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1999年3月10日 東京ディズニーシー キャラクターコスチュームデザイン案 - チップ&デール by Christopher Merritt
1999年3月10日に描かれ、当時、「東京ディズニーシー」プロジェクトチームにて検討されていた「東京ディズニーシー」のキャラクターコスチュームのデザイン案/コンセプトアートです。Christopher Merritt氏によるデザインで、当時、Walt Disney CompanyでImagineerとして「東京ディズニーシー」のコスチュームやキャラクター、アトラクションのデザインを担当していました。 コンセプトアートでは、「チップ」も「デール」も帽子が緑色ですが、実際のコスチュームは「チップ」がターコイズブルー(緑がかった青色)の服とオーキッドパープル(赤紫色)の帽子、「デール」がオーキッドパープルの服とターコイズブルーの帽子になっていました(色名は私の勝手に近いと思われる色を書きました)。 2000年代半ばぐらいまで、この衣装を見ることがありましたが、現在は見かけなくなりました。
コンセプトアート コスチューム コンセプトアートMAIHAMA
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1982年 Marc Davis/マーク・デイヴィス オリエンタルランド身分証明書
ディズニーのNine Old Men/ナイン・オールドメンの一人であるMarc (Fraser) Davis/マーク・デイヴィス氏のオリエンタルランド身分証明書(1982年11月2日発行)です。「東京ディズニーランド」建設期間中の来日の際に作成されました。 Marc Davis氏は、「東京ディズニーランド」の建設にも多く携わり、開園後も来日された際には日本のディズニー関係者やディズニー・ファンに熱烈な歓迎を受けました。 Marc Davis氏が、この身分証明書を大切に保管してくれていたことだけで、少し感動します。 Marc Davis氏については、こちらで記載するより、インターネットで検索いただく方が、より多くの情報が得られると思いますので、ご紹介は割愛します。 2024年4月にMarc Davis氏とAlice Davis氏の夫妻の遺品ならびコレクションが、アメリカのオークションに出品された際に、購入しました。コンセプトアートをはじめ、二つとないとても貴重な作品、史料が多く出品され、いずれもかなりの高額で落札されました。私は、かろうじて数品だけ落札できましたが、、、
Marc Davis マーク・デイヴィス Marc Davis マーク・デイヴィスMAIHAMA
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東京ディズニーランド 完成披露式 1983年4月11日 - 英語
1983年4月11日に開催された「東京ディズニーランド」 完成披露式典への英語の招待状です。 当日のアジェンダ、イベントの詳細が分かる史料です。
グランドオープン 関係者 関係者MAIHAMA
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ウォルト・ディズニー・レガシー・アワード
「ウォルト・ディズニー・レガシー・アワード」とは、2年に1回、全世界のディズニーパークから選出、表彰される、最も栄誉あるアワードです。在籍中に1回しか受賞することができません。 「東京ディズニーリゾート」にとって2023年度はこのレガシーアワードの初めての受賞参加になりますが、2023年度においては、「東京ディズニーリゾート」から23名のキャストが受賞しました。 このアワードを受賞するキャスト、社員は、グローバルで共通の青地のネームタグと、このレガシー・アワードのピンが贈られ、パーク内でもゲストの目に留まることになります。 このアワードピンには、一箇所、ダイヤモンド(?と聞いていますが違っていたらすみません)が埋め込まれていて、高い栄誉とともに、とても高価なピンにもなっています。
ウォルト・ディズニー・レガシー・アワード アワード ウォルト・ディズニー・レガシー・アワードMAIHAMA
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1970年代 東京ディズニーランド誘致 サイトマップ初期案
