デスクに置かれたハサミやホッチキス、普段は気にもとめないただの道具だったとしても、実は何十年と前から受け継がれていた偉大なモノかもしれません。少し見方を変えるだけで奥深さを感じられる、そんな文房具があなたの手元にもきっとあるはずです。
「文房具って小さい頃は自分自身を自由に表現できた数少ないアイテムだったと思うんです。それが大人になるにつれ、時計やバッグなど興味を持つものが変わり段々と疎遠になっていく。大多数の人はそうなると思うのですが、私はいまも変わらず文房具にときめいています」と言うのは、エッセイストでありフリーアナウンサーの堤信子さん。
文房具好きは業界でも有名で、海外のアンティークから職人の技を感じられる逸品までさまざまな文房具を集めているそう。
当連載では、そんな堤さんが愛用・所有している貴重な文房具たちを、それぞれに繋がる文具愛ストーリーとともにご紹介していきます。
今回は「知る人ぞ知るエルメス文具の魅力」をテーマに、エルメスのこだわりが詰まった筆記具やプレゼントにも嬉しいグリーティングカード、今は販売されていない珍しい付箋ケースなどについてお聞きしました。
良いと思ったものを作る。エルメスの姿勢に尊敬の念を抱く
——堤信子さんの愛用文房具を紹介していく連載の第1回ということで、今回はエルメスの文房具についてお話を伺います。ルイ・ヴィトンやカルティエの文房具(とくに筆記具)は有名ですが、エルメスも多くの文房具を発売しているのですね。
エルメスってステーショナリーのイメージがあまりないかもしれませんが、実は定期的に出されています。見た目はシンプルですが、職人の方々が妥協せず作られているのが製品を通して伝わってくるんです。「売れるものを出す」といった商業主義的な発想で文房具を作っていない、そういうところが大好きですね。
レザーの付箋ケースと、キャップレスの万年筆「ノーチラス」。
一つ一つ柄の出方が異なるシルクノート「カヴァルカドゥール」。
名刺などを収納するブック型のカードケース。
——今日はエルメスの文房具をたくさんお持ちいただきましたが、特に気に入っているものは何ですか?
20年以上前に購入した付箋ケースや名刺入れ、手帳は長く愛用しています。リフィルは他社との互換性がなくて、エルメス専用でないと使えないものが多いのですが、中身まで作ってしまうところがエルメスらしいと思います。長年使っているものは廃盤となることもあり、付箋はもう作られていません。ただ、これに関してはスリーエムの付箋(38×50サイズ)がピタッと合うのに気づいて、いまはそれを代用しています。昔は付箋ケースに紐をつけて首からぶら下げて使っていました。
さりげなくエンボス加工で入れられた封筒のブランドネーム。封をすると隠れてしまう洒落たデザイン。
写真・右は表紙にワンポイント入ったシンプルな便箋で、用紙は目に優しいクリーム色の無地(中身はトップ画像を参照)。左は封筒になる便箋「レターセット」で、裏面は無地。
——こんなに小さな付箋ケースを革で作るなんて遊び心がありますよね。エルメスのレターセットは初めて見ました。控えめながら高級感が漂っていますね。
そうなんです。控えめですよね。封筒にはさりげなくロゴが入っているのですが、便箋の用紙はまっさらな無地。飾り気のないデザインに物足りないと思う方もいるかもしれませんが、使い手のことをよく考えられているのだなと思います。誕生日には友人がよくグリーティングカードを贈ってくれるので、レターセットでお返事を出しています。
シルクのスカーフが貼られたグリーティングカード。
楽譜柄の木製グリーティングカード。
プレゼントでもらったエルメスのカードはスカーフの生地が貼ってあったり、木で作られていたりしていて素敵でしょ。一枚一枚、専用の箱を用意されているところもエルメスのこだわりを感じます。
——堤さんはもともと「紙」に目がないそうですが、いつ頃からお好きなんですか?
