【手彫証券印紙】「プレートリコンストラクション」について
初版 2022/11/11 21:36
改訂 2022/11/12 19:29
このLabジャーナルとミュージアムでは、手彫証券印紙第5次発行1銭黒印紙のプレートリコンストラクションの成果を紹介しています。
この「プレートリコンストラクション」とは一般には耳慣れないコトバなので、改めてどのような作業なのか、具体的にはどんなことをやったのかということを、自身の備忘録も兼ねてLabログとしてご紹介することといたしました。少し長ったらしい文章になってしまい恐縮ですが、どんなことをやっているのか、少しでもお伝えできればと思っております。
プレートリコンストラクションとは?
「プレートリコンストラクション」とは、「プレート」を「リコンストラクション」する、すなわち、印紙や切手の印刷で使われた「版」を再構築することを意味します。具体的には、バラバラの印紙や切手を使って、原版の形=シートの形を作り上げるという作業です。
バラバラの印紙や切手を元のシートの形に復元するには、その印紙や切手がシート上のどの場所(ポジションと言います)に当てはまるのかが決定できるほど、その印紙や切手が一枚ごとに十分な特徴を持っている必要があります。手彫証券印紙や手彫切手の場合、シート上の全ての位置の印紙や切手が手彫されているので、基本的に一枚一枚が違っており、原理的にはシートを復元することが可能です。
このため、例えば元のシートが残っていたり、シートの写真が残されている場合は、その(一枚の)印紙や切手をシート上のものと見比べて、同じものを探すことで、シート上のポジションを確定することができます。この作業を数多くの印紙や切手を使って繰り返せば、やがて、バラバラであった印紙や切手を元のシートの形に組み直すことができます。
この作業は、シート再構築、シート復元やシートリコンストラクションと言われ、手彫切手を収集されておられるコレクターの間ではしばしば行われています(主要な切手のフルシートの写真が残っているので)。
さて、手彫証券印紙の場合、ごく最近まで画質の良い画像を入手することができず、また、収集人口も極めて少ないため、シートを再構築するための手立てがありませんでした。今年(2022年)になって、長谷川純さんにより「手彫証券印紙」が上丁され、その中にフルシートや大ブロック(シートの一部が大きな塊として残っているもの)の良解像度の写真がふんだんに収録されているので、ものによっては、手彫切手と同じような方法でバラバラの印紙をシートの形に組み直すことが可能となったと考えています。実にありがたいことです(現在、第5次発行10銭印紙でチャレンジ中)。
さて、私が第5次発行1銭黒印紙のシート再構築をやろうと思い立った2年ほど前には、今のようなシート写真などが存在しなかったので、画像合わせでシートを復元することは不可能でした。
このため、複数枚が繋がったペアやストリップをたくさん使って、それらを重ね合わせて、パズルのような形で、元のシートを再構築するしか手立てはありませんでした。
このことは画像合わせでシートを復元することとは全く違った作業で、しかも、その印紙が二つある版(Plate I, Plate II)のどちらに所属するのかということまで含めての再構築作業であったので、版を再構築するという意味で「プレートリコンストラクション」というコトバを使っている次第です。
プレートリコンストラクションの原理
どんなパズルもそうですが、何らかのヒントがなければそのパズルを解くことは困難です。
第5次発行1銭黒印紙の場合、他の手彫証券印紙と同様にとシート構成は10列x5行の50枚構成であることがわかっており、シートの左上から右下にかけて、シート上の位置(ポジションといいます)の番号が振られています。
追加で与えられている二つのヒント、
1)版は2つ(Plate IとPlate II)、
2)Plate IIの8番印紙(Pos.8と略して書きます)には、「左銭字たすき落ち」エラーがある、
を元に再構築に挑むことになりました。
