京都で数百年培われてきた木具師の技を、手で味わう | 「くらふとばんしょう」名刺入れ

京都で数百年培われてきた木具師の技を、手で味わう | 「くらふとばんしょう」名刺入れ_image

文・写真/山縣基与志

この連載では、モノ雑誌の編集者として数多くの製品に触れてきた山縣基与志さんが「実際に使ってみて、本当に手元に置いておきたい」と感じた名品を取り上げます。

今回紹介するのは、前回の記事で取り上げた握り石ダーマと同様に手の中で転がせる逸品。木具師の橋村佳明さんが立ち上げた「くらふとばんしょう」の名刺入れです。

使われているのは二つの杉でできた部材だけ。たったその二つのパーツに、数百年前の粋人に愛された技が集約されています。

手触りへの探究心が、ますます高まっていく

握り石ダーマ」を紹介したところ、ジワジワと反響が広がり、『審査委員長 松本人志』というテレビ番組の中の「一生触っていられるもの」というテーマで取り上げられ、何とグランプリを獲得した。松本人志やザキヤマなどの芸人やタレントが実際に「握り石ダーマ」を触り、気持ち良い、心が落ち着くなどと評価された。

私自身も目の前で彼らの反応をつぶさに観察し、手触りや手の感触への探究心がさらに高まるとともに、手触りを追求することへの確信を持つことができた。番組の放映中からミューゼオの「握り石ダーマ」のサイトへのアクセスが爆発的に増え、注文も殺到。プロデューサーでもあり、一番のユーザーでもある私としては嬉しい限り。今回も長年愛用している、これまた手触り抜群の「杉の名刺入れ」の逸品を紹介しよう!

桓武天皇に随行して京都に移った橋村家

鮮やかな赤の箱を開けると、杉の得も言われぬ心地よい香りが鼻を抜ける。木目がとにかく美しい。まるで木で作った精密機械のようだ!

鮮やかな赤の箱を開けると、杉の得も言われぬ心地よい香りが鼻を抜ける。木目がとにかく美しい。まるで木で作った精密機械のようだ!

名刺入れといえば革製品が定番。カーフやコードバンなど革の種類は変われど、みな同じような素材と形の名刺入れを使っている。革も手触りに優れ、使い込むほどにエージングなどを楽しめるが、何か面白みがなく、手触りも何だかもの足らない。仕事の道具と割り切れば問題ないのだろうが、道楽と粋を信条としている酔狂者としては人と同じ革の名刺入れを手にすることは許し難い。

10年ほど前、京都の取材で木具師の橋村萬象さん、佳明さんのご兄弟と知り合った。木具師とはもともと天皇家が行事や、催事、政(まつりごと)などでお使いになる木製品全般を作って納めていたという職人。橋村家は元々、伊勢神宮の近くで神宮で使用される神具の三宝や檜扇などを作っていたが、後に平城京に呼ばれ、宮中道具工人となり、平安遷都の折に桓武天皇に随行して奈良より京都に移ったという由緒ある家柄。

京都では100年では老舗とは呼ばれないが、京都の老舗と言われている創業数百年の大店なども橋村家に比べれば新参者といえる。橋村家は今では、茶道で使う水差や棗(なつめ)、菓子器などを作っており、茶人の垂涎の的となっている。その橋村家の当代はお兄さんの三代目橋村萬象さん。私が6年ほど前から愛用している名刺入れは萬象さんの弟の佳明さんが立ち上げた「くらふとばんしょう」というブランドの製品だ!

材料を寝かせに寝かせて、人間が使う環境に近づけていく

橋村家が長年培った技術の粋を究めた茶人垂涎の水差しの技術が、この名刺入れにぐっと凝縮されている。

橋村家が長年培った技術の粋を究めた茶人垂涎の水差しの技術が、この名刺入れにぐっと凝縮されている。

制作にはまず材料選びから始まる。一流の材木店から選りすぐりの最上級の檜や杉などを仕入れている。ただし、橋村家当代がいま仕入れている材料は自分たちが使うものではなく、二代先の代の職人達が使うためのもの。つまり孫の代で使われる材料を当代がいま仕入れている。

材料を仕入れるとまずは屋外の雨ざらしの中で寝かせて置き、数年後に立てて置き、次には屋内に入れ、今度は製材をして、さらに寝かせてと、だんだんと時間をじっくりとかけて乾燥させる。現在通常の木材の製材工程では、熱風で数時間から数日で強制乾燥させてしまう。

