ドリピゲとオレノイデスとの違い(その1)

初版 2024/12/30 19:59

改訂 2024/12/31 21:33

先日逃したキクロピゲ。
なにしろ瞬時に売れてしまったので、値段も確認できなかった。
そこでちょっと調べてみたら、どうも40万前後だったようなんだな。
それがあっという間に売れてしまうんだからね。
あらためて複眼付キクロピゲの高さに驚くとともに、それを瞬時にかっさらってゆくコレクターにも感服してしまった。
私なんか一生かかってもコレクターにはなれそうもない。

うん、まあいいや。

そこでですね、かねて懸案だったドリピゲとオレノイデスとの差異だが、いちおう何とかわかった範囲で報告しておきましょう。

まずドリピゲ科というものがあって、これにドリピゲの仲間たちがぶちこまれているわけです。そのうちから、名の通ったやつをあげれば、まずはドリピゲ、それからオレノイデス、そしてオギゴプシスといったあたり。

で、このドリピゲ科の三本柱ともいうべき種類について調べると、記載はどれも同じくらいの時期になされておりまして、まとめれば次のようになります。

1877年、ユタのオレノイデス by ミーク
1883年、遼寧省のドリピゲ by ダメス
1887年、バージェス頁岩のオギゴプシス by ロミンガー

このうち、ダメスの記載したドリピゲについて調べると、正式名称は Dorypyge richthofeni といって、尾部に屈強なトゲを備え、そのうち最後から二番目のトゲはことのほか長いとのこと。

尾部をトゲで武装し、さらに一対の長いトゲをもっているのがドリピゲの特徴なら、こんにちドリピゲの名で呼ばれているアメリカの三葉虫は明らかにそれに該当しませんよね。つまりドリピゲではないものにドリピゲの名が冠せられてきたことになります。これは私には寝耳に水で、これまでのドリピゲ観が根底から覆された瞬間でした。

そこで気を取り直して調べてみると、dorypyge の dory- はどうやらギリシャ語で「槍」を表しているようなので、やはり一対の長いトゲがドリピゲには必須のようなのです(ちなみに pyge は尾部を表す)。そして、そういう長いトゲをもっていることを条件とするならば、オレノイデスこそがアメリカにおける正統的なドリピゲである、ということにならざるを得ません。すくなくともダメスの記載に忠実ならんとすれば、そうあるべきであります。

それなら、そのオレノイデスはどう記載されているのか?

そこでミークの1877年の論文を見ると、頭部とトゲの大部分とを欠いた不完全な標本をもとに記載が行われていて、記載者もこれが何に近縁なのか判断がつかず、パラドキシデス、オレヌス、パラボリナ、コノコリフェなどの名を挙げたうえ、「もしこれが未記載属であるならば、オレノイデス(オレヌス風の意)と称せらるべきであろう」と書いています。

その不完全な標本の図版を見ると、なるほどこれはオレノイデスに違いない、と思わせるだけの特徴を備えています。8節からなる平べったい胸部に、畝のついた大きめの尾板、それから突起の痕跡のついた広めの中軸、こういったところが、ミークのとらえたオレノイデスの特徴のようです。

元がこういったおおざっぱな記載なので、その後見つかったオレノイデスの仲間が、トゲの形状に関係なく、十把一絡げにオレノイデス属として認識されたのはごく当然のなりゆきでしょう。その結果、ユタで発見された似寄りの標本は、トゲの長さが均等なものも、特別長い1対のトゲをもつものも、すべてオレノイデスの名のもとに記載されたというわけです。

ドリピゲがもっぱらトゲの形状に注目して記載されているのに対し、オレノイデスがトゲを除いた他の特色によって記載されているので、両者を区別する共通の基準というものがなく、混乱をきたすのもやむを得なかったと思われます。

あと、オギゴプシスについて書いておけば、これは1887年にロミンガーがオギギア・クロッツィとして記載したのを、1889年にウォルコットが属名をオギゴプシスに変更しております。そのため、現在では Ogygopsis klotzi (Rominger) というふうに書かれるのがふつうだと思います。

これはおそらくバージェス産の三葉虫のうちではいちばん手に入りやすいものだと思いますが、それでもなかなか出てこないし、そもそも自在頬の欠けた標本が圧倒的多数のようです。

いずれにしても、オギゴプシスは尾部にいっさいのトゲがないので、厳密にいえばドリピゲ科に入れるのは不都合なんですが、なんとなくここに収まってしまっている、という状態がずっと続いていて、だれも違和感を抱かなくなっているようです。

というわけで、オギゴプシスは横に置いといて、どうしてアメリカ産のコリネキソクスにドリピゲとオレノイデスの二種が混在しているのか、という問題に戻りたいと思いますが、もうすでにネタも尽きたし、気力のほうも萎えてしまったので、今回はこのへんにしておきます。

また気が向いたら、続きを書きます。

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ktr

鉱物と化石の標本を集めています

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    Trilobites

    4 days ago - 編集済み

    そんな凄いキクロピゲが売り出されていたんですね、知りませんでした。

    なるほど、記名の違いも一寸したボタンの掛け違いのようなものとは思っていますが、微妙に記載者とと記載年などがズレていく事で、それぞれの記載者の着眼点も違うので、それが後に誤解を生んだり混乱を招くこともあるんですね。この辺りに興味を持って調べるコレクターは、ktrさんなど僅かですし、私たちも経緯などを学べましたし、不思議なものです。

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      ktr

      4 days ago

      ショップはフォッシレラでいまでも見られますよ。
      ドリピゲについては、まだ調べることが多くて、結論は先になりそうですね。いずれにしても、こんなめんどくさい記事にお付き合いいただき恐縮です。

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    trilobite.person (orm)

    4 days ago - 編集済み

    私もそのキクロピゲは把握していませんでした。
    値段からして、よほどいい感じの標本だったんでしょうか。

    早速ドリピゲとオレノイデスの差異、調べてくださったんですね。
    オレノイデスは属レベルでの記載では、棘の形状が関係ないというのは意外と言えば意外ですが、種によって長さや形に一貫性がなく、てんでバラバラなので、道理に合っている気もしますね。

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      ktr

      4 days ago

      なんか頭と側葉にトゲが生えていましたね。複眼もまあまあでした。
      ドリピゲ関連、いちおうざっと調べただけで、ちゃんとした形になっていないので、もう少しがんばってみます。
      それにしてもネットの資料というのもすごいですね。個人でひとつ大図書館をもっているようなものですね。

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