先ほど「複数枚が繋がったペアやストリップをたくさん使って、それらを重ね合わせて、パズルのような形で、元のシートを再構築する」という作業である、と述べましたが、この重ね合わせ作業が最も大事なので、少し詳しく説明いたします。
まず、日本の昔の切手や印紙は、複数枚が連なっているものは基本的に縦に繋がっているものが多いという特徴があります。これは、当時は原則として縦書きであったため、印紙の場合には証書の余白(=印紙を貼ることができるスペース)も自然と縦長になっていたためと考えています。
1銭印紙の場合、ありがたいことに、シートの一列、縦5枚(縦5枚ストリップといいます)がそのまま貼られた証書が比較的豊富に存在するので、原理的には、異なる20種類の縦5枚ストリップを入手することができたら、二つの版を構成する印紙を全て揃えたことになります。縦4枚や縦3枚ストリップ、縦二枚のペアの場合、共通の印紙を持っているもの同士を連結することによって、縦5枚ストリップを作り出すことが可能なので、手間はかかりますが、原理的には同じです。
ただし、縦5枚ストリップがいくら揃ったところで、それがシートの何列目であるのか、横並びの順番はどうなるかは分かりません。これを明らかにするには、縦ストリップ同士を横方向に連結するための横ペア以上の横ストリップが必要です。具体的には、縦ストリップと横ストリップで、同一の印紙を含むものを探し出して、二つのストリップを共通の印紙の場所で重ね合わせて連結する、という作業です。
このように、縦ペアやストリップを横ペアやストリップで連結することを繰り返して、シート全体を縦横のストリップで埋め尽くしたものを2種類作り出すこと、これが第5次発行一銭黒のプレートリコンストラクション作業です。大きなブロック(例えば二列がつながっている10枚組)があれば手間はぐっと減りますが、基本的には同じ手順の繰り返しです。
実際の手順
文章で書くと長ったらしくなって分かりにくくなってしまっているので、以下では簡単な例で説明します。
この実例では、証書に貼られている横7枚のストリップと、複数の縦5枚ストリップのうち一番上の印紙が左銭字タスキ落ちエラーとなっている縦5枚ストリップが主役となります。ちなみにこの2つのストリップは私が実際にプレートリコンストラクションに着手するにあたって非常に重要な役割を果たしてくれた、貴重なマテリアルです。
この二つの縦横ストリップ、主役とは言いながら残念ながら共通の印紙がなく、このままでは二つのストリップの関係性は不明のままです。
しかるに、手持ちの他の縦ストリップを調べたところ、幸いにも縦5枚ストリップの一番下の印紙が横7枚ストリップの左から6枚目の印紙と同じもの、すなわち同一ポジションであるものが見つかり、下の図のように、二つのストリップが同一ポジションの印紙で連結されたパーツを作ることができました。
また、このことから、横7枚ストリップはシートの最下行で、Pos.41からPos.50のうち、連続する7ポジションであることが分かりました。取りうるポジションの範囲がぐっと狭まったことは、ストリップ単体の時から比べると大きな前進です。
なお。連結できた縦5枚ストリップの一番上の印紙には銭字タスキ落ちエラーはありませんでした。実はこのことが後ほどけっこう重要な手掛かりになるのです。
次に、手持ちの横ペアやストリップを調べた結果、ある横3枚ストリップが、先程の縦5枚ストリップと図の位置で同じ印紙を含んでいることがわかって、めでたく同一ポジションの印紙同士で連結できて、パーツが少し大きくなりました。でもまだこの段階では各印紙のポジションはおろか版別(Plate IなのかPlate IIなのか)すらも分かっていません。
さて、このパーツは結構大きくて、横方向で印紙8枚分の幅があります。そこでこのパーツがシートの中でどこに入り得るのかを考えると、シート上の位置としては次の図に示す3通り(a,bもしくはc)しかありえません(これ以外だとどこかがシートからはみ出てしまいます)。また、版が二つあって、それぞれの版のシートに当てはまるのが3通りなので、全体の可能性としては3x2=6通りとなります。
