古典的産地の種の同定について

長年蒐集を続けている三葉虫コレクターが、日々悩む事の一つとして、種の同定が挙げられるだろう。

次々と新種が見つかるモロッコ産などはそのカオスぶりが顕著で、常に市場がアカデミアに先行する為、皆好き勝手に名前を付けて回る。かくして、同じ種に対して様々な通称が出回ることとなる。

以前私は、市場での特にモロッコのファコプス類の名称のあまりの混乱に耐えかねて、自分のブログで、同国産各種ファコプス類の同定を試みたことがある。属名だけ挙げると、モロコプス、ボエコプス、アドリシオプス、ファコプスなどなど..。
今でも、特にアウステロプスなどは鑑別が難しく、宿題として残っているが、頻産するモロッコファコプス類の同定は、おおよそ網羅することが出来たのではないかと勝手に自負している。

図鑑や論文と睨めっこしながらの、中々骨の折れる作業であったが、その苦労の成果もあり、以後標本写真をパッと見ただけで、どのタイプのファコプスか判別できるという、 (おおよそ実社会では全く役に立たない) 技能を身につける事ができた。履歴書に書こうものなら、即変人扱いされてしまうだろう。

さて、当時はモロッコ産のような新しい産地こそ、種の同定が難しいものだと思い込んでいたが、現在の感覚は少々異なる。どうも古典的産地の種の同定というものが、モロッコなどのそれと、比較にならないほど大変なのだ。

何せ、参照しようにも肝心の標本の写真が少ない、あっても標本の状態が悪くて比較にならない、現物はなお市場に出回らない。そして何より、記載論文を探そうにも100年単位を平気で遡る為、論文が見つからない、標本名の変更が多すぎてシノニムのオンパレードで把握しきれない、などなど。
調べれば調べるほど、越えられない山に遮られてしまうのだ。属名の同定あたりがせいぜいの限界で、種小名の同定は、類似種が多い場合、難しいかほぼ不可能に近い。

そんな訳で、古典的産地の標本名の厳密な同定は、今のところ半ば諦めている。幸い、提供者の方がかなり詳しいことが多いので、提供時の種名をそのまま使わせてもらっていることも多い。

なお、ここでいう古典的産地とは、私のメインの蒐集対象の英国産のことであり、欧州の他の地域は事情が少々異なるのかもしれない。英国は地質学発祥の地であるだけあり、色々な記述が歴史的に古く、それで余計に困難を感じるのだろうか。

現在も、古典的産地近くで産出したという、見たことのない謎のファコプスを同定しようとしているが、すでに無駄な努力に終わる気配に塗れている。

たぶん、マニアでない一般人から見れば、それが何とかファコプスだろうが、アカステだろうが、アカストセファラだろうが、どうでもいいでしょとなるのだろうが、その辺り延々と悩んでしまうのがコレクターの性（さが）なんでしょうかね。