の力でテイクオフできるまで諦めなかったですし、諦めなかったからどんどんサーフィンが楽しくなっていったんだと思います。今ではワクワクしながら大きな波やチューブ波に挑戦しています」
ボード1枚1枚に忘れられない思い出が刻まれている
サーフィンで必要な「道具」といえば、サーフボードのみ。危険防止のためのリーシュコード(足首とボードをつなぐゴムのひも)や、ウエットスーツなども必要といえば必要だが、原則的にはボード1枚で事足りる。そのボードは、ブランクスと呼ばれる発泡フォームをプレーナーという道具で削って形作ることから始まる。この作業を行う職人がシェイパーだ。
シェイパーはオーダー表から、あるいはサーファーから直接イメージを聞き、長さ、幅、厚みなどを調整してブランクスを削るのである。多くのサーファーは自分のスタイルや波のコンディション、サーフポイントの特徴によって、何枚ものボードを使い分けている。そしてそれぞれのボードには、忘れられない思い出が刻まれている。
初めて手にした自分専用のフルオーダーボード
小学3年生で手に入れた初めてのフルオーダーボード。
「寝相が悪いんで、一緒には寝ませんでした(笑)」
野村さんが最初に使っていたのはキッズ用の中古ボード。サーフショップで販売していることもあれば、茅ヶ崎などサーフィンの盛んな場所では知り合いが譲ってくれることもある。野村さんのような湘南キッズは、いつか自分専用のフルオーダーのボードを手にすることを夢見て、波乗りに励むのである。
「僕が初めて自分専用のボードを作ってもらったのは、9歳のときです。父が『ディック・ブルーワー・サーフボード』の和田浩一さんに頼んで、シェイパーのオガマさん(小川昌男さん)に削ってもらったんです。オガマさんのシェイプルームに入れてもらって、僕も粉だらけになって目の前でシェイプしてもらいました。ラミネートがすんで出来あがったボードを手にした時は、もう嬉しいのひと言でした。子供のころは毎年1枚のペース、中学、高校と進むにつれていろいろなタイプのボードを作ってもらいました」
左・和田 浩一さん(元ディック・ブルーワー・サーフボード代表)、右・小川 昌男さん(OGM shape)。
お二人とは野村さんが小さいころからの付き合い。
彼ら2人にとって、野村さんはサーファーとしての後輩であり孫のようなもの
初めて自分で削った1号機
オガマさんにいろいろ聞きながら、初めて自分で削ったボード。出来映えではない達成感があった
シェイパーの仕事の様子を見ると、いとも簡単にそのシルエットを削り出していく。もちろんゲージを当てて確認はするが、最終段階まではほぼ肌感覚。削っては厚みや角度、そり具合などを手で触って確認することを繰り返す。まさに職人技である。
「オガマさんがシェイプする様子を見て、とても知的で格好いいと感じていました。何度もその様子を見ているうちに、将来はシェイパーになりたいと思うようになったんです。初めて自分でボードを削ったのは高校1年の時。削ってるときはいい感じだと思ってたのですが、出来上がってみるとレール(両サイド)は角が立ってるし、ロッカー(反り)も少なくてほぼフラット。スプレーも失敗してそのままにしてあります。乗ってみてもあまり調子は良くなかったですね。でもシェイパーとしての最初の作品なので、妙な愛着はあります」
ボトムに描かれているのは漫画『ドラゴンボール』のフリーザ。悪者がヒーローなのは高校生サーファーらしい?
通常、ボトムにはそのボードのスペックとモデル名を書き込む。初めて削ったボードのモデル名は、ズバリ「1号機」
聖地ハワイの思い出を共にした相棒
サーファーなら一度は行ってみたいのが聖地ハワイ。
ハワイでは一年中波が立ち、とくに冬には日本の西海域で発生し、北上するにつれて猛烈に発達する低気圧からのうねりがオアフ島のノースショアに届く。ビッグウェーブが立つワイメアやサンセット、チューブで有名なパイプライン、バックドアなどに世界中から有名サーファーが集まりセッションを繰り広げる様子は圧巻だ。
「小学6年の時に初めてハワイに行くことになって、その時にオガマさんにセミガンを削ってもらいました。モデル名はSPEEDLEAF(スピードリーフ)。リーフに立つ大きな波で、速いテイクオフと速いマニューバ(テクニックのこと)をという意味がこもってるんだと思います。
でも、ノースショアのロッキーというポイントに入ったときにドルフィン(波やうねりをやり過ごすテクニック)をしたら、海底のリーフにノーズをぶち当てて傷を作ってしまうというシャレのような思い出があります。あと、初めて海外に行って、本当にみんなが英語をしゃべっているのに驚きましたね(笑)」
デッキにはハワイアンサーファーのシェーン・ドリアンのサインが。野村さんも憧れる世界的ビッグ・ウェーバーだ
セミガンとは
大波用のノーズとテールが尖ったデザインのボードをガンと呼ぶ。
野村さんのこのボードは、子供用なのでデザインの特徴を持ちながらやや短めのセミガン
悔しい思い出が残るSUPボード
「初めてSUPのボードを作ってもらったのは、小学4年の時でした。もちろんオガマさんにシェイプしてもらいました。このボードでSUPのコンペに出始めたのですが、そのころは出る試合、出る試合、1ラウンドか2ラウンドで負け続けていました。悔しい思い出ですが、それがあったからこそSUPもサーフィンも続けられましたし、続けたからこそSUP世界選手権にも出られたんだと思います」