しかしながら、シート状の位置がc)であれば縦5枚ストリップの一番目の印紙はPos.8になりますが、先程述べたとおり、この印紙にはエラーがないので、Plate IIではありえないことになって可能性が一つ減ります。この結果、このパーツが当てはまるのは版とシート上の組み合わせとして5通りになりました。エラー付き印紙の位置情報のおかげで選択肢を1つ減らすことができたことになります。
このように選択肢がある程度まで絞られた段階で登場するのが、冒頭で紹介した主役の一人、1枚目がタスキ落ちエラーの縦5枚ストリップです。
上の図で連結パーツがシート上で取りうる場所を再度確認すると、連結された横3枚ストリップは、全体パーツのシート上の位置がa,b,cいずれの位置でもどこかで必ず第8列目と重なることがわかります。aだと右端、bだと真ん中、cだと左端の印紙が第8列目になりますね。
さて、このエラー付き縦5枚ストリップは、エラー印紙の情報(Plate II, Pos. 8)からPlate IIの第8列目の縦5枚ということがわかっているので、この縦5枚ストリップの上から二枚目の印紙が、
1) 横3枚ストリップの右端もしくは真ん中の印紙と同一(すなわちパーツがaもしくはbの位置)であれば、パーツ全体がPlate IIとなり、かつポジションも確定する、
2) 上のように一致しなければ、パーツ全体はPlate Iで、シート上の位置は3通り(a,bもしくはc)考えられる、
のように、多くのことがらがわかるキーポイントであることがわかります。
そこでドキドキしながら調べてみると、エラー付き縦5枚ストリップの上から二枚目の印紙は、横3枚ストリップの右端の印紙と同一であることが分かりました。
この瞬間に、連結パーツの全ての印紙がPlateIIであることがわかり、連結パーツのシート上の位置がaであることから、全ての印紙のシート上の位置、すなわちポジションも一気に確定しました。
以降は、同様の手順でこのパーツ(Plate II)と連結するペア、ストリップやブロックを探し、パーツを拡張するとともに、Plate IIに当てはまらないものはPlate Iとして、そちらで同様の捜索作業を行う、ということを延々と繰り返すことで、約2年がかりで、ようやくお披露目できるような状態まで仕上げることができた次第です。まさに論理パズルを解くような作業で、最後の方に近づくにつれて一気に加速するという面白い経験でした。
私の場合、プレートリコンストラクションが成功したのは、この例で紹介した横7枚ストリップがあったことが非常に大きな役割を果たしていると考えています。現在では、この横7枚ストリップが無かったとしても同じ結果が得られることが確認できていますが、恐らくプラス1年以上はかかった可能性があります。如何に横ストリップが重要な役割を果たすのかということを身に染みて感じた次第です。
面白いことに、作業の前半はここで紹介した続きでPlate IIが順調に進んだのですが、後半になって、大きなパーツ3個ができたもののそれら同士の並び順が長らく分からなかったPlate Iで大きな進展がみられ、そのおかげでPlate IIで行き詰まっていたいくつかのポジションが一気に確定した、ということがありました。推論を重ねていき、それが一気に解消したという感じで、実に心地よい瞬間でした。
このような経緯でようやくフルシートの形ができたのですが、両方の版でそれぞれ2つのポジションに上手く連結するペア、ストリップにまだ出会えておらず、どのポジションにも所属しない4枚の印紙を、長谷川(2022)のブロック画像と照合してシートの穴を埋めてある状況です。したがって、正確に言えばシート再構築は完了したものの、真のプレートリコンストラクションまであと4手という、ゴール寸前の状態であります。
面白いもので、手持ちの沢山のペアを見てみても、抜けているポジションと重なるものは現時点では見つかっておらず、リコンストラクションの神さまに最後にちょっとした意地悪をされているようです。何事も同じですが、一緒懸命に探している間はダメで、力を抜いたころにふと巡りあえるような気がしています。