登壇者Profile
服飾史家・中野香織さん
イギリス文化、ファッション史、その延長にあるラグジュアリースタディーズを専門とし、服飾史家、著述家として執筆・講演。株式会社Kaori Nakanoでは企業のアドバイザーを務める。また、これまでに英ケンブリッジ大学客員研究員、東大教養学部非常勤講師、明治大学国際日本学部特任教授などを務めた。2021年秋冬の経済産業省「ファッション未来研究会」委員。 著書に『「イノベーター」で読むアパレル全史』ほか多数。最新刊は安西洋之氏との共著『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済 10の講義』。
国島・伊藤核太郎さん
創業1850年、尾州で最も古い歴史を持つ毛織物メーカー「国島」代表。前身「国島商業」の創業者・国島武右衛門氏の思いを受け継ぎながら、現代の潮流に合わせた生地づくりを行う。2020年には、社名をKUNISHIMAに変更し、「生地で世界をやさしくしたい」を新たなスローガンに掲げる。従来の生地メーカーという役割にとどまらず、生地と装いを通して人々がつながり気持ちが通じ合う、そんなやさしい世界を生み出す企業を目指す。
アジャスタブルコスチューム・小高一樹さん
アーリーアメリカンの世界観を現代に落とし込んだファッションブランド「アジャスタブルコスチューム」のオーナー兼デザイナー。1920~40年代(物によっては1800年代)のヴィンテージを、今のスタイルとサイジングに修正し、小高一樹のフィルターを通してリプロダクトする。古着を解体して型紙を取り、当時のデザインを細部まで忠実に再現したその仕上がりは、海外のヴィンテージ愛好家を唸らせ、クラシッククロージング通を虜にするほど。
ロマン主義者×マニアの化学反応を見てみたい!
ミューゼオ:まずは、プロジェクトが始まったきっかけからお話ししていただきましょう。伊藤さんと小高さんをつないだのは中野さんだったそうですが、どうしておふたりを引き合わせたのでしょうか?
ロマン主義者とマニアを一緒に仕事させたら、どんな化学反応が起きるだろうと思ったのがきっかけです(笑)。
2019年、尾張一宮に
J.SHEPHERDSの生地ができたと聞き拝見しに行きました。日本初の純国産ツイードということで、伊藤さんが羊への愛を語るんです。「全然儲からないんだけど、羊飼いがかっこよくて、羊の肉が美味しくて」と。こんなロマン主義者はこの時代には珍しいと思ったのが、まず頭の片隅にありました。小高さんに関しては、かねてから映画の中から出てきたようなお洋服を作る方だということはよく存じていました。実際にやり取りをさせていただいたのが、2020年でしたっけ?
イギリスの服文化に関する講義をすることになり衣装を探していた時に、ちょうどアジャスタブルコスチュームのウィリアム・モリスのベストがSNSで流れてきたんです。まさかこの時代に!?と驚き、調べたら小高さんが作ったものでした。問い合わせたところすぐに送ってくださって。メンズものだったのでリフォームして着ました。
これだけちゃんとした対応をなさってくれる方だったら、お仕事を一緒にしても大丈夫だろうという信頼も生まれました。
ありがとうございます。伊藤さんと直にやり取りするようになったのは中野さんからご紹介を受けてからなのですが、伊藤さんと面識があったのは、横浜の信濃屋さんのクリスマスパーティーでした。羊毛で何か取り組みを考えていらした時でしたね。
当時はまだJ.SHEPHERDSの生地は完成していなく、試作中でしたね。私もあのパーティーで小高さんにお会いしたことは記憶に残っていたのですが、改めて中野さんからご紹介いただいて、渡りに船だったんです。というのも、J.SHEPHERDSという生地は、原料と基本的な規格設計には自信があったのですが、色柄をどうするか、どうやって売っていくかといった点はまだまだ迷っているところがありました。
僕らはトラッドの会社なので、思いつきで作るようなことは絶対にしたくないんです。でもトラッドも変わっていかなくちゃいけない。その変化をどういう風につけていったらいいのか方向性が見えていませんでした。だから小高さんだったらどんな生地を作るのだろうと、すごく興味を持ったので2つ返事で乗らせてもらいました。
J.SHEPHERDSの生地の見本や柄を見せていただいた時に、それだけでもすごく魅力的な生地なのですが、アジャコス的にやるんだったらもうひとつ飛び越えたいな、飛び抜けたいなというのがありました。
小高さんは、絶対にそういう野心を持たれるだろうなと思いました。
