当記事の取材・撮影は、2020年2月に行いました。
英国の「硬さ」と日本の「柔らかさ」をブレンドした理想のスーツ作り
「BESPOKEMAN」は、ビスポーク(Bespoke=フルオーダー)とメイドトゥメジャー(Made-to-Measure=パターンオーダー)の2本柱で展開している。ビスポークは採寸後に型紙から縫製、仮縫い、仕上げまで金子さん一人でこなすオーダーメイド。一方のメイドトゥメジャーは、採寸と補正は金子さんが行う縫製工場製だ。
まずビスポークは金子さん自らが全工程を行う、いわゆる丸縫いだ。カッティングは英国のスーツそのまま。芯地作りはすべて手作業で行い、お客さんに合ったものを据えている。芯地に関しては英国で使っていた厚い芯地ではなくて、日本人の体型に合った少し柔らかめの作りに変更している。
ビスポークの場合、1着のスーツにかかる時間は、パンツに3日間。上着だと1週間ほどかかるという。
「ハリがあって構築的で硬く見えるのですが、中を触ってみると薄くて柔らかいんです。これは芯地の作り方によるものですね」パリッとした見た目と軽やかな着心地、相反する二つの要素を兼ね備えている。また生地は、ハリソンズ・オブ・エジンバラのSEA SHELL。「リネンスーツですがポリエステル混紡なので、リネンの風合いにシワを抑えた効果があります」
見た目の特長としては、イングリッシュカットと呼ばれるフロントのラペルやフロントの第2ボタンから緩やかにカーブを描く裾のライン、それに前幅を多めにとって背部を押し出すようにフィットさせるSバックなど、英国らしいスーツに仕上げている。
また、トラウザーズも金子さん自ら作る。「トラウザーズには、アウトタックとインタックがあります。イングリッシュは基本インタックですが、初めてのお客様にはアウトタックでお作りしています。一般的に日本ではアウトタックの馴染みがあるので。その後、2着目を作る際には、『インタックにしてみるのはいかがですか?』とおすすめしています。いきなり全てを英国仕様に変えてしまうより、少しずつ今まで着ていた服の仕様を薄めていく感じで」
テーラーの考えを押しつけ過ぎず、お客さんの価値観や世界観を汲み取りながら提案していくのだ。
アウトタックとインタックの違いについてはこちらをチェック
メイドトゥメジャーにもビスポークの技術を取り入れる
金子さんのこだわりはビスポークだけでなく、メイドトゥメジャーにも現れている。まず、ゲージと呼ばれるサンプルジャケットは使わない。お客さんを採寸して、屈身、反身などの最低限の補正のみを記して縫製工場に出している。工場から製品として上がってきたものを一度分解(!)し、肩パッドをお客さんに合ったものにしたり、ハンド特有の柔らかさを加味したりしているのだ。2度目の来店の際に羽織ってもらい、ピン打ちして補正するという方法だ。もし肩甲骨が当たるような場合は、仕上げプレスのコテを利用してクセ取りをする。多い人で4度来店して補正することもあるという。
凄いのはこれだけではない。お直しができるように、縫い代を全体で4センチほど多めにとっていることだ。通常、メイドトゥメジャーではここまでやらないことが多い(というか聞いたことがない)が、体型の変化に合わせて直せるようあらかじめ計算して縫い代分を多めに確保している。お直し用に余った縫い代は、邪魔にならないよう丁寧に手作業で裏地の中にしまっている。このあたりはビスポークのテーラリングを生かしている。縫製工場のCADでは限界があるらしく、一度分解し再度縫い直すことで、より理想とするスーツに近づける。こうして、見た目の仕上がりも着心地も変わってくるのだ。
「お客様の体型が変わってもサイズさえ調整できれば長く着ることができます。これがうちのメイドトゥメジャーの強みです」
副資材は国産のものを使用。厚く硬い英国の服地を選ばれるお客さんが多いこともあり、それにあった最適な芯地を選んでいる。
「メイドトゥメジャーを注文されるお客様は、英国らしいカッチリした見た目とソフトな着心地を求められる方が多いのです。Meyer&Mortimer(マイヤー&モーティマー:英国で修行したテーラー)で使っている芯地は厚めで、服の外側だけでなく内側にもハリがありました。イングリッシュドレープを出すならば、厚い芯地の方が相性がいいのは間違いありません。ですが、柔らかくて軽い着心地の服を仕立てるには、薄い芯地の方が適しています。そのためメイドトゥメジャーでは薄くてハリのある芯地を採用し、テーラーリングの技術を駆使して英国らしい構築的な見た目とソフトな着心地を両立させています」
