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'81.4.23 タイガーマスク デビュー戦ミニポスター
サイズ / 420×220mm タイガーマスク衝撃のデビューとなった1981年4月23日『ビッグファイトシリーズ 第2弾』 蔵前国技館大会のミニポスターです。 パンフレット同様、タイガーについては全く触れられていません。 https://muuseo.com/yukio/items/14?theme_id=27378 https://muuseo.com/yukio/items/350?theme_id=20092 https://muuseo.com/yukio/items/125?theme_id=43285
ポスター 420mm×220mmTORA
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サンボ入門
スポーツ新書 発行所 : ベースボールマガジン社 発行 : 1977年12月25日 第1版第1刷 1986年3月15日 第1版第4刷 スーパー・タイガー / 佐山聡さんが宣伝帯に起用されています。 本コレクションは1986年の第1版第4刷です。 この当時、日本ではまだサンボの普及は遅れていました。 そのサンボを国内に広く知らしめたのは、間違いなく佐山さんを筆頭にしたUWFでした。 佐山さん、前田日明選手らが、本書を貪り読んで研究しているという紹介記事を読んで、すぐに購入に走った、思い出深い1冊です。 また、佐山さんはこの年のサンボ全日本大会に出場エントリーしたり、サンボの第一人者 ビクトル古賀さんの著書『これがサンボだ!』では実演モデルを務めています。 https://muuseo.com/yukio/items/317?theme_id=27378 https://muuseo.com/yukio/items/166?theme_id=20298
書籍 佐山聡 ベースボールマガジン社TORA
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小学四年生 1982年12月号
【小学四年生】1982年12月号 発行 / 小学館 タイガーブーム真っ只中に発刊された小学館の学年別・学習雑誌にも特集が組まれています。 画像5枚目 / 来月号の付録予告には、『ビック ピンナップ タイガーマスク』とあります。 どんなピンナップだったか非常に気になるのですが・・・
書籍 タイガーマスク 小学館TORA
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'83.新春黄金シリーズ 元旦大会
1983年1月1日に後楽園ホールにて開催された『新春黄金シリーズ』開幕戦のチケットです。 タイガーマスクは第6試合に出場し、以下の結果を残しています。 ◯タイガーマスク グラン浜田 (10分26秒 体固め) ブラック・タイガー ×カルロス・ホセ・エストラーダ
チケット タイガーマスク 1983年TORA
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'82.5.2 後楽園ホール大会チケット
『'82 ビッグ・ファイト・シリーズ』1982年5月2日 後楽園ホール大会チケットです。 タイガーマスク3大ライバルの1人、"暗闇の虎"ブラック・タイガーが初登場したシリーズ。 チケットにも写真で紹介されていますが、そのマスクの下は、あきらかにマーク・ロコ(=B・タイガー)とは別人です。 尚、4月22日に開幕したこのシリーズ、タイガーは25日山形大会で右ヒザの負傷に見舞われ、5月1日から欠場しており、この大会に出場はしていません。
チケット タイガーマスク 1982年TORA
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'82.1.8 後楽園ホール大会 半券
『'82新春黄金シリーズ』開幕戦 1982年1月8日 東京都体育館大会 チケットです。 この日のメインは A・猪木 & 藤波辰巳 & タイガーマスク vs A・ブッチャー & D・キッド & B・フェイス という新春の幕開けに相応しい豪華なカードでした。 https://muuseo.com/yukio/items/750?theme_id=27378
チケット タイガーマスク 1982年TORA
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THE WRESTLER VOL.6 - '82.1.8 後楽園ホール大会パンフレット
『'82新春黄金シリーズ』開幕戦 1982年1月8日 東京都体育館大会 / 「本日の試合」スタンプ付き この日のメインは A・猪木 & 藤波辰巳 & タイガーマスク vs A・ブッチャー & D・キッド & B・フェイス という新春の幕開けに相応しい豪華なカードでした。 この試合でブッチャーがタイガーに見舞ったショルダー・タックルはあまりに強烈で、まさに「ヘビー級の壁」を痛感させられました。 https://muuseo.com/yukio/items/751?status_to=open
プロレスパンフレット タイガーマスク 1982年TORA
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『WRESTLING'S MAIN EVENT』 '82.8号
『WRESTLING'S MAIN EVENT』 1982年8月号 アメリカのプロレス雑誌。 「World Round-Up」で、藤波辰巳さんの結婚式やタイガーマスクの写真が掲載されています。 記事中、IWGPの予選リーグについて記されています。 本誌中にはA・猪木の特集が3Pに渡り組まれています。
書籍 タイガーマスク 1982年TORA