1970年代に「オリエンタルランド」が現在の「東京ディズニーランド」を誘致するために、当時のウォルト・ディズニー社へ提案の際に使用したサイトプランのパネルです。 パネル右上には、「SITE PLAN FOR THE TOKYO DISNEYLAND」と記されてますが、現在の「東京ディズニーランド」パークのレイアウトとは、当然ながら多くの点で異なっていますが、特筆すべき違いは、2点。 一つ目はパークの向き、二つ目はパーク全体像です。 1)パークの向きですが、当時のサイトプランでは、現在のJR京葉線に並行するように「東京ディズニーランド」の「ワールドバザール」のメインストリートが通っています。つまり、このサイトプランでは、メインストリートがパーク入り口から西北西方向にありますが、現在のメインストリートは南南東方向にあり、google mapで計測してみたところ、約140度ほど向きが変わったことになります。 ちなみに、現在の「東京ディズニーランド」の方角がこのようになった理由は分からないので、今度、調べてみたいと思います。 2)パーク全体像は、見ての通り、アメリカの「ディズニーランド」や「ウォルト・ディズニー・ワールド」を参考にしたパーク構成で、鉄道がぐるりとパーク外周を一周し、「メインストリートUSA」が中央エリアまで延びています。また、少し興味深いのは、「トゥモローランド/Tomorrowland」の名称の下に「FUTURE DEVELOPMENT ZONE」と記されています。
サイトマップ サイトマップMAIHAMA
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2000年 イクスピアリ キャスト ネームタグ - サンプル
「イクスピアリ」のキャスト・ネームタグのサンプルです。このデザインは、2000年7月1日から使用されてました(イクスピアリ開業日: 2000年7月7日)。 「東京ディズニーリゾート」およびディズニー関連のネームタグは、他のディズニーパークと一緒に、グローバルで一括でデザインされていました(現在も、そうなのかは分かりませんが、近年のネームタグは大元のデザインの凹凸がなくなりましたので(単に印刷)、各国で製作されているのかも知れません)。
キャストネームタグ イクスピアリ キャストネームタグMAIHAMA
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1979年 オリエンタルランド/東京ディズニーランド 社員向け教育冊子
1979年から1980年にかけて制作された「We Create Happiness」という「オリエンタルランド」の社員向けの冊子です。 約20ページにわたり、「ディズニー」の哲学・考え方、そしてそれらを日本にどう適用し「東京ディズニーランド」というファミリー・エンターテイメントを作っていくのかが記されています。 当時はまだ「オリエンタルランド」の社員でも「ディズニー」への理解がマチマチだったんだと思います。「東京ディズニーランド」の初期を学び取ることができる貴重な一冊です。
社員 We Create Happiness キャストMAIHAMA
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1982年 オリエンタルランド/東京ディズニーランド エンターテイメント部 紹介冊子
開園を翌年に控えた1982年、「オリエンタルランド」が「東京ディズニーランド」でのエンターテイメント部門の社員およびキャストを募集するために、作成した「ENTERTAINMENT DIVISION/エンターテイメント部」の紹介冊子です。 全14ページにわたり、「ディズニー」および「東京ディズニーランド」の概要、各エンターテイメントの紹介が記されています。「ディズニー」のエンターテイメントに対する考え方を学ぶには、貴重な資料です。
エンターテイメント キャスト ショーMAIHAMA
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1979年〜1981年頃 オリエンタルランド会社案内 「すばらしい人間とその世界」
1979年〜1981年頃に制作されたオリエンタルランド会社案内「すばらしい人間とその世界 -ファミリー・エンターテイメントを目指して」です。 1979年4月30日にディズニー社(Walt Disney Productions)とオリエンタルランドとの間で「東京ディズニーランドの建設および運営に関する契約」(基本契約)が締結され、建設に向けてオリエンタルランドの事業規模そのものを急速に大きくしていくことになりました。新卒採用も積極的に行うために、当時まだ国内での認知度の低かった「ディズニー」や「東京ディズニーランド」そして「オリエンタルランド」の企業目標、歴史、事業等を紹介する内容となっています。 私は複数冊、この会社案内を持っているのですが、それぞれ微妙に異なるのが最終ページにある組織や役員案内のページです。組織がどんどん大きくなり、組織や役員が頻繁に変わっていくため、会社案内の最終ページは印刷が追いつかず、紙やシールを貼ってアプデートしていました。相当めまぐるしく変わっていたんでしょうね。
