約束事が厳格になりがちな礼装。流行が無いとはいえ、服装のカジュアル化が進みつつあるいま「どのような装いで参列するか」を立ち止まって整理してみたい。今回は服飾ジャーナリストの飯野高広さんと「今日的な観点も踏まえた礼装」について考えます。
まずは「礼装をなぜ着用するのか」という素朴な疑問を飯野さんに解説いただきました。
今日的な観点を踏まえて礼装を整理する
ただでさえ装いのカジュアル化が一層進む昨今、「礼装」は以前にも増して着用する機会が減っているのは間違いない。
以前なら、「親から子へ」とか「会社の上司から部下へ」とかのように、何らかの形でその知識は正誤が微妙なものも含め自然と伝えられたものだ。
しかし、短期的な世渡りに専念せざるを得ないが故に、そのような「伝承」を重んじないある種の断絶感がはびこる今となっては、それすらもう期待できない訳で、結果として礼装はますます縁遠い存在になってゆくのかもしれない。
だからと言って、礼装のことをずっと知らないままでいると、いざ畏まった場で大恥をかくだけでなく、他の参加者に迷惑を掛けることにもなり得る。
本来ならこれは学生服(これを含め、制服は極めて正統かつ万能な礼装だ)を着られなくなったタイミングから、前述の伝承や実践を通じ徐々に吸収するマナーなのだろうが、だからこそ一定のタイミングで全体像を俯瞰することも必要ではないか?
こんな思いを抱きつつ今回は礼装、具体的には洋服での男性の礼装について、今日的な観点も踏まえた上で改めて整理し直してみたい。
礼服と礼装の違い
この記事では、礼服と礼装の以下のように書きわける。
礼服=冠婚葬祭の場だけで用いられるスーツ系=ジャケット・トラウザーズ・ウェストコートに限定して焦点を当てた表現。
礼装=礼服を含み、帽子やシャツ・タイ・などまでも含めたより広範囲な表現。
そもそも、礼装とは?
この辺りは拙著「紳士服を嗜む」でも細かく書いたのだが、今日ある程度以上の「礼装」が求められる場は、例えば結婚式、披露宴、入学式、卒業式、授賞式そして告別式などなど。これらはほぼ全て、
・人生の大きな節目となる場
・日頃は考えや立場の全く異なる可能性もある3名以上が、程度の差こそあれ祝意や弔意などの「同じ意思」を持って集まる場
・招待する側・される側の双方が、互いに敬意を示す必要のある場
である。つまり、日頃は存在する様々な垣根を超えた「非日常の集い」だ。したがって礼装とは、互いに似た服を着るのを通じ、その場に限ってではあるが混じって団結することに賛同すると言うメッセージそのものなのだ。
そして、どうして今日の、特に男性の礼装は黒などダークカラー系のモノが多いのかも、「慶事で華やかに着飾る女性を引き立たせるため」との発想も間違いではない。
ただ、その「メッセージ性」を色彩学的観点を踏まえて捉えた方が納得度は高まる。
日頃は「青い人」もいれば「赤い人」も「黄色い人」「緑の人」もいる中、彼らがある人の重大な節目に際し、共通の意志を持って一か所に集まってサポートする、と考えてみればわかりやすいだろう。
さまざまな色を一点で沢山混ぜた末に出来るのは、その種の暗い色。そう、一か所で同じ思いで混じり切った状態を、服の色で形容している訳だ。
礼装の考え方は、昼夜と言うよりは◯◯
また、紋付羽織袴のような和装の礼装はともかく(それぞれのしきたりこそ異なれど、各国の民族衣装も素晴らしい礼装だ)、西洋の礼装は「昼夜」で異なるとの説明をかなりの割合で受けがちだ。
大方、間違いではないし、「西洋ではかつては昼夜で服を着替える習慣があったから」と言うその理由も理解はできる。ではどうして、西洋では以前は昼夜で服を着替えていたのだろう?
その理由はとても簡単かつ自然。人間は本来「昼間にやらねばならないこと」=「仕事(太陽の力を借りねば成り立たない農作業が典型)や畏まった行事」と「夜間にやりたいこと」=「昼に働いた分、飲み食い歌い踊り種の保存に励む」が根本的に異なるからだ。
礼装を着用する「場」を大まかに昼夜別に分類してみても、それはすぐにわかる。
昼間に仕事に精を出した分、夜は遊びまくる…… 世の古今東西を問わず、全く自然な欲求ではないか!
ここまでわかると、礼装も「自然界の昼夜」の別で考えるよりむしろその性格、つまり「儀式か宴か」で別けて考えた方がはるかに簡単に理解できる。
後述するが、夜であってもモーニング姿が大正解の場も堂々と存在するからだ。更には儀式の礼装が比較的地味で、宴のそれが派手めで華やかなのも、ある意味必然。
複雑なのは「礼」だからこそ
とは言え、礼装を難しく感じる=縁遠くさせてしまうのは、「儀式か宴か」以外にも様々な観点から着分けが求められるからではないか。例えば……
慶弔の違い
いわずもがなではあるが、弔事での装いは極力地味なものが原則。
格式
いわゆる「正礼装」「準礼装」「略礼装」の違い。
これは「主催者が誰で、他に誰が参加するのか?」「その場がどのような社会的影響をもたらすのか?」の違いで、ある意味自然に生み出されてしまったものだ。
自分の立場
その場の主役は誰か? 招待する側かされる側か? などは、装いで是非とも意識したいところ。
典型例が結婚式関係。厳格なものであってもカジュアルなものであっても、主役である新婦以上に目立つ格好は、絶対にダメ!
今回紹介する礼装は6種類。「儀式か宴か」を縦軸に、「格式」を横軸に捉えると理解しやすい。
こうした観点が複雑に絡み合う中での着分けは、確かに面倒なのも事実。だから「ルール」的に仕方なく従う的な意識にもなり、それを窮屈に感じるがゆえの疎遠さなのだろう。
しかし礼装の根本は、何度も書くが「互いに似た服を着るのを通じ、その場に限ってではあるが混じって団結することに賛同する」と言うメッセージ。つまりその場に参加する人全員を思いやる「マナー」=文字通りの「礼」なのだ。
これを忘れることなく、次に具体的な礼装を見てみたい。
ーおわりー
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紳士服を嗜む 身体と心に合う一着を選ぶ
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