「サーフィンに正解はない」と野村さんが言うように、サーフスタイルは人ぞれぞれ。大会で優勝を目指すのもいいし大きな波を求めるのもいい。たとえテクニック的に優れていなくても、波のある日に海に行けば必ずそこにいるという存在でもサーファーとしてリスペクトされるもの。サーフィンはスポーツでもあるが、それ以前に文化だという意識がサーファーにはある。だからポイント毎にローカルが存在し、彼らによってビーチや子どもたちが守られ、育てられているのだ。サーフィンに出かける際は、ローカリズムの意味を理解した上で楽しみたい。
世界選手権で使用したSUPボード
低気圧や台風からのうねりが入れば極上の波が立つ湘南だが、普段はサーフィンに適さない波の日が少なくない。小学生のころから波のない日はSUPで遊んでいたという野村さんは、SUPの腕前も上達。数々の国内大会で優勝するなどの実力を買われ、2019年に中米エルサルバドルで開催された世界サーフィン連盟主催の世界選手権に日本代表として出場した。
日本代表として共に戦ったSUPボード。ボトムの先端部には日の丸のステッカーが今も残る
「SUPのボードは大きくて安定しているイメージですが、コンペ用のこのボードは立ってるだけだとモモくらいまで沈んでしまうので、ゆっくりできないんです。パドルで漕ぐと浮いてきますが、テイクオフもショートボードと同じくらいで結構大変。実は僕は試合で緊張しがちなんです。世界選手権の時も日の丸を背負ってという感覚はありませんでしたがやっぱり緊張してしまい、自分はコンペではなくて、フリーサーフィン向きなんだなって気がつきました」
調子の良いフィッシュボード
オガマさんには「短めのフィッシュでハイパフォーマンスなボード」とオーダー。その通りのボードが出来上がってきた
「2019年に作ってもらったフィッシュのボードです。フィッシュというといわゆるファンボードみたいに幅や厚みがあるものが多いのですが、このボードは薄くて小さいんです。だからテイクオフはそれほど速くなくても、乗ってからが凄く速くて。ターンしたらシュッって加速する感覚が凄く気持ち良いボードです。エルサルバドルのSUP世界選手権の後に作ってもらったので、自分で考えたモデル名がPACHANGA(パチャンガ)。スペイン語ですが、日本語に直すとパーティ。これに乗ってると楽しくて、本当にパーティ気分になります」
「パーティ」を意味する「PACHANGA」。野村さんのこだわりのサインだ。
同じ波は二度と来ないしライディングのスタイルも人それぞれ。波で自分を表現する意味で、サーフィンは実に自由でありクリエイティブだ。それはボードデザインも同じこと。世界中のシェイパーがこれまで、さまざまな形のサーフボードを生み出してきた。パッと見で分かりやすいのはテールの形状。四角っぽいスカッシュは水への食いつきが良く、最もポピュラー。丸みを帯びたラウンドは安定性とターンの切りかえに優れ、尖ったピンは大きな波やチューブで安定したライン取りが可能。その他、魚の尾びれの形をしたフィッシュなどのテール形状があり、波の質や大きさの違いでそれぞれが強みを発揮してくれる。
サーフボードの大きさについて
サーフボードを大きく分けると3タイプ。
短くて軽量、浮力が少ないのでテイクオフは難しいがパフォーマンス性能に優れるのがショートボード。
9フィート以上と長く、ゆったりとしたライディングが楽しめるのがロングボード。
ショートボードとロングボードの中間のサイズのファンボード。(別名、ミッドレングス)
ファンボードは厚みや幅があるのでショートボードより浮力があり、ロングボードより短いので操作性に優れる。初心者、女性、上級者と幅広く使える
サーフボード「LIGHTNING BOLT- orca-」はMuuseo Factoryのオンラインショップで販売しています。
波、ボードとの思い出は無限大
「年月はまだ浅いのですが、シェイパーとしてボードも削っています。自分も含めたサーファーが、そのボードに乗って良かった、とボードとの思い出を作ってもらえるようなボードをシェイプしていきたいですね」」
そう語る野村さんは、現在、シェイプに役立てたいとの思いから理系の大学で流体力学や材料力学の勉強をしている。数学や物理は得意な方ではないというが、そこは持ち前の「難しいから楽しい」の気持ちで挑んでいるようだ。
サーフボードを語る時、笑顔がこぼれる野村さん。
目指すのは「真面目なサーファー」
サーファーはアウトロー的なイメージを持たれがちだ。自由な世界、波次第な世界だけに、それに流されてしまうと海からも社会からもフェードアウトしてしまうかもしれない。きちんと仕事をして波乗りを続けることが、野村さんの目指すサーファー像だという。
とはいえ、弱冠19歳の若者。沖では幼なじみの地元サーファーたちと、学校の放課後のような時間を過ごす。緩いながら濃い関係の仲間たちとともに、これからも波とボードの数だけ無限大の思い出を作っていくことだろう。同様に、波との思い出、ボードとの思い出を多くのサーファーに紡いでいってほしいと願っているはずだ。
野村さんも数多く所有する「Lightning Bolt」のMuuseoFactory限定モデル「orca」は現在MuuseoFactoryで販売中です!
是非ご覧ください
ーおわりー
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