つまり金子さんが作り上げるメイドトゥメジャーは、英国らしいカッチリした見た目と日本人に好まれる柔らかく軽やかな着心地がブレンドされているのだ。
「商売とお客様の間には、必ず自分の心根を置く」信念を突き通す
縫製工場で使う基本的な型紙は、金子さん自ら引いた型紙を使用。普通サイズと太めのサイズの2型がある。メイドトゥメジャーの平均は15〜16万円。20万円超えるときはビスポークをすすめているそうだ。基本的にオプション価格はとらないが、例えば水牛ボタンやチェック柄の生地、ダブル仕様などの要望がある際は別途料金をもらっている。
一つ疑問に思い、聞いてみた。ここまでやって安くないですか?と。
「自分がこれまでやってきた技術を安売りしているわけではありません。商売ももちろん大事ですが、『商売とお客様の間には必ず自分の心根を置く』ということを貫こうと思っています。だから、安いと言われても、僕はなんとも思わないんですよね(笑)」
服作りにもお客さんにも真摯に向き合う職人気質なのだ。
10代で天職といえる仕事に出会う「作業全てが自分にしっくり合っている」
金子さんは福島県出身の41歳。高校を卒業した頃はちょうど就職氷河期で、なかなか就職できずにアルバイトをしながら生活を送っていたそうだ。そんなある日、友人からの勧めで紹介されたのが地元の縫製工場だった。これが19歳の時で、現在の仕事につながっている。「最初から洋服に興味があったわけではないんですよ」テーラーの道を進むきっかけはこんな些細な誘いだったそう。
縫製工場の仕事は、都内の百貨店から依頼のある紳士服と婦人服の縫製だった。ミシンを使って縫うことが楽しくてしかたなかった。まさに“天職”といえるほど向いていた。縫製工場は分業制で決まった工程のみを任せられるのだが、金子さんは服への興味が抑えられず、スーツ作りのすべての工程、さらに型紙まで教えてもらった。独学もしながら就労時間外にジャケットを数着作るなど、テーラーとしての基礎を着実に習得していった。
20代半ばに見たファッション雑誌で、ロンドンのサヴィル・ロウのことを知る。ご存知のように英国王室御用達(ロイヤルワラント)のテーラーが集まるビスポークスーツの聖地といってもいいところだ。その後、視察を兼ねて旅行し、サヴィル・ロウのテーラーを見学。そこで、再び渡英して本格的に仕立ての勉強をすることを決意した。
「ただ渡英してもテーラーですぐに修業はできないと思いました。まずは紳士服の仕立てを教えてくれるロンドン・カレッジ・オブ・ファッションに通うことにしました。そこでは採寸、型紙、縫製、仕上げまでの一連の流れまで習得できます。もちろん英語での授業ですから、渡英前に語学力を身につけて行きました。渡航費や滞在費、学費など、必要なお金を貯めるのに約5年間かかりましたね。ようやく2008年、30歳の時に渡英することができました」
夢を抱いてロンドンへ。そこで学んだ日本のテーラリングとの違い
ロンドンの学校に通いながら、修行させてくれるテーラーを探し歩いた。一学期が終わる頃にサックビルストリートにある「Meyer&Mortimer」というテーラーから声がかかり、週に1回縫製を教えてもらうことになった。サヴィル・ロウ協会に加入している英国王室御用達の老舗テーラーだ。
当初は週1回習うだけだったが、思い切って「カッターの仕事をやりたい」と申し出たところ、ヘッドカッターのポール・マンディー氏のアシスタントに採用された。
「週1回では足りないんですよ。もっと服を触っていたくて、他の日にこっそり行って作業していたら、怒られたこともありましたね(笑)。そこで僕はカッターもできるのでやらせてくださいと言ったら、ヘッドカッターが直々に『アシスタントになれ』と言ってくれました。やる気を買ってもらったんだと思います」
平日(月〜金曜日)は朝から夕方までカッターとして働き、夜は鮨屋でアルバイト。土曜日は店舗はお休みだったが、地下のアトリエでテーラーたちが縫製をしていたので、それを見ながら技術を学んだ。
見習い期間が終わり、実際に自分で型紙をひいたり裁断したりしたものがお客様の手に渡った時は、少しだけお金を貰えるようになった。それでも食べられるほどは稼げないので、足りない分は貯蓄を崩し生活費に充てた。