すばらしい人間とその世界 会社案内 関係者MAIHAMA
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1990年頃 DISNEYテーマショーの秘密 - キャスト向けトレーニングビデオの台本
1990年頃に「オリエンタルランド ユニバーシティ課」で制作されたキャスト向けのトレーニングビデオ「DISNEYテーマショーの秘密」の台本です。 私はこのビデオを見たことはないのですが、「ミッキーマウス」、「ドナルドダック」、「ジミニークリケット」などのキャラクターが、「ウォルト・ディズニー」の想いや哲学、「東京ディズニーランド」のテーマショーなどを紹介する内容になっています。
DISNEYテーマショーの秘密 台本 研修MAIHAMA
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1989年 オリエンタルランド入社案内 - ALICE'S DREAM
1989年にオリエンタルランド 人事部人事第二課が作成した、新卒向けの入社案内です。 ウォルト・ディズニーとロイ・ディズニーが若かりし頃に制作していた「不思議の国のアリス」の「アリス・コメディ」という作品がありますが、「オリエンタルランド」および「東京ディズニーランド」の入社案内をこの「アリス・コメディ」に見立てて作成しています。 内容はとても面白く、最終的には「オリエンタルランド」各部署の紹介に結びつけています。
入社案内 関係者MAIHAMA
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SCI-FI CITY - 幻の東京ディズニーランド トゥモローランド再開発計画
1990年代後半に「東京ディズニーランド」の「トゥモローランド」エリアの再開発『SCI-FI CITY』(サイファイシティ)が検討されていました。こちらの資料は、1997年9月2日に策定されたプロジェクト検討フェーズ2: CONCEPT DEVELOPMENT の資料(全68ページ)です。 『Sci-Fi City』計画は、なかなか表に出ている情報や資料がなく、コンセプト、バックグランドストーリーなど不明なことが多いです。 しかし、ウォルト・ディズニーの「ディズニーランドは永遠に完成しない。この世界に想像力が残っている限り、成長し続ける。」の言葉の通り、世界のディズニーパーク、オリエンタルランドでは、新しいテーマパーク、アトラクション、ショー、フード、グッズなど常に検討されているんでしょうね。その中で実現して私たちが目にすることができるのはごく一部で、ほとんどがお蔵入りしているんだと思います。 さて、この計画は、コンセプトから概要設計、1/100スケールモデルの作成まで進みましたが、同時並行で進んでいた「東京ディズニーシー」の計画および建設にディズニー側、オリエンタルランド側も注力することになり、実現には至りませんでした。 ご承知の通り、「トゥモローランド」の再計画は、2022年4月27日に『東京ディズニーランドのアトラクション「スペース・マウンテン」および周辺環境の一新について』が発表され、2027年に新しくオープンする予定です。 『SCI-FI CITY』は、既存のいくつかの施設を新しいコンセプトに合わせて活用&改装しつつ、新しいアトラクション等を建設する計画でした。 『SCI-FI CITY』は、「COSMIC WAY」、「GALATIC CIRCLE」、「CRATER TOWN」、「TECHNO ZONE」の4つのエリアで構成されてます。 COSMIC WAY: 「ビジョナリズム」(現: 「バズ・ライトイヤーのアストロブラスター」)と「ミクロアドベンチャー」(現: 「スティッチ・エンカウンター」)の間の路を『Sci-Fi City』のメインストリートとして位置づけ、1940年代、1950年代にアメリカで描かれていた未来の建物を配置し、未来の技術や機械などを感じさせるエリア。 GALATIC CIRCLE: 現在の「スペース・マウンテン」を改装した「HYPERSPACE MOUNTAIN」およびその前の広場を中心としたエリア。「HYPERSPACE MOUNTAIN」前の円形広場を囲うように、隣の「CRATER TOWN」から伸びる「Rocket Bikes」が橋上を走ります。 CRATER TOWN: 架空の惑星「Manus」。英語では、”a moon”と表現されている箇所があるので、どこかの惑星の衛星という設定のようです。この惑星は非常に強力な重力を持ち、宇宙空間を飛んでいるすべてのものは軌道から引き裂かれ、Magnusに衝突し、沢山のクレーターがMagnus表面には存在しています。