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Wrestling magazine June-July 1982
アメリカのレスリング雑誌『Wrestling magazine 』1982年6-7月号です。 本誌中「Wrestling News」で、新日本プロレスの'82 ビックファイトシリーズ展望とともに、タイガーマスクの写真が掲載されています。 記事では、タイガーマスクのタイトルに挑戦するため、J・エストラーダ、NWA Jr. 王者 L・ソントンが来日することが紹介されています。 しかし、ブラック・タイガーに関しては記述されていません。
書籍 タイガーマスク 1982年TORA
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'78.2.9 『新春プロレスファンの集い』チケット
1978年2月9日 新春黄金シリーズ 最終戦 東京体育館大会『新春プロレスファンの集い』 同月15日放送の水曜スペシャルでTV中継されたこの大会では、15人参加のバトルロイヤルが行われ、キャリア2年目の佐山さんも出場しています。 このバトルロイヤルで、山本小鉄、長州力、ストロング小林、藤原喜明、小林邦昭、アレン・コージといった錚々たる面々と同じリングに立っています。 画像5枚目 / 「G SPIRITS Vol.60」に掲載の佐山さんのインタビューでは、この試合について触れられています。
チケット 佐山聡 1978年TORA
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サミー・リー出場大会ポスター / 81.2.7
1981年2月7日 イギリス ハンリー ビクトリアホール大会 タイガーマスクの前身『サミー・リー』が出場した大会の興行ポスターです。 対戦カードはサミー・リー & ボビー・ラン vs ザ・ロッカーズ。 興味深いのは、対戦カードの『SAMMY LEE』の文字の下に小さく「Satoru Sayama」でなく「Ricki Kawaski・・・from Japan」と表記されていることです。 この名前は、師匠カール・ゴッチにより用意されたリングネームでした(「イギリス人が発音しやすい」との理由で考案)」。 しかし、佐山さんの動きを目の当たりにしたプロモーターのマックス・クラブトリーにより「ブルース・リーの従兄弟」というギミックが考えられ、『サミー・リー』が誕生しました。 「Ricki Kawaski」という名が用意されていたのは有名な話ですが、このように公式に表記されていたというのは新しい発見でした。
ポスター サミー・リー B2TORA
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Wrestling Revew - サミー・リー時代のプログラム
タイガーマスク前夜、イギリス『SAMMY LEE』時代のプログラムです。 "THE AMAZING ACTION STYLE OF JAPAN'S SAMMY LEE" の紹介文と共に表紙を飾っています。 掲載写真は、サミー・リーが初めてロイヤル・アルバート・ホールに立った 1980年10月15日の "Soul Man" デイブ・ボンドとの試合のショットです。 さらに中面では、有名なプロモーション写真の切り抜きと共に、映画のプロモーションでイギリスを訪れていたジャッキー・チェンが、サミー・リーの試合を観戦したという記事が掲載されています。 本プログラムは、1981年1月12日 ポーツマス ギルドホール大会のものですが、この大会にサミー・リー自身は出場していません。 同日は、シュールズベリー大会に出場、サイアナイド・シッド・クーパーと対戦した記録が残っています。
プロレスパンフレット サミー・リー 1981年TORA
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LUCHA LIBRE No.1097
LUCHA LIBRE 1985年1月22日号 メキシコのルチャ・リブレ雑誌です。 特集記事で、サトル・サヤマがスーパー・タイガーとなって活躍していることが記されています。 画像6枚目 / スタン・ハンセンの特集も見られます。
スーパー・タイガー B5 1985年TORA
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LUCHA LIBRE No.791
LUCHA LIBRE 1979年3月11日号 メキシコのルチャ・リブレ雑誌です。 タイガーマスク以前、メキシコ修行時代の貴重な資料ですが・・・スペイン語のため、全く読めません(-。-;
書籍 サトル・サヤマ B5TORA
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サミー・リー出場大会ポスター / 81.7.5
1981年7月5日 イギリス ブラックプール大会 興行ポスター タイガーマスクとしてデビューした後の6月末から佐山さんは再渡英し、約1ヶ月間『サミー・リー』として試合を行っています。 この日の対戦カードは vsサイアナイド・シッド・クーパー 。 ’80年10月8日サウスエンドにおけるサミー・リー デビュー戦での対戦相手です。 シッド・クーパーとは、僅か半年余りのサミー・リー活動期間中、30戦近くシングルで対戦した記録が残っています。 '80年10月、佐山さんが初めてイギリスに渡った翌日、プロモーターのマックス・クラブトリーの前で行ったスパーリングの相手を務めたのもシッド・クーパーでした。 そのスパーリングでの佐山さんの驚異的な動きを目の当たりにしたクラブトリーが、アジア人の大スター ブルース・リーを想起して『サミー・リー』が誕生しました。 シッド・クーパーは中堅の悪役レスラーでしたが、要所での起用のされ方から、信頼に足る実力者であったことが伺えます。
ポスター サミー・リー B2TORA