靴を染めるカスタムで「愛でる靴」に。 「カラリスト」という仕事

靴を染めるカスタムで「愛でる靴」に。 「カラリスト」という仕事_image

取材・文/東 麻吏
写真/井本貴明

革製品の色を染め替えし、自分だけの逸品に仕上げることができることを知っているだろうか。「カラリスト」という職人がそれをかなえてくれるのだが、日本には数えるほどしかいない。そんな日本のカラリスト第一人者に聞く、染め替えの魅力、そのこだわりとは?

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日本でも数えるほどしかいない革製品を染める職人

「カラリスト」は、革靴や革小物を染める職人のこと。その存在すら知らない人も多いだろう。それもそのはず、日本でも10数名程度しかいない。革靴を染め直したり、革小物を自分の好みの色にしたり。染めることで革の楽しみを広げたいと思う人が、カラリストに染めを依頼している。

そして、日本の中でもカラリストの第一人者といっていい立場で、日々、理想となる色、顧客が望む色、さまざまな色に対峙している藤澤宣彰さんにお話を伺った。現在、彼は自宅とワールドフットウェアギャラリー神宮前本店2Fのマエストロサロンにてアトリエを構え、さまざまな染めの依頼に対応している。

藤澤さんと挨拶した時、自然に手元に視線が落ちる。指先が染料に染められ、「コンビニとかでお釣りを受け取るときに躊躇するときもあります」と言う彼の手は、確かに「何かの作業中ですか?」と思わず聞きたくなってしまう状態。しかし、そこに職人としてのシンプルな「覚悟」が感じられて、思わず見とれてしまった。

染める時は素手で行うときが多いという藤澤さん。染料の感覚がよくわかるためだという。そんな繊細な「染め」の技術はどこで得てきたのだろうか。

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思うままの色に染められることに惹かれて

もともと、スーツや靴が好きで、たまたま勤め始めたのが、ワールドフットウェアギャラリー。そこが、カラリストとしてのキャリアのスタートとなった。

靴好きとともに、靴談義を楽しめる環境で、靴を販売。そんなときに、フランスのシューケア商品メーカー「コルドヌリ・アングレーズ」からスタッフが来日し、パティーヌ(染め)を教わる機会を得た。その際は染め技術の“さわり”しか教えてもらわなかったので、自分で染めを探究するように。

「いろんな色の靴があるのを知っていたんですが、それを自分が染められるとわかって、楽しそうだと思ったんです」

靴に対する興味から、思うままの色に変えられる快楽を知ってしまった以上、藤澤さんにはそれを追求することしか目に入らなかったようだ。

その後、自身で技術を磨き、靴用品の老舗メーカー、コロンブスに転職。さらに試行錯誤する日々。気が付くと、後進の指導もしつつ、シューケア商品のブランディングまで行うようになっていた。
そんな中、3年前に独立。縁あって、ワールドフットウェアギャラリーで、カラリストとしてアトリエをもつことになった。

職人としての責任感が育てた技術

しかし、ここまでの道のりはスムーズではない部分も、当然ある。

コロンブス在籍時代、伊勢丹で販売している靴を購入した人に向けて染め替えをやっていたが、最初はトラブル続き。

「思った色にならないとか、仕上げ方がまずかったりで、お客さんのところに行って、仕上げ直しをしたり…。いろいろやっているうちに、マニュアルではないですが、自分なりのやり方ができてきました」

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しかも、当時は常に20~30足の靴が後ろに待っているという状況ながら、援軍はいない。この道を諦めようと思ったこともあったのでは?

