緑ゆたかな田園風景のひろがる中、世界文化遺産国宝姫路城から北北東へ約10kmにある日本玩具博物館。2016年12月、「ミシュラン・グリーンガイド」で二つ星に選ばれたこの博物館では。2・3・4号館では常設展、ほかに1号館と6号館では季節に合わせた企画展・特別展(下記)を開催しています。また、見るだけでなく、おもちゃに触って遊べるコーナーもあり、大人にも子供にも喜ばれています。1974年に設立。規模・内容からわが国を代表する玩具博物館として広く知られており、幼い日の想い出につながる懐かしい玩具や人形、また世界各地の子ども文化と出会えるおもしろユニーク博物館です。
今回は館長である井上さんにお話しを伺いました。
日本の誇るべき郷土玩具が評価されずに消えて行く事が残念で、私はそういう物を守って行くことが自分の使命ではないかと感じました
館長の井上さん。好きな物を集めるだけでなく、後世に文化財として残すことを使命としています
Muuseo(以下mso):日本玩具博物館の成り立ちを教えてください
日本玩具博物館(以下井上):昭和38年に、私が行きつけの本屋で「日本の郷土玩具」(未来社の出版)という朝日新聞の記者であった斉藤良輔さんが書いた本を見つけました。
その本の中身は、全国各地で子供たちのために作られてきた郷土玩具が、文化財として認められずに徐々に消えてしまっているという内容でした。
その本の巻末に日本全国の郷土玩具を作っている方の住所が書いてありました。その住所を参考に、日本全国の郷土玩具を作っている場所を回りました。実際に訪れると、その地元の人からも郷土玩具が忘れられていると感じ、誰かが将来の為に残すべきであるとの思いが募りました。
日本の誇るべき郷土玩具が評価されずに消えて行く事が残念で、私はそういう物を守って行くことが自分の使命ではないかと感じました。
本格的に、郷土玩具を集め始め、集まった玩具の数が5000点になった時に、郷土玩具が評価される為には展示公開する施設が必要ではないかと考えて、35歳の時に新築した自宅の一部で玩具の展示を始めたのが、「井上郷土玩具館」のスタートになりました。その後も収集と施設の拡張を続け、昭和59年に「日本玩具博物館」と改称しました。
昭和40年過ぎ、三次市周辺の家庭を一軒一軒回り、家に眠っている土人形を譲ってもらえないかお願いをし、歩き回って入手した明治期の三次人形になります
井上さんが一軒一軒回り入手した「三次の土人形」
mso:現在、何点ほどコレクションを所有していますか?
井上:日本国内の物が6万点。世界160カ国からの物が3万点。合計で9万点ほどです。
mso:どのようにして集めたのですか?
井上:私自身で集めた玩具が6万点。残りの3万点以上は寄贈になります。
当館が集めた6万点は、実際に日本各地や世界各地を回って収集したり、以前は玩具の見本市で購入したり、民芸品を扱う業者の協力で収集できたのですが、最近は入手が困難になりました。インターネットのオークションなども利用して集めています。コレクション集めの一例ですが、広島県三次市では伝統的に、ひな祭りの時に家庭で飾る「土人形」があります。これを「三次土人形」と言うのですが、昭和40年過ぎ三次市周辺の家庭を一軒一軒回り、家に眠っている土人形を譲ってもらえないかお願いをし、歩き回って入手した物になります。
mso:コレクションを集める上で、苦労した点はありますか?
井上:苦労と言うのはなく、私も収集家なので集めること自体が楽しいです。
ただし、収集する物の”的の絞り方”は考えました。できるだけ他の人が集めているコレクションと競合をしないようにしました。誰かが集めている物を後追いするのではなく、自分で「こういう物が大事ではないか」「将来的に花開くのではないか」というような文化財を集めることを心がけています。例えば、当時はあまり知名度がなかった「ちりめん細工」を当館は4000点も集めていますし、世界の玩具にしても、当時は日本で集めている人が少ないという事に気づき、集めてきたコレクションです。現在では、これほどのコレクション(世界160カ国から3万点)は、世界的にも特筆されるものになっています。
mso:コレクションの特徴を教えてください。
井上:幅の広い玩具コレクションを揃えています。日本の郷土玩具から世界の玩具までを展示しています。また、駄菓子屋で売っているオモチャから、近代玩具まで幅広く揃えています。
年代の観点で見ると、「ひな人形」を例にすると江戸時代から昭和初期までを揃えています。
造形的な見た目の魅力もありますし、昔の時代背景が残っている点が魅力ですね
一度は衰退した「ちりめん細工」を、井上さんは現代に甦らせる活動をしています
mso:館内の展示方法に関して工夫されている点はありますか?
