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- 10F 鉄道模型 Nゲージ 〜客車編〜
- マイクロエース 【A8527】 DD51-1140+14系500番台 急行「まりも」 7両セット
マイクロエース 【A8527】 DD51-1140+14系500番台 急行「まりも」 7両セット
従来の20系特急型寝台客車の置き換え用として、12系をベースとして1971年より製造されたのが14系です。サービス電源を20系の集中式から分散電源方式に変更し、分割・併合が容易になりました。
B寝台・A寝台・食堂車を含めて1976年までに186両製造されました。
また、当時は不定期客車列車の増発が望まれ、波動輸送用に同じ14系でも座席車としての14系が1972年から1974年までに325両製造されました。
同時期に登場した183系電車に準じ、座席は2人掛け簡易リクライニングシートを備えています。
北海道用に耐寒耐雪構造とした車両やジョイフルトレインへの改造、 24系への車種間改造された車両も行われましたが、現在では廃車が進行しています。
1949年9月に函館-札幌間昼行急行、札幌-釧路間夜行準急列車が、1951年4月より「まりも」と命名されました。根室まで延長されていた時期もありました。
1968年9月に「狩勝」に統合されて一旦消えたものの、1981年10月に石勝線開業に伴い札幌~釧路間の夜行急行として復活、1993年3月に特急格上げに伴い気動車併結列車に変更、「おおぞら」に統合され、再び「まりも」の名称がなくなりました。2001年7月1日、「スーパーおおぞら」の増発に伴い、夜行列車に「まりも」の名称が復活しました。
当セットは1982年から1993年まで、14系客車を使用していた頃の編成です
Railwayfan
2019/10/11DD51牽引の急行 まりも
https://youtu.be/N5YDEgHDx7w
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tomica-loco
2024/09/24 - 編集済み80年代半ばか?90年代に入った辺りまでは札幌駅発の21時台〜22時台は3本の寝台急行がありましたね!
21:50分発の札幌駅発ー稚内駅行き寝台急行「利尻」
稚内駅は翌朝6:00着
22:25分発の札幌駅発ー釧路駅行き寝台急行「まりも」
釧路駅には翌朝6:10分着
22:30分の札幌駅発ー網走駅行き寝台急行「大雪」
網走駅には翌朝6:22着
「利尻」と「大雪」は旭川駅まで同じ駅に停車して「利尻」は宗谷本線に入り「大雪」は石北本線へと
当時「まりも」は富良野経由で帯広駅,釧路駅でした。
少し前に、九州の寝台急行に乗る計画をしていたと話しをしたかと思いますが、実は北海道の寝台急行にも乗りたいと時間を調べたりと色々と計画を進めようかと思っていましたが、北海道の北の端や東の端まで行ったら会社の大型連休を使っても足りないと感じて断念した経緯が有りますが、今思うと東に行く「大雪」や「まりも」よりも北に行く「利尻」なら乗れたかもって思います。
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Railwayfan
2024/09/25 - 編集済みコメントありがとうございます。
なるほどこんなに急行列車のスジが札幌にあったんですね。
90年代中期生まれのワタクシは生で見たことがないので急行がたくさん行き来していたのを見てみたいです。
大雪は名称が復活したのである意味リベンジができそうですね。
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Jason1208
2024/09/25「DiscoverJapan」の1970年代から1980年代に《カニ族》と言われる若者たちが、ワイド周遊券などを駆使して、長期の休みにユースホステルやら民宿、はたまた野宿、夜行列車泊を駆使して、北海道各地を渡り歩いていたと聞きますね。
名前の由来は、当時まだ安かったカニを食べ歩いていたからとか。今ではとても真似が出来ません。(体力的に)^^;
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Railwayfan
2024/09/25コメントありがとうございます。
ディスカバージャパンは万博終了後の列車離れを防ぐために開催したキャンペーンですね(^^)
カニ族は聞いたことがあります。
長期旅行や本格的登山に適する、大量に荷物の入る大きなリュックサックは、キスリング型リュックサックと呼ばれる横長のものしかなかった。これは幅が80cm程度あり、背負ったままでは列車の通路や出入り口は前向きに歩くことができず、横歩きを強いられたというのも由来だそうですね。
昔は国内、これが今では海外旅行なんですよね〜。
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