テーラーさんが生地を選べる環境がある中、僕が同じ生地を選んで形を作ったとしても、どうなのかなというのがありました。そこでオリジナルの生地を作りたいと伊藤さんに相談をしたら、快く受けていただいたんです。
中野さんから小高さんのことを聞いていたので、きっとオリジナルの生地を作りたいだろうなと思っていました。ちょうど規格の最終段階で詰め切っていなかったので、やれるなと思いながら言ったんです。
なるほど。そこはレールが引かれていたというか、手のひらで転がされていたような感じはあるかもしれないです(笑)。
ただ実際のところ、国産の原毛は品質のブレが大きく、まさに農産物。その年に採れた原毛に合わせて生地を作っていかなければならないんです。2021年ものに関しては、あとから追加の原料が出て遅れていました。だから間に合ったというのもあります。
規格だったり糸の現状だったりが、本当にちょうど良く絡み合ったということですね。
出会うべくして出会った。タイミングが合うこと自体が非常に奇跡のようなことですね。
神がかったタイミングでした。制作段階であまり進展せずようやく作れたものって、実はそんなにいいものを作れていないんです。勢いで進められる方が、最終的にパワーのあるものとして完成する。だから本当にタイミングが良かったのかなと思います。
それができる人じゃないとダメなんです。原料を見ながらどうやって加工しようか、どんな仕様にしていこうかと考えながら作っていくので、そのリズムに乗れる人じゃないと一緒に作れないんです。
全てのタイミングが運命のように合ったということですね。
オリジナルの純国産ツイードが誕生するまで
実際にどのような生地ができたかと申しますと、こちらです。
小高さんは、工場で作っているところを見に来てくださいましたよね。
机の上でただ待っているだけなのは耐えられないんです(笑)。自分の子供が産まれるかのようにワクワクしていました。
現場に行っても何も手伝えないけど、ただ見守りたいといった気持ちで(笑)。工場では
経糸の準備が終わって
緯糸を打つタイミングで、織るところを見せていただきました。
生地を織るところを見るためだけに本当に尾張に来るのかなと思ったんですけど……、来たら来たでずっと織機の周りをウロウロウロウロしていましたね(笑)。
何か役に立つわけでもないのに子供が産まれる場にいるお父さんそのものです(笑)。
写真/アジャスタブルコスチューム提供
本当ですね(笑)。これが生地の耳(セルヴィッジ)で、J.SHEPHERDSさんのロゴとアジャコスのブランド名が入っています。生地の耳が織り出されて徐々に文字が増えていく、その時の感覚はもう素晴らしくて鳥肌が立ちました。
国島さんの生地の耳のロゴは、とても細かい部分まで表現されています。機械云々もあると思いますが、ここにこだわっている機屋さんはすごいなと思います。
これは変則の
ヘリンボーンですね。以前、シェトランド諸島で見た資料を元に作ってもらいました。歴史博物館に170年前に織られたツイード柄のサンプル帳のようなブックがあるんですね。そこに10cm角くらいの生地柄が貼ってあり、この柄を見た時に「うわ!この柄、絶対いつか作ろう!」と思って、ずっと心の中にしまい込んでいました。今回の企画のお話しをもらった時に、「もうこれしかない!」というくらいすぐに思いつきました。
はい。でも実際に僕が織るわけではないので、どういう風に構成すればいいのかはわかりませんでした。やっぱりそこは現場のプロの方とお話しをさせていただいて、柄の大きさやピッチを相談して作っていただきました。
最初にコンピューターでシミュレーションしていただいたのですが、その時も鳥肌が立ちました。もう何から何まで鳥肌が立つ取り組みというのは久しぶりだったので、進めるごとにアドレナリンが出まくっていましたね。
先ほど「生地作りはわからない」なんて小高さんは言っていましたが、実際は「こういうのを作りたい!こういう柄はできないかな?」と、圧がすごかったです(笑)。直接相談を受けていたのはうちのスタッフなんですけどね。
ぐっと目が詰まっているのですが、そこまでゴワゴワした感じはなく、程よく残している感じです。
きちんとした規格で作っているのですが、糸のふくらみ感を活かすための織り方を工夫していて、今年で一つの完成形かなと思っています。
空気を含んだ織物というか、経緯の糸をそのままガンガン打ち込んだだけではない表情の出し方ですよね。現場の方が苦労されたんじゃないかなと思います。
そう思います。ふわっとした触り心地で、空気を含んでいることがわかります。
この生地を使って今回はノーフォークジャケットをお作りになったんですね。