実は小学生の頃から紙が大好きで、街の文房具店に行くと、花柄やイチゴ柄などのファンシーな絵柄の紙があって、ワクワクしながら探していました。中でも好きだったのが千代紙。気に入った千代紙を見つけては、教科書やノートのカバーを作っていましたね。
最初に紙好きに目覚めたのは、スーパーマーケットの包装紙でした。アメリカではいまもお肉や生魚を紙で包んでいますよね。日本でも昭和40年代まではお買い物をすると、店員さんが丁寧に包装紙で包んでくれていたんです。この包むときの紙の音もとても好きでした。
表裏で異なる柄を楽しめる折り紙。
——たしかに当時は包装紙や紙袋が一般的でしたよね。お中元やお歳暮の包み紙で気に入ったものがあれば、大切に保管していたのを思い出します。
幼少期の紙好きがさらに増して現在まで続ています。だからか、こだわりの詰まったエルメスの紙製品についても手に入れずにはいられないんです。エルメスは日本文化を深く理解されていて、千代紙や折り紙といった日本的なものも手掛けられていますよね。日本人として誇らしいです。そういったところも集めたくなる理由の一つだと思います。この折り紙はもったいなくてなかなか折れませんけどね(笑)。
エルメス初の万年筆の誕生秘話は語らずにはいられない
万年筆「ノーチラス」と革のペンケース、インクカートリッジケースと専用の箱、万年筆用インクカートリッジ6点入りと最小の箱、便箋、封筒。全て堤さんの私物のエルメス文房具。
——エルメスの筆記具についてはどうですか?
そのご質問、お待ちしておりました!こちらは2014年に発売されたエルメスの万年筆です。どうぞ書いてみてくださいね。マーク・ニューソン氏が手掛けた「ノーチラス*」という製品名で、製造は日本のパイロット社でペン先を密閉収納できる万年筆です。エルメスのジャン=ルイ・デュマ氏とマーク・ニューソン氏が愛用していた万年筆がパイロット社の「キャップレス」万年筆だったことから、エルメス初の万年筆の誕生につながったそうです。
*ノーチラス:ジャン=ルイ・デュマ氏、プロダクトデザイナーのマーク・ニューソン氏、パイロット社が4年の歳月を費やして完成させたのが繰り出し式の万年筆「ノーチラス」である。名前はフランスの小説家ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』に登場する潜水艦ノーチラス号に由来する。生前デュマ氏は「エルメスがペンをつくるとしたら、格納式のペンになるだろう」と語っていた。「ノーチラス」の機構のベースになったのは、パイロット社が1963年に発売したキャップのない万年筆「キャップレス」。携帯時にペン先を密閉収納し、インクの漏れ、ペン先の乾燥を防止した画期的なモデルだった。初代モデルは回転式、翌年にはノック式が登場。現在まで続くロングセラーである。
——こちらもシンプルなデザインですが、エルメスらしい細部の作り込みがありそうですね。
同軸を回転させてペン先を出す繰り出し式で、パイロット社が持っていた機構をベースにされています。素材には無垢のアルミニウムとステンレスを使ったシンプルなデザインが特徴。万年筆そのものも魅力ですが、職人が作った専用のペンケースも素晴らしい出来栄えです。万年筆と寸分の狂いもなくフィットし、しまうたびに空気がスッと抜ける心地いい感触が味わえます。革に特化するエルメスらしいクオリティの高さを感じますね。
インクカートリッジは「ノーチラス」専用のもの。マッチ箱みたいな小さな専用の箱に5本入っていて、エルメスの中では最小の箱だそうですよ。「ノーチラス」発売の数年後に出たのがインクカートリッジを納める専用の革ケースです。ペンケースと同じカラーですし、文房具好きの私が揃えないわけにはいかないと思い、パリ本店で購入しました。
——ここまでお聞きしていると、万年筆にも思い入れがありそうですね。
そうですね。文房具全般に言えますが、万年筆が好きなのは、父の影響が大きいかもしれません。子どもの頃によく書斎に忍び込んで、父が使っていた文房具を触っていましたね。
引き出しの中には万年筆が入っているのですが、大人の筆記具として「信子にはまだ早いよ」となかなか使わせてもらえませんでした。素敵だな、早く大人になって使いたいなと、ひときわ憧れていた万年筆は、いまでも特別な文房具ですね。
——お父様の書斎には、きっと素敵な万年筆があったのでしょうね。次回はその辺りを詳しくお聞きしたいと思います。ありがとうございました。
ーおわりー
文房具を一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
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