テーラー 森田智が導く。内側までこだわって仕立てるレディス ビスポークスーツ

テーラー 森田智が導く。内側までこだわって仕立てるレディス ビスポークスーツ_image

取材・文/竹林佑子
写真/佐々木孝憲

スーツやジャケットを知れば知るほど、こだわりは深くなります。その深まったこだわり、行き着くところまでいってみませんか。ベーシックなものほど、凝った分だけ具現されます。たとえそれが人に見えない部分でも。

当連載では、ビスポークテーラー「SHEETS」森田智さんが、レディスのオーダースーツについて、テーラーの視点ならではの基本からマニアックに仕立てるコツまでを解説していきます。

今回は、オーダーの最上級と言える「ビスポーク」の楽しみ方について。森田さんが請け負った過去の注文例とともにご紹介します。無限にカスタマイズできるビスポークだから、アイディアは知ったもん勝ちです!

オーダーの到達点「ビスポーク」を知ることで楽しめることが増える

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私が初めてビスポークのスーツを着たのは、イギリスでテーラーの見習いをしていた時でした。完成して袖を通すと、既製品のスーツとはフィット感が全く違い、「身体がスーツで支えられている」という感覚。さらに自分だけの一着を手に入れた喜びで「やったー!」と声を上げたくなりましたね(笑)。

自分自身でビスポークの感動を体験したからこそ、メイドトゥメジャーでもどのように遊んだら楽しいかが分かるようになった気がします。

スーツを誂えるということは他者からの見え方を考えることにも繋がりますが、それ以上に自分自身の気分を高めたり、時には整えたり、日々をより楽しく過ごすためのツールでもあると思っています。今回は、そんなビスポークスーツをよりこだわって楽しむ方法をお伝えします。

内側までアレンジして、ビスポークをマニアックに楽しむ

まずは堅苦しいと思われがちなスーツの決まりごとについてです。
相手に敬意を表すという意味でTPOに合わせたスーツを選ぶことは大切ですが、プライベートで楽しむために誂えるのであればやってはいけないことって実はないんです。テーラーもご希望に沿った提案をさせていただくので、「面白いかも!」と思いついたことは気兼ねなく相談してみてください。

遊び方は人それぞれ。ちょっと珍しいオーダーでは「映画のワンシーンのデザインを再現したい」というものや「故人のあの有名なデザイナーがもし生きていたらどんな風に仕立てるか」という相談、願掛けのように自分にしか分からない意味合いを持たせたあしらいなど、本当に多種多様です。

表の見える部分だけでなく、内側にもこだわりが感じられます。裏地の参考に撮影させてもらったメイドトゥメジャーのジャケット。

表の見える部分だけでなく、内側にもこだわりが感じられます。裏地の参考に撮影させてもらったメイドトゥメジャーのジャケット。

裏地用のバンチ。たくさんの生地の中から裏地を選びます。

裏地用のバンチ。たくさんの生地の中から裏地を選びます。

変化を付ける箇所は大きく2パターンに分かれます。
1つは「他の人からも見える部分」で、全体的なシルエットや生地の色柄などの見た目。ボタンの組み合わせも全体の印象を決める上で重要なポイントです。

2つ目は「自分にしかわからない部分」です。脱いだ時にしか見えない裏地や、内側に付けるポケットの種類など、意外と手を加えられる箇所はたくさんあります。
利き手と入れる物のサイズをお伺いしてポケットの幅と深さを決めることもありますね。解体しないと見えないところにサインを入れるといったオーダーもありました。誰かに見せるのではなく、その人ならではの楽しみ方です。

理想のスタイルに近づける幅広い仕立て技術

ビスポークでは、希望のスタイルに近付けるポイントを盛り込んだオーダーが可能です。視覚効果を利用して、理想の着こなしを楽しみましょう。

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まず大切なのが全体のバランスを見ること。
個々のアイテムが平均的なサイズでも、全体で見ると単調に見えてしまう場合があります。そういった時は目的に沿って丈の配分などを変えることで引き締まります。

例えば脚を長く見せたい場合は、トラウザーズの股上を高めにして下半身の分量を長くします。着こなしとしては、ポイントで胸ポケットにチーフをさしたり、胸や首周りにアクセサリーを持ってきたりして視線を高い位置に集めるとより効果的です。