小高一樹さん渾身のデザインとノーフォークジャケットの原点
ボディに掛かっているのがファーストサンプルです。アジャコスは創業11年になりますが、このノーフォークジャケットは創業時に作った形です。デザインやシルエットは古着があったわけではなく、1910年、20年、30年代くらいの古物や文献を見て、そのいいとこ取りをしながら作りました。すごく思い入れのあるデザインです。工場さんは縫うのが大変なんですけどね。
そうですよね。特にベルトの辺りは、縫うのが大変そうですよね。裏には、生地の耳のダブルネームが入っているんですね。
ロゴは表に出すとイメージが強すぎるので、ベルト裏に施してもらいました。あとは内ポケットの裏側にも生地の耳を付けています。
見えないところへのこだわりがいいですよね。今回のノーフォークジャケットは小高さんがこだわったいろんなディテールが詰まっていますが、元々ノーフォークジャケットが生まれたのは1860年ぐらいですよね。
エドワード7世
1860年代には狩猟用のジャケットとして作られ、獲物を入れるポケットなんかもついていました。ただ流行したのは1890年代。流行させた人は、ヴィクトリア女王の長男でバ―ティーと呼ばれたエドワード7世という方なんです。
サンドリンガム・ハウス
ノーフォークジャケットの名前の由来は所説ありますが、私はノーフォーク州が由来というのが有力かなと思っています。その理由は、ノーフォーク州にサンドリンガム・ハウス(=宮殿)というイギリス王室の別宅があるからです。ここでエドワード7世とその取り巻きがよく集まって、退屈だから気晴らしに狩猟や釣りに行くわけです。
マナーハウスよりも規模の大きい、カントリーの別邸ですね。この時代のスポーツは気晴らしなんですね。「ここではないどこかに連れて行く」というのがスポーツの語源で、気晴らしとして自転車に乗ったり狩猟したりするわけです。リラックスしながらも端正なウェアということで着始めたのが、エドワード7世です。ちょうど自転車が流行り出したのも1890年。実は狩猟用ウェアとして流行したのではなく、彼がいわゆるノーフォークジャケットを着てニッカポッカを履き自転車に乗って、それによって流行したという経緯があるんです。
当時のスポーツウェアは、今のスポーツウェアとは全く違います。普段着ている服をどれくらいリラックスして着ることができるかという工夫が競われていました。これは抽象的な服飾用語で言うと、実用と優雅さを兼ね備えているという意味で「プラティカルエレガンス」。そういう美意識が貫かれていた服でした。
だからエドワード7世はその一環として、ディナージャケット(=アメリカで言うタキシード)もサンドリンガム・ハウスで初めて着ています。他にも、スーツの発端である一番下のボタンを開ける由来になった方です。ただそれは、この方が美食家だったので、食べ過ぎてお腹がいっぱいになって一番下のボタンを開けてみたら、周りの部下たちが「皇太子が開けているのに自分たちが閉めているわけにはいかないだろう」ということで、みんな一緒に開け始めたというのが由来です。実は、メンズファッションのマナーの原点はそんなものですよね(笑)。
そうですよね。本来は堅苦しくしようというのじゃないですよね。
他にもトラウザーズのカフスを泥除けとして折り返したのも、エドワード7世です。だから本当はダブルの裾というのはカジュアルなアレンジで、あまりフォーマルに使うものではないというのはそこが起源です。
ツイードもそういった時代の雰囲気に合わせたものを作りたいなと思って、企画を進めてきました。イギリスは中世から牧羊国家です。そこで生まれた生地だけに、すごく優れた生地だと思っています。
J.SHEPHERDSの生地は国産の原毛を使っているのですが、国産の原毛はクリンプがしっかりしているので、ふくらみ感のある織物に向いていると思うんです。ただ、それを作るには通常はいろんな薬品処理があるのですが、それをやる場所が日本にはないんです。全て手作業で加工する必要があり、ツイードが生まれた頃の風合いを目指そうとすると、とても手間がかかります。
今時、こんなに分厚い生地を使う人がいるのか?と思われる生地ではあるのですが、すごくハリ感と弾力に富んだ生地になったと思っています。
そこがアジャコスのブランドコンセプトにガチっと一致したんじゃないかなと思います。
なかなかこういう人がいっぱいいても怖いですけど(笑)。
J.SHEPHERDSの生地はほとんど水洗いで作っているので、まだ油分が少し残っています。そうすると例えば5年もしたらまた風合いが変わってくると思うので、経年変化が楽しみな生地なんですよね。