このMagnusの鉱山開発している企業「Magnus Mining and Mineral Corporation」が保有するさまざまな工作機械、キャタピラー車両などがクレーターが点在しています。 この惑星の街「Crater Town」からゲストが”Rovers”と呼ばれるヴィークルに乗り、グランプリレースとして惑星の表面を運転するアトラクションが「Lunar Rovers」で、当時の「グラントサーキット・レースウェイ」を一部コース変更したりして改装したライドアトラクションです。 同じくライドアトラクションとして、「Rocket Bikes」という銀河系で一番の速さを競うバイクレースのアトラクションも計画されてました。Magnusでは、強い重量の影響で、宇宙船によるレースができないため、バイクレースを、ということのようです。このレースは、町の境界で秘密裏に行われ、ロケットジョッキーには、銀河の隅々から人間、宇宙人、さらにはアンドロイドまでもが、戦いに参加しにきます。失われた船の残骸を探し回って、貴重なロケット燃料やスペアパーツを探し、バイク競争に勝つというストーリーのようです。 当時の「スタージェット」は、「Flying Saucers」として、スペースシャトルから円盤のアトラクションに改修される計画でした。「Flying Saucers」の特徴として、2人乗りですが、ゲストが横に前後逆方向に乗り込み、円盤が回転しながら飛ぶようです。 「トゥモローランド・テラス」は、「Cantina」という宇宙船内部のようなイメージのレストランに改装の計画でした。 TECHNO ZONE: 既存の「Showbase 2000」、「Star Tours」、「Meet the World」、「Pan Galactic Pizza Port」、「Soft Landin」、「Cosmic Encounter」のアトラクション、フード、ショップなどはほぼそのままに、「Plaza Restaurant」を改装して「Area 51」という、まるで墜落したUFOに乗っていたエイリアンが運営してるような雰囲気(雰囲気とは、バックグランドストーリーは不明で、イメージボードからの私の勝手な解釈です)のレストランにする計画でした。 2027年に生まれ変わる「トゥモローランド」とは全く異なる『SCI-FI CITY』、もし『Sci-Fi City』が実現していたら、、、妄想が広がります。
Sci-Fi City コンセプトアート サイファイシティMAIHAMA
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1983年9月23日(金)〜9月25日(日): スペシャル・イベント “ALL THAT JAZZ” 台本
1983年9月23日(金)〜9月25日(日)に開催されたスペシャル・イベント「ALL THAT JAZZ/オール・ザット・ジャズ」イベントの台本です。 多くのエンターテイナーの方によるショー、演奏がパーク内6つのステージで行われていました。 当時のイベントを現地で生で観たことも、映像で観たこともないので、台本を眺めながら当時の様子を勝手に想像してみてます。 台本からは、ステージショーには多くキャスト、関係者の方々の支えによるものなんだと改めて感じることができます。
プロップ 台本 関係者MAIHAMA
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1983年10月8日(土)〜10日(月) 音楽の旅 世界はひとつ 台本
1983年10月8日(土)〜10日(月)に「東京ディズニーランド」で開催された「音楽の旅 世界はひとつ The Small World 」イベントの台本です。 「東京ディズニーランド」開園当初は、多くのイベント、ステージショーが開催されてました。当時は、単発のイベントでは、台本が手書きで丁寧に書かれていたものもあったようです。
プロップ 台本 関係者MAIHAMA
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2006年 東京ディズニーシー 5周年記念 ミステリアスアイランド 外灯オーナメント&バナー
「東京ディズニーシー 5周年記念」イベント期間中(2006年9月4日〜2007年9月3日)、ミステリアスアイランドの外灯に取り付けられていたオーナメントとバナーです。 「東京ディズニーリゾート」で開催された「DISNEYANA FAN FESTIVAL 2008」にて、オーナメントとバナーがそれぞれオークション出品され、それぞれ別の方が落札しました。その後、奇跡的にその両方が私の手元に揃いました。 現在は寝室に飾り、毎日楽しんでいます。私のディズニーコレクションの中で最も大切なグッズの一つです。
ミステリアスアイランド DISNEYANA ディズニアナMAIHAMA