「後任は誰もいなかったし、こうやったらいいと教えてもらう人もいない。自分で突き進んでいることなので、くじくのが当たり前。でも、辞めようという気持ちは不思議とならなかったですね。それよりもお客さんに申し訳なかったです。満足いくように仕上げて直す、次からは失敗ないようにしよう、ということだけを考えていました。それでも、渡す時が一番不安。今でもやっぱり不安です」

職人としての責任感が技術を後押ししていく。まさに実践と経験の中で自分の技術を積み上げてきた。そんな藤澤さんの腕を信じて、今日も依頼の靴や革小物が届いている。

美しい陰影を帯びた靴に与えられる新たな魅力

革製品を染める作業工程を少し見せてもらった。青い作業着(実はスプリングコートだという)を着て、自身で調合した染料を使い、鮮やかな色に仕上げていく。

染料をつけてはこすり、重ねていき、またこする。しかも、かなりのスピードで何度も同じ動作を続ける。色に対する感度とともに、一連の反復作業を正確に続ける体力と忍耐力が必要だ。その手さばきに見入っているうちに、革の名刺入れはみるみる美しい青色に染まった。そして、濃淡ある染料を使い分け、陰影をつけていく。

この陰影(ムラ)が革染めの魅力のひとつ。藤澤さん自身も、その美しさに魅了され、染める職人の道に入っていった。

「100年以上経ったアンティークの靴は、革が日に焼けて色が変わったりだとか、独特の革の表情をしているんです。そういうところが美しいと思っていて。潜在意識の中で革を染めることで、そこに近づけるんじゃないかと思ったのかもしれないです」

だからこそ、納期が迫っていても、藤澤さんのなかでの理想の色にならないときは、何度もやり直しをするという。ときには徹夜も辞さないこともあるとか。

素早く正確な手さばきで染めていく。迷いがない動きに見とれてしまう

素早く正確な手さばきで染めていく。迷いがない動きに見とれてしまう

染料は自身で調合。藤澤さんしか出せない色が生み出される

染料は自身で調合。藤澤さんしか出せない色が生み出される

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あっという間に青く染められた革。右は最初の状態。吸い込まれるような美しさは陰影があるからこそ。革の染めで陰影を大切にする人が多いのも納得がいく。

「嗜好品」として愛でるための靴

靴は「実用品」ではなく「嗜好品」であると、藤澤さんは語る。

「外に出る時に履くもの」だけでなく、「愛でるもの」。そんな靴に対するこだわりをもち、それに共感し、理解している顧客に対して、できうる限りの答えを見せ続けている。そして、現在、染めだけでなく、自身のシューズブランド「floriwonne(フローリウォネ)」を手掛けている。

日本でも数少ない「カラリスト」の仕事。彼はそれを生業とするまで、日本でのカラリストの道を切り開きながら、自身のキャリアも積んできた。職人気質ながら、企画プロデューサー的な視点も併せもつ、不思議な魅力のある人柄だ。しかし、そんな気負いは見せず、シンプルに自分の理想をさらりと追いかけている姿に感銘を受けた。

「染め替えは、靴や革製品をカスタムすること。新品に戻るというわけではないけれど、新たな気分で靴に向き合える良さがあります。自分だけの一足を持てるという優越感や、自分が思っていた通りのものが手に入ったという満足感が醍醐味です」。

ーおわりー

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Floriwonne

Floriwonne / フローリウォネ はFlori(花)とWonne(喜び、至福)を合わせた造語。
ヒトの喜びの側に咲く花のように 人生に彩りを添える事が出来る様、想いを込めて制作している。

東京、大阪にお店を展開。オーダーの予約は floriwonne@gmail.comまで。

公開日:2015年6月3日

更新日:2022年6月27日

Contributor Profile

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東 麻吏

フリーエディター。コレクター気質はないと思っていたら、気づけば飲食店のマッチ集めや70年代の料理洋書を集めた経験はあり。好きなものは、写真、日本画、キモノ。20代まで文系一筋が、30代からランニング、バレエを始め、理想の体型は「ターミーネーター2」のサラ・コナー。

終わりに

東 麻吏_image

記事でもふれていますが、染料で染められた藤澤さんの手がとても素敵でした。見入ってしまいましたが、あまり見るとよくないと思いつつ、取材中はこっそりガン見。そして、ご自身で調合した染料を革に刷り込む姿を見て、「実用品ではなく、嗜好品としての靴」の表現に納得。私も一生モノの靴を見つけて、藤澤さんに染めてもらおうとひそかに決意したのでした。

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