楽しみですね!アジャコスのお客様は、物語性やロマンをわかってくださる方が多いんです。伊藤さんの熱い思いにグッとくるお客さんばかりなので、すぐにでも皆さんに見て、着て、触っていただきたい!このメイドインジャパン、純国産ツイードの良さをきっとわかってくれると思います。
デザインもすごく迫力がありますよね。僕もJ.SHEPHERDSの生地でスーツを作ったのですが、普通に仕立てても生地にシルエットが負けてしまうんです。でもこのノーフォークジャケットは構築的でしっかり作り込まれていて、生地のすごみを見事に抑えきった、抑えきられちゃったなと思いました(笑)。
厚い生地を縫うのに慣れている工場さんも、いい意味で縫いやすかったそうです。
縫いづらい部分は確実にあるんです。前提として。その中でも縫いやすかったというのが、「仕立て映えする」ということでした。いろんな生地を触って作っている工場さんなので、生地を見ると仕上がりのイメージがわかるんです。こういった生地だとシルエットが決まらないというのが多い中、J.SHEPHERDSの生地に関しては思った通りのシルエットになったと。袖の
イセ込みなど、表現しやすかったと言っていました。
嬉しいです!「仕立て映え」という言葉には細かい定義がないと思うのですが、僕らの考えは服のシルエットをいかに表現できるか、綺麗に狙ったシルエットになるかが仕立て映えだと思っています。そのために僕らはいろんな規格を試して、試行錯誤しています。これはもう、その最たるものとして作った生地なので、その評価をいただけたのはすごく嬉しいです。
でもシルエットがしっかり出て、全く型崩れしないですよね。それは実はとても重要です。某国製の柔らかい生地は官能性を表現できるとてもいい生地なのですが、J.SHEPHERDSはそれとはちょっと一歩別次元にあるようなしっかりした生地です。
スーツは、その人の骨格からシルエットを削りだすものだと思っています。だからその人の個性をきちんと表現する服というのは、シルエットが綺麗に保たれていないとできないと思うんです。針には優しくないのですが……。
細かいところを折り曲げて縫うのは大変だと思うのですが、シルエットが綺麗に出るのをわかっていただけたので嬉しいです。最高の仕立て屋さんですね。
縫っていて楽しいと言ってくれたのは、いつもお願いしている工場の社長さんです。生地を作る方も、かたちを作る方も、縫っている方も、この生地にすごく惚れ込めているんじゃないかなと思いました。
日本の牧羊業の現状と羊飼いの思い
ミューゼオ:今、皆さんの前に羊毛がありますが、これはJ.SHEPHERDSの生地の素材ですか?
はい、毛刈りしたままのものです。中に葉っぱのくずやいろんな混雑物が混じっています。
水洗いした状態がこちらです。まだ風合いが少し残っていますけど、基本的にこの前に手で一生懸命ゴミを取っています。
スーツの原料が羊の毛だということをご存知ない方も意外と多いのですが、実はここからスーツができているんです。
ワタにしてもらって、少し引っ張り出して撚るだけで糸になります。手でやると太さがバラバラの不恰好な糸になってしまうのですが、機械で作ると均一で綺麗な糸ができます。
品質も違うし、色もブレるんです。普通だったらブリーチして色ブレをなくそうとするのですが、今回は原毛の質を活かすためにブリーチもしたくなかったんです。生成の糸であっても色が毎回変わってしまう。それを活かした糸作りをしていこうとしています。
毎年違うのが面白いところだと思うんです。今年はこういう毛質だから、こういう色合いだから、この生地ができました。前年度とはちょっと違うよという面白さがありますね。
作っている僕らはすごく楽しいのですが、これを一般的なアパレルの方が製品にはめようとしてもできないんです。品質とか納期とか絶対に約束できない。
僕らが現物を見て一番いいと思ったところに落とし込みますという、その約束しかできないんです。
それでもいいよ、そのほうがいいよというブランドさんじゃないと、なかなか手が出せない。例えば作ったものがすごく評判が上がって、もうあと2ターン追加したいと言われても、もうないわけじゃないですか。
羊さんが何を食べているか、どのような手入れをされているかによっても質が違ってくるわけですよね。
結局羊飼いさんに、私たちはその顔を見ながら感謝しなきゃいけない。
そうです。だから途中で病気したり餌が食べられない時期があったりすると、それが全部毛に出るんです。健康な羊かどうかというのは、毛を見たらそれでわかるんです。
写真/The J.SHEPHERDS提供
伊藤さんはその羊飼いのどんなところに惚れ込まれたのですか?