トラウザーズは股上を高めにすることで、シャツがウエストからはみ出ることなく快適に着られるといった実用的な面もありますね。スリーピースではベストの丈を短くするのもひとつです。カジュアル服では既に馴染みのあるバランスの着方ですが、スーツでもそういった視覚効果を作り上げることが可能です。

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SHEETSに置かれているバンチブックの一部。豊富な生地種から選んでいきます。

さらに表地の色でも印象は変わります。軽やかな印象をもつライトグレーや落ち着いた印象を与えるネイビー、インナーとの組み合わせでも雰囲気が変わりますね。ビジネスシーンでしっかりと見せたい方は、馴染みのよい肩パットを入れてあげると良いかもしれません。

理想のスタイルは人それぞれですので、どのような効果をスーツに取り入れるかをテーラーと話し合いながら決めていきましょう。今回お話ししたのはほんの一部分ですので、ヒアリングの際にどんな風に見せたいかを遠慮せず伝えることが大切です。

ジャケットのダーツの入れ方で、印象も着心地も異なる

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男女での身体の違いもあり、一般的にレディススーツは仕立てが難しいとされています。女性のボディラインはふっくらとしているので、カーブ同士の縫い合わせの際に男性以上に曲線を意識したり、表地と芯地も柔らかさを考えて組み合わせる必要があります。

レディスジャケットは膨らみやシェイプを作るためのダーツ分量が多いので、構造線をデザイン線として表に出して活かすのか、見えないようにまとめるのか、という選択があります。

今回は、レディスジャケットの基本的な3つのパターンをご紹介します。

イラストは森田さんご本人が描かれたもの。

イラストは森田さんご本人が描かれたもの。

図右: フロントの上部のみを取り、全てダーツを一か所にまとめています。緩やかな胸のカーブと広がらずストンと落ちる腰回りがメンズスーツに近く、全体的に落ち着いた雰囲気に仕上がります。今回、(森田さんが)着用しているジャケットがこの形です。

図中央: 肩線から伸びる胸のダーツとウエストのダーツを繋げて二分割したもの。胸の位置が高い方や華やかな印象にされたい方はこちらが適しています。

図左: 一般的なダーツの形で、中心にウエストダーツ、アームホールからバストトップに向けて胸のダーツが入っています。フロントの上部だけでなく、下部も三角を取ってダイヤモンド型になっているので、裾が広がって腰回りにゆとりがあるデザインです。

この他にもさまざまなパターンがあります。また、上記のようなカットや縫い合わせだけでなく、美しく見える着丈の比率なども男性とは違ってきます。

国別のデザインの特徴を知って、自分の好みを探る

国によって生地やデザインが異なるのも、スーツの面白みの一つ。その背景にはスーツを着用してきた歴史や気候、お国柄などが影響しています。

英国製のツイード。

英国製のツイード。

イギリス:イギリスのスーツは肩周りがしっかりとしていて、胸からウエストにかけてのドレープと、クラシカルな印象が特徴。生地の色は落ち着いたグレイッシュなものが特にイギリスらしさを感じます。レディススーツとして仕立てる場合は、柔軟性、弾力性のある生地を選ぶのがオススメです。ツイードの種類も豊富な国なので、軽いお出かけ用にツイードジャケットを一着持っていても良いかもしれません。

イタリア:イタリアはナポリスタイル、ミラノスタイルと国の中でも違いがあるのですが、全体的に軽やかで明るい印象。色柄が豊富な生地は手触りもソフト。芯地も同様に軽めで柔らかく、カジュアルシーンでも気軽に着ることができます。

フランス:肩と胸周りに一体感があり、どこか卵型のような丸みを感じるのがフランスです。イギリスほど芯地が硬くなく、フォルムは滑らかな曲線を描いています。イギリスのクラシックなイメージとイタリアの華やかさの中間というとイメージがしやすいかもしれません。

アメリカ:ゆったりとしたサイズ感で、身体を大きく包むようなシルエットが特徴的なのはアメリカ。生産効率が重視されていた元々の時代背景もあり、簡略化されたディテールとどことなく力強さのあるスタイルはカジュアル向けの製品やスタイリングとの相性も良いです。

日本:日本のスーツは、これまで東洋人の体型に合わせた比較的平面でシェイプが少ないスタイルが多くありました。テーラーや生地の織り工場さんの仕事は、派手さよりも正確な基礎に緻密な作業を重ねたものが多く、仕上がりも整然とした印象があります。
温暖湿潤な気候もあって、生地は中肉・薄手のものが主流ではないでしょうか。質感の特徴は分かりやすく言うと、稀に草が織りに混ざっているような肉感のあるツイードの真逆。発色も刺々しいものではなく調和のとれたもの。単色でも織りや風合いでさりげなく主張をする生地は見れば見るほど面白いですね。

