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Nantes and Saint Malo (フランス)
ナントはフランス西部、ロワール川流域の小河川が合流する地点に位置し、水の都となっています。紀元前1世紀にガリア人により町が形成され、紀元56年にローマ皇帝シーザーにより征服されました。その後、サクソン人、フランク人、ブリトン人、ノルマン人などの襲撃を受け衰退しますが、937年にノルマン人が排除されアラン二世によりブルターニュ公国が建国されます。しかし、後継者争いに絡む紛争が度々起こり、1491年に女公アンヌとフランス王シャルル八世が婚姻することでフランスの影響下に入り、そして1532年に正式にフランスに併合されます。歴史的に名高い1598年のナントの勅令は、この年がカトリック同盟最後の主要都市であったから、宗教対立を終息させるためにフランス王アンリ四世が勅令発出地としてこの都市を選びました。経済的は、17世紀後半の奴隷貿易で繁栄します。
サン・マロはフランス西部ランス川河口の町です。紀元前1世頃にガリア人により建設され4世紀後半までローマ統治下にありました。そして5~6世紀の西ローマ帝国の衰退とともにブリテン系ケルト人が多く移住してきました。中世には海賊の活動拠点として発展し、1590年~1593年にかけてはどこの統治下に属さない自治都市の宣言も行いました。
掲載の地図はMatthäus Merian作の「Topographia Galliae」(1655年初刊)所収のものです。