最初はなかなかわからなかったのですが、やっていく中で段々と理解していったのは、羊飼いの人たちがみんな羊が大好きなこと。いろんな牧場さんをまわって話しを聞いたのですが、皆さん「羊って、儲からない儲からない」と言いながら辞めないんです。羊にとって良い飼育とは何か、良い牧場経営はどんなものか、羊の命をどう扱うべきか、そういうことを一生懸命考えて飼育されている方ばかり。そういう羊に対する愛情を感じて、僕はこれをやらなくちゃいけないと思ったんです。
羊さんにお名前をつけていらっしゃる方もいらっしゃるんですよね。
はい。その人も元々は草むしりのために羊を連れてきたのですが、羊肉を食べてみたら美味しかったからそれで育てているんだと言うんです。だけど、1匹1匹に名前がついています。たまに屠畜場で取り違えが起こることがあるのですが、その時にその人が激怒するんです。「僕の〇〇ちゃんを返せ!」って。
その方は特に商売感覚が非常に薄い方で、少しでも羊としての命を堪能できるように6年経ってから出荷するんです。家畜にお世話になっているということは、家畜の命に最後まで責任を持たなくちゃいけない。そういったことを最前線でやっているのが、羊飼いの人たち。彼らが言う命だったり環境だったりはすごく説得力があります。
そうですね。今は、日本で何人ぐらい羊飼いの方がいらっしゃるんですか?
羊飼い農家が全国で200軒あると言われています。羊の頭数でも全国で約1万7000頭しかいないです。この頭数は、オーストラリアやニュージーランドの牧場の1軒分です。
昔はあったのですが、今はどんどんなくなっています。例えば、種羊の供給。群れの健康を高く維持するためには、強い雄羊を連れてきて種付けするのが大事なのですが、日本国内の頭数が少ないので、海外から連れてこなければいけないんです。以前は国がやってくれていたのですが、今は羊飼いさんたちが自前で輸入したり、知り合いの牧場へ行って良さそうな羊を連れてきたりしています。また、検疫のサービスも以前は国の検査所で行っていたのですが、今は各農家さんが自ら行っています。牧場をやっていく上で、口蹄疫などを防ぐために検疫はすごく大事なことなのですが……。
そうですね。昔は羊の頭数が結構いたのですが、今は減ってしまったので。それで段々とそういったサービスがなくなってしまったのが今の状態です。
そういう希少で貴重な日本の羊の毛を使ったツイードだから、量産することはできないということですね。
そんな環境でも羊を飼いたいと思う人たちが、丹精込めて育てた羊なんです。だから量も少ないんですけどね。
J.SHEPHERDSのこれからとプロジェクトの意義
私が非常にこのプロジェクトに価値を感じたというのも、正にその点。今、社会全体の流れとして、地球環境をみんなで維持していかなきゃいけないという流れがありますよね。2022年3月に出版した『
新・ラグジュアリー ―文化が生み出す経済 10の講義』にも書いていて、これからのラグジュアリーは一部の富裕層が享受するものではなく、原料の生産者の顔が見えて、その人たちも幸せで、作っている人たちも情熱を持ってハッピーに作ることができる。そして消費者もそれを応援するかのように支援する。お金を出して買って楽しむという、コンテクスト全体で幸せになるということが、これからのラグジュアリーに絶対に必要な条件だと思っています。そこにこのプロジェクトがぴったりと収まるんです。
羊飼いさんたちの苦労や日本の牧羊業の現状を知ると、非常に価値のある世の中への投資にもなるんじゃないかと思っています。
また、この1着は一代で着終わるものではなく、孫の代まで着ることができる。例えば、肘が擦り切れたらレザーのパッチをすると味が出るじゃないですか。そういった意味で、次世代のラグジュアリーを象徴するプロジェクトになっていると思うんです。生産者の顔が見えるのは、非常に大事なことですね。