井上:他の博物館と比べてコレクション数が多いので、「出来るだけ多くのコレクションを皆さんにご覧頂けるよう、いろいろと工夫して展示すること」を心がけていますね。
例えば、日本玩具博物館で1号館と呼ぶ、350〜400点ほどの展示スペースを「企画展会場」として展示し、6号館では800〜1000点程が並ぶのですが、そちらは「特別展会場」として展示しています。所蔵品に基づく展示であり、企画展が年に4回、特別展も年に4回の合計8回、展示物が入れ替わります。それらは学芸員尾崎が企画構成を担当、手作りでコレクションの説明パネルや名札も作っています。その際に、単純にコレクションの説明をするのでなく、関連する写真を提示したりして、見ている人が理解し易いように工夫をしています。
さらに細かい部分ですが、雛人形の説明書きの背景に梅の花の模様を入れるなどしています。真っ白な名札にタイトルがあるだけでなく、分かりやすく、かつ楽しめる名札を作れるように工夫しています。
mso:古い玩具が持つ魅力は何ですか?
井上:造形的な見た目の魅力もありますし、昔の時代背景が残っている点が魅力ですね。それにこんなものが作られていたのかという驚きもあります。
mso:お気に入りの玩具を1点選ぶとしたら、何になりますか?
井上:良く聞かれる質問なのですが、全てがお気に入りですね。全てが宝物です。ここで展示しているコレクションは、「ちりめん細工」や「コマ」などのように1つの”固まり”で意味を持ちます。なのでコレクション1個だけを選ぶと言う事はできません。
mso:私設博物館を作って良かった点、苦労した点はありますか?
井上:良かった点は、自分の思いが収集の方針や活動に活かせることですね。
困る点は、個人経営で財力がないので博物館の運営が大変です。学芸員の人件費、運営維持費、建物の維持費などが必要になりますので。
これだけのコレクションの財産、文化遺産という物を個人が保存するのは限界が来ていると思います。やはり、社会の力で守ってもらいたいとの思いがあります
時代別のオモチャがたくさん展示されている2号館。保存状態も素晴らしいです
mso:今後、私設博物館を開きたいと思っている人に対して、私設博物館の運営方法に関するアドバイスはありますか?
井上:私も困っているので、正式な回答というのはないですが、日本は国も自治体も、民間の博物館に対する支援という点では先進国中で最低クラスです。当館は博物館相当施設として、国からも認められているのですが、運営に対する支援はありません。活動は公立館に劣らないと思うのですが。これまで赤字を出さずにこれたのは私自身も奇跡と思っています。
仮に私設ミュージアムを作っても、その後運用が続けられなくなると、結果的にコレクションが散失するような道を辿ってしまいます。基本的には、私設博物館はオープンさせる事よりも、運営を続ける事が大切だと思います。
当館も20年前には年間6万人いた入館者が、今では2万人しかいないので入館料の収入が減っています。しかし、幸運にも博物館事業の中の1つとして始めた「ちりめん細工」の通販事業が成功し、そのお陰で、博物館の人件費や維持費をまかなう事が出来ています。そのような奇跡が起きないと、私設博物館を運営する事は、やはり厳しいと思いますね。
mso:井上さんが一番最初に入手したコレクションは何ですか?
井上:意識的に集めた一番最初のコレクションは、高知県の「はりこ」です。実際に高知県に買いに行きましたね。
mso:日本玩具博物館の、今後の展開を教えてください。
井上:これだけのコレクションを個人が保存するのは限界が来ていると思います。やはり、社会の力で守ってもらいたいとの思いがあります。可能であれば、行政と協力したり、町おこしをしている団体と手を組んだりして、このコレクションを後世にきちんと残せる方法を模索している最中です。
mso:企画展、特別展の情報は、どこから入手できますか?