近年はSNSなどで海外の例を見られるので、どの国も昔ほど顕著にデザインの差が現れてはいないように思います。大まかな傾向はありつつも、他国のいいところをちょっとずつ取り入れているテーラーも多いので、一つに固執しなくてもいいかもしれません。ただ、それぞれの特徴を知っておくことで選びやすくなりますし、ミックスしたりあえてハズしたりといった“違い”も楽しめるのではないでしょうか。

身近なファッションと同様に、自由に自分流でスーツを仕立てて

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連載3回の記事を通して、レディスクラシッククロージングを身近に感じていただけたでしょうか?スーツも身近なファッションと同様で、自分らしく、心地良く着られる方が愛着も湧くはず。ルールに縛られすぎず、自由に仕立てることを楽しみましょう。

社会的な情勢もあり、誰もがネットショッピングに慣れてしまっていますが、やはりスーツにおいてはプロのフィッティングをおすすめします。妥協せずにテーラーと一緒に理想を追い求めてみてはいかがでしょう。あなたも長く愛せる一着に出会えますように。


ーおわりー

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SHEETS

2014年立ち上げ。サビル・ロウの老舗「Kilgour(キルガー)」「Stowers Bespork(ストアーズ・ビスポーク)」にて修行を経た、森田智さんによるテーラー「SHEETS(シーツ)」。シンプルで落ち着いた内装には、お客様やご近所さんからもらった動物の置き物がちょこんと飾られており、ほっこりとした気持ちになる。

☎︎ 03-6256-9293

mail@sheets-studio.com
ご予約はメールでも受け付けています。氏名、ご希望日時を記入の上、ご連絡ください。

テーラー森田智さんのスーツとジャケットをおさらい

森田さんが仕立てたビスポークのスリーピース。

森田さんが仕立てたビスポークのスリーピース。

ベストは森田さんが仕立てたもので、トラウザーズはメイドトゥメジャー。

ベストは森田さんが仕立てたもので、トラウザーズはメイドトゥメジャー。

MuuseoSquareイメージ

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裏地の参考にしたメイドトゥメジャーのジャケット。オーダーの到達点であるビスポークを知ることで、メイドトゥメジャーも楽しめます。

生地イメージに撮影させてもらったツイードジャケット(メイドトゥメジャー)。

生地イメージに撮影させてもらったツイードジャケット(メイドトゥメジャー)。

クラシッククロージングを学ぶなら。編集部おすすめの書籍

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Savile Row(サヴィル・ロウ)A Glimpse into the World of English Tailoring

世界で唯一無二「紳士服の聖地」とよばれるサヴィル・ロウ。そこで生み出されるのは世界最高レベルのテーラリング技術を持つ、熟練した職人たちの手によるビスポーク・スーツである。ファッションやトレンドを超越し、世界中の男たちを魅了してきた、永遠に生き続けるスタイルがそこには存在する。英国王室御用達に輝く老舗から、新進気鋭の新しいテーラーまで、時代の流れの中で大きく変貌を遂げるサヴィル・ロウの実像を、現地取材を通じて映し出した、日本初のヴィジュアルブック。

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BESPOKE STYLE(ビスポーク・スタイル)A Glimpse into the World of British Craftsmanship

“ビスポーク Bespoke"、その真髄とはなにか? メンズファッションの源流となった英国のビスポーク・スタイル。これを知らずしてメンズファッションを極めることはできない。
スーツの「ヘンリー・プール」、靴の「ジョン・ロブ」、シャツの「ターンブル&アッサー」などの老舗から「ガジアーノ&ガーリング」など現代の伝統を継承する若手まで、世界に冠たるメンズスタイルを築き上げてきたロンドンのビスポークの文化、それを支える人々を現地取材により鮮明に描きだしたヴィジュアルブック。
大好評を博した『サヴィル・ロウ』に続くヴィジュアルブック待望の第二弾!

公開日:2021年7月1日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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竹林佑子

エディター、ライター。北海道出身、出没エリアは渋谷~下北沢界隈。美容・ファッション系の雑誌編集部を経て、現在は飲食媒体やショップ取材、著名人インタビューなども行う。インディーズ音楽や食べ歩き、エシカルなものづくりが好き。

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