自分の食べているもの、着ているものがどこで誰がどのように作ったものか、それをわかって着られるのはすごく幸せなことだなと僕自身も思います。食品に関しては進んでいますが、繊維やファッションの世界だと、サプライチェーンが複雑で何がどこから来たのかを追いかけることってすごく難しいんです。
このノーフォークジャケットの企画を取り扱い店さんにアプローチしてみると、現地に行きたいという方が増えているんです。例えばツアーを組んで、ゴミを取る作業をしたり、お肉を美味しく食べたり。
ここで採れて作られた生地で、このノーフォークジャケットができたんだということを実感したいお客さんがすごくいっぱいいらっしゃいます。
ぜひ見てほしいですね。関心を持ってくれる人を牧場の現場にお連れして、羊飼いさんたちの話しを聞いてもらいたいと思っています。
羊に触れたことのある方も、実はそんなに多くないと思う。
そうですね。牧場で見てもなかなか触れる環境は少ないですし。
ツイードの生地から入って日本のあんまり知られていない牧羊業の実態とか、羊さんや羊飼いの方たちとか、そこまで知ることができるという文化的なアイテムでもありますね。
すごく深い取り組みかなと思います。羊を育てる環境も含め、このジャケットを皆さまにしっかりお披露目できればと思っています。
ミューゼオ:皆さん、ありがとうございました。そろそろお時間がきましたので、本日はこちらで終了とさせていただきます。
全員:ありがとうございました。
ーおわりー
最後に3人へのQ&Aをご紹介
「皆さんはどのようなコーディネートで着たいですか?」
僕はニッカポッカやジョッパーズを履いて、タイドアップした格好で「どこ行くんですか⁉よくそれで電車に乗れますね」みたいな振り切ったコーディネートをしたいですね。コスプレのようになってしまいますが、それぐらいバチっと決めたコーディネートで攻めたい。
僕が着るなら、ゆったり目のパンタロンみたいな肉厚の柔らかいものを合わせますかね。がっつりした生地ですけど、割と品格を高く見せる生地でもあるので、インナーにはちょっと素材のいいものを使ってもらいたいです。
サイズは34(XS)からあり、このデザインは女性が着ても素敵だと思います。白いデニムにロングブーツを合わせて、首元にエリザベス女王風のスカーフを巻くのもいいかもしれません。意外とパールネックレスをつけて街着として着るのもいいなと拝見しました。汎用性は高いです。
「J.SHEPHERDSの今後の展開を聞かせてください」
今後もコンスタントに、ブリティッシュトラッドの柄を中心にツイードを作り続けていきたいと思っています。ツイードの原点を目指したところからスタートしているのでマニアックなのですが、もう少しアイテム展開しやすい商品規格を増やしていこうと思っています。2021年の9割分がやっと生地に仕上がり、バンチブック (サンプル帳)ができ上がったのですが、その中には起毛をかけて非常に柔らかい風合いにした生地も入っています。今後は、風合いを変えたものや小高さんに教えてもらいながら面白い柄も入れていきたいなと思っています。
「ジャケットの胸ポケットはどんな意味がありますか?何を入れますか?」
基本的に胸ポケットはスペースがあまりないんです。指4本が入る分くらいしかないので、例えばグローブを差し込むとか、ハンカチやチケットを入れるとか。元々、ハンティングやシューティングの時に、手で持てないからちょっと入れとこうといった品物を入れるためなので。
もし胸元に箱ポケットがあったら、また雰囲気が変わると思います。この辺のディテールは、1920年代の古物のコットンで作られたノーフォークジャケットを基にしています。
縦のポケットは作るのが難しいんですよね。第二次世界大戦の時に、男性用に国民服が2種類作られています。そのうちの1つがこの縦ポケットで、天皇陛下にお目にかかる時にネクタイをしなくてもフォーマルに見えるという意味合いがありました。胸元に特に飾りがなくても、縦ポケットはよりフォーマルに見えるという効果はあると思います。