ワルツフォーデェビー/ビルエバンストリオ

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ビル・エヴァンス(Bill Evans)の『ワルツ・フォー・デビイ(Waltz for Debby)』である。
音楽におけるリリカル(叙情的)という形容詞の意味を初めて教えてもらったのは、このアルバムだった。
世の中にはたくさんの美しくてロマンチックな歌や曲があるが、これは本当に恐ろしく美しくてロマンチックなアルバムだ。

このアルバムは1961年にニューヨークにあるヴィレッジ・ヴァンガードで2週間ほど行われたライブのできがよく、急遽、最終日の6月25日の日曜に録音された。
当日は、昼に2セット、夜に5セット行われ録音されたのだが、当時はまだ、客を呼べるトリオではなかったため、6~7割ほどしか客が入らずそのほとんどが友人や知人だったという。
そのせいか、このアルバムでは観客にちゃんと音楽を聴こうという意識が薄く、おしゃべりやしわぶき、グラスや皿の音が聞こえる。
ちゃんとしたオーディオなら地下鉄の音まで拾われているのがわかるという。
でもこれはこれで、当時のニューヨークのジャズクラブの雰囲気が伝わって結果オーライだったと思う。
最初の「My Foolish Heart」というロマンチックでスローな曲は、1949年の映画「愚かなり我が心(まんまのタイトルですね)」のサントラ。
2曲目の「Waltz For Debby」は、エヴァンスが当時2歳だったデビイという姪(兄の娘)のために書いたという。
静かなワルツで始まるが途中からグルーブしたフォービートに変わる美しい曲だ。
最後の「Milestones」は、エヴァンスとも競演したことのあるマイルス・デイヴィスの代表曲。
メンバーはピアノがビル・エヴァンス、ベースはスコット・ラファロ、ドラムがポール・モチアン。
このトリオは、ピアニストーがリーダーでドラム、ベースは脇を固めるといった従来のスタイルに対し、各々が対等にアドリブを主張し音楽を紡ぎあげていくインタープレイというスタイルをつくり、以降のジャズやピアノトリオに大きな影響を与えた。
そして、このライブの11日後に、ベーシストのスコット・ラファロは交通事故で亡くなる。

レコード会社のリバーサイドは、急遽、その追悼版としてラファロのベースプレイが目立つテイクを選び『Sunday at the Village Vanguard』を発売。
この『Waltz For Debby』はプロデューサーのオリン・キープニュースが、残ったテイクから選曲しつくられた。
だから6月25日、日曜にヴィレッジ・ヴァンガードで録音された音源は2枚のアルバムに分けて収録されることになった。
スコット・ラファロを失ったエヴァンスはなかなか、その悲しみから立ち直ることができなかった。

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