橋村家では数年どころか数十年かけて人間が使う環境に少しずつ近づけていく。もの作りに対する時間のかけ方が半端ではない、徹底している。「くらふとばんしょう」の名刺入れももちろん、こうしてじっくりと寝かせた材料を使って作られている。だから長年使っても狂いがなく、しかも使えば使うほど味わい深くなるのである。

シンプルながら、橋村家の長年の技が集約されている

手に持つと、驚くほど軽いのだが、その存在感は計り知れない。手に心地よい木の感触と香りが場の空気を優しくする。

手に持つと、驚くほど軽いのだが、その存在感は計り知れない。手に心地よい木の感触と香りが場の空気を優しくする。

材料は吟味に吟味を重ねた杉の柾目が使われていて、何とも言われぬ木目の美しさがまず目を惹く。手に持つと丁寧に薄く削がれた杉は驚くほど軽いが、杉の存在感と心地よい感触が手にしっかりと伝わってくる。数百年培われてきた橋村家の技術の粋と伝統を受け継ぐ思いが集約されているのだろう。

パーツは二つの部材から出来ている。橋村家のお家芸である曲物の技を駆使し、柔らかく絶妙の角の曲面の味わいを醸し出している。引き出しのようになっている名刺を入れる部分と外側の嵌合部の精度にも驚愕する。プラスティックや金属なら簡単なのだろうが、木をこれほどの精度で作り込めることができるのかと!名刺を出し入れする度に、ぴったりと正確に噛み合わされる様に思わず見入ってしまう。

6年経ったいまでも、この感動は薄れず、しかもエアコンの乾燥や梅雨の湿気がある時期でも狂いが出ない。じっくりと寝かせた材料と橋村佳明さんの技術の為せる技だろう。もちろん全てが手作りだけに、長年の使用で不具合が生じても、修理がいつまでも可能。佳明さんが面倒を見てくれるという絶対の安心感があり、これも間違いなく一生物である。

杉の板を極限まで薄く削いで、橋村家のお家芸である曲物の技術を駆使して、精密な2つのパーツが出来上がる。

杉の板を極限まで薄く削いで、橋村家のお家芸である曲物の技術を駆使して、精密な2つのパーツが出来上がる。

手触りに加えて、名刺に匂いも加えてみた

杉のほのかな香りに加えて、香十の名私香の伽羅の香りが名刺に移って、独特の甘い香りを創り上げる。

杉のほのかな香りに加えて、香十の名私香の伽羅の香りが名刺に移って、独特の甘い香りを創り上げる。

「くらふとばんしょう」の橋村佳明さんの名刺入れに私が入れている名刺は活字を組んで並べて刷る、活版印刷の特別誂え品だ。通常の印刷だと表面を触っても平らなのだが、活版印刷だと表面をなぞると活字を押しつけた凸凹がわずかにわかる。あえて厚めの重い紙を使い、活字の圧を高めてもらったので、凹凸がさらに強調されている。

 手触りだけではない、6年ほど前、最初に「くらふとばんしょう」の赤いパッケージを開けた瞬間、杉の得も言われぬ香りがあたりに一瞬にして広がり、心地よさと悟りの境地の様な落ち着いた気持ちを味わうことができた。

そこでさらにこの名刺入れには創業天正年間、京都の御香所 香十の「名私香」を入れて、名刺に香りを移している。「名私香」は白檀(びゃくだん)、源氏の香りなど7種類の香りが用意されているが、私の好みは伽羅(きゃら)。熱帯アジア原産ジンチョウゲ科ジンコウ属の常緑高木で代表的な香木の一つ。名刺に移った伽羅の香りが名刺を相手にお渡しする時にほのかに漂う。自己満足かもしれないが、名刺の香りによって相手にも心地よい気持ちになってもらいたい。

 「くらふとばんしょう」の橋村佳明さんによる名刺入れ。香十の「名私香」。ともに京都の伝統の技をいまの生活に活かした製品だ。伝統は現在の生活の中に活かされてこそ伝統だと思う。単なるお飾りであってはならない。数百年前の粋人に愛された技を、いま味わう。この心地よさ、感触を一生味わいたいし、次世代に伝えたい。まず「くらふとばんしょう」の名刺入れと香十の「名私香」を日常使ってみる。伝統や日本の良さが日に日に分かってくるだろう。日日是好日を実感できる!


ーおわりー

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公開日:2021年3月25日

更新日:2022年1月28日

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山縣 基与志

人、モノ、旅をこよなく愛し、文筆業、民俗学者、プランナーとして活動中。日本全国の伝統芸能と伝統工芸を再構築するさまざまな仕掛けを展開している。

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