井上:博物館のホームページを見てください。また、ホームページでは過去の企画展、特別展の情報も確認する事が出来ます。さらに、ホームページ上にある「館長室」では、私自身が最新の情報を発信していますので、そちらもご確認ください。
mso:最後に、日本玩具博物館に興味がある読者の方にメッセージをお願いします。
井上:私たちは、「評価されずに、失われて行く文化財を残す」と言う事で博物館を運営しています。単純に自分が楽しむために物を集める、と言う事だけではなく、社会的な意義を感じて収集を続けてきました。これらを”どのような形で残せるか”という答えは出ていないのですが、日本における私設ミュージアムのモデルケースになれるように今後も頑張って行きますので、ぜひご来館いただけると嬉しいです。
ーおわりー
羊年の干支にちなんだ郷土玩具。とても愛らしい
2号館の縁日にちなんだ玩具。当時の子供が喜んでいる姿が想像できますね
2号館のキャラクター物の玩具。近年ではオークションで高値が付いて、入手するのが難しいそうです
コマやメンコなどの懐かしい玩具(2号館)
2号館の男の子が大好きな乗り物の玩具。飛行機のオモチャは僕も好きでした
日本各地のコマを展示。地方独特の特徴があるのですね
3号館の手まりの展示。古い物だと江戸時代の手まりも並んでいます
4号館には日本各地のこけしが勢揃い。とても迫力がありますね
4号館では日本の地方別に分けて、郷土玩具が展示されています。写真は東海地方
4号館は日本だけでなく、2階で世界の国別に分けて玩具を展示しています。各国の玩具の特徴を比較が出来ます
ドイツの玩具は、木製で暖かみを感じる物が多いです
6号館の特別展で展示されていた全国の「ひな人形」。各地の伝統職人の技術を感じることができます
玩具博物館に入館すると、巨大な凧(山口県の鬼ようず)が天井からお出迎え
白壁土蔵造りの外観
5号館では阪神大震災の被災地の家庭から、行き場のない「ひな人形」を譲り受けて展示していました
2号館では木や竹、貝などを使った自然の玩具も展示
日本玩具博物館
民芸調の落ち着いた雰囲気の館内には、日本の郷土玩具や近代玩具、伝統人形、世界160ヶ国の玩具や人形など、総数9万点を超える資料を収蔵。2・3・4号館では常設展、ほかに1号館と6号館では季節に合わせた企画展・特別展(下記)を開催。また、見るだけでなく、おもちゃに触って遊べるコーナーもあり、大人にも子供にも喜ばれている。
1974年に設立。規模・内容からわが国を代表する玩具博物館として広く知られており、幼い日の想い出につながる懐かしい玩具や人形、また世界各地の子ども文化と出会えるおもしろユニーク博物館。
2016年12月、「ミシュラン・グリーンガイド」で二つ星に選ばれた。
コレクションを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
いつの時代にも、どの場所にも、愛される玩具がある
日本と世界おもしろ玩具図鑑
日本の江戸時代の玩具や近代玩具、世界の玩具など、日本玩具博物館が所蔵する約350点をカラー写真とともに紹介。
日本と世界のお面を、豊富なカラー写真で紹介
お面
本書では中国、韓国、他のアジアやアフリカやヨーロッパ、アメリカ大陸など世界のお面を、豊富なカラー写真で紹介します。日本の各地域の特色あるお面や、古くから伝わる芸能のお面を紹介します。江戸時代から子どものおもちゃとして親しまれている、張り子のお面のいろいろを、紹介します。お面を作ろうでは、紙皿や葉っぱのお面の作り方を、楽しく紹介していきます。お面の歴史では、日本のお面の歴史を遡り、張り子、プラスチックお面までへの流れや、世界のお面について学んでいきます。
終わりに
兵庫県の姫路市にある「日本玩具博物館」。
開館してから40年以上が経つ、私設ミュージアムとして成功をしている日本玩具博物館。
館長の井上さんには、「昔からの郷土玩具を守り続け、次の世代に継承していく」という素晴らしい目的があり、とても共感をしました。井上さんは過去に数冊の著者があるので、詳しくは本をご覧下さい。
館内には膨大なコレクションの数が展示されていますので、時間に余裕を持って行くのがお勧めです。また、駐車場も無料完備していますので、車で行く方にも便利です。
ぜひ、日本玩具博物館で館長の井上さんとお話をしてみてください。あらゆる玩具の話を教えてくださいますので、楽しい時間を過ごせるはずです。