「師匠のポール・マンディーには、カッターの仕事をたくさん教えてもらいました。フィッティングルームには入れますが、彼についているお客さんなので採寸はやらせてもらえません。メインの仕事は、採寸した伝票を見ながら型紙を引いていく作業です。フィッティング時にお客さんの写真を撮ってくれるので、採寸データと写真を見ながら、体の特徴をイメージし、型紙を引いていく。型紙も日本で習ったバストを基準にした比例寸法の胸寸式とは違っていましたね。そんな実践的な仕事を3年間続けました」
日本と英国で特に違いを感じたのは製図(つまり型紙の作り方)だったそう。実際にどんなところが違うのかを聞いてみた。
「日本ではバストの何%かを型紙におとすという作り方が主流ですが、現地の作り方はお客様の実寸をそのまま型紙におとしていきます。それに自分のカンと経験から、どのくらいゆとりをつけていくかを考えるんですよね。アームホールなどは最初はかなり浅めに設定し、フィッティングに望みます。サビル・ロウの服をはじめて着るという方は少し窮屈に感じると思いますが、これを仮縫いで最適なフィット感に調整してきます。修正が多く手間はかかりますが、とてもきれいに仕上がりますよ。特に背中のラインがS字を描くようにすいつくシルエットを作ることができます」
BESPOKEMAN誕生。「師匠の言葉は、今でも心に刻まれている」
修業を終えて2011年年末に帰国。帰国後、都内のテーラーの販売員をしながら、ビスポーク専門の出張テーラー「BESPOKEMAN」を立ち上げた。基本的にはお客さんの家に行くというスタイルで、採寸と仮縫いの時のみ、蒲田でアトリエを構えている職人から場所を借りた。またお直し専門店にも勤めた。スーツの構造を直に見ることができるので、勉強になったそうだ。
「お直し専門店では、都内の有名店や既製品など様々な服を直すことができたので、自分の作る服と何が違うのか、自分だったらこうしてみようかなどを考えながら作業していました。BESPOKEMANのメイドトゥメジャーのアイデアは、そこから生まれているような気がします」
その後、2018年5月銀座に待望の店舗を構えることができた。
最後に金子さんは「師匠のポール・マンディーは、『カッターは見えるか見えないかの世界』だと言っていました。採寸した時にどういった癖があるかを確認できるか(=見えるか)、フィッティングのときに出てきたシワがなぜそうなったかを自分の中で解決できているか。経験を積むことで見える範囲が広がり、それを具現化することができれば精度の高いものができる。それがカッターにとっては大切なこと」と、英国で一番心に残っている思い出を語ってくれた。
金子さんおすすめの生地をご紹介
金子さんのおすすめ生地は、スミスウーレンズの「BOTANY(ボタニー)」の2つ。グレー生地はシャークスキンで、ストライプ柄は高品質のウーステッド。かすれたチョークストライプ柄が上品で、ピッチ幅のバランスも良い。
ーおわりー
BESPOKEMANの金子さんが一つひとつ縫うポケットチーフを販売中!
BESPOKEMANの金子さんが一つひとつ縫うポケットチーフをMUUSEO FACTORYにて販売しています。
この企画は金子さんが一緒に仕事をしていた職人の方が、落ちていたスーツの裏地のはぎれを処理しポケットチーフにしていたところに端を発します。
そのアイデアをもとに、ビスポークテーラーの手縫いの技術を楽しめるよう、改良を重ねました。
エッジがやや波打ちながら膨らんでいるように仕上げられたのは、ひとえに金子さんの技術によるものです。
クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
現在の変貌する紳士服の聖地「サヴィル・ロウ」を象徴する全11テーラーを紹介
男性の多様性を称えるファッションの写真集
BESPOKEMAN
ロンドン Savile Row「サヴィル・ロウ」にある英国王室御用達テーラー「Meyer &Mortimer」でビスポークカッターとして勤務していた金子勝氏が2013年に設立したブランド。
ロンドンから帰国したのち、SNSを通じた出張テーラーを開始。2018年5月からは銀座にアトリエを構えている。アトリエではアットホームな雰囲気の中、オーダーした手縫いスーツの制作過程を見ることができる。
ビスポークスーツのほか、スーツの要となる箇所をBESPOKEMANアトリエにて手縫いで製作したパターンオーダーも受け付けている。
終わりに
都内を中心に、多くのテーラーを取材してきたが、メイド・トゥ・メジャーでここまで親切に、丁寧に作ってくれるお店はなかったと思う。初めてスーツを作りたいという人にもおすすめしたいテーラーだ。