「脇なし二つ折り葉書」について
初版 2022/11/03 15:40
改訂 2022/11/03 18:16
このLabジャーナルでこれからご紹介する箱場印の多くは、脇なし二つ折り葉書に押されたものです。
「脇なし二つ折り葉書」というコトバは普段はあまり耳にすることがなく、どのようなものかわかりづらいと思われます(かく言う私も、10年ほど前に切手収集を再開するまでは聞いたことがありませんでした)。そこで、主題の箱場印のご紹介に先立ち、この興味深い葉書について簡単に説明させていただきます。
脇なし二つ折り葉書という言葉は、「二つ折り葉書」の、「脇なし」バージョンという意味で、明治7年(1874年)4月1日付で発行された、郵便はがきを指すものです。当時の郵便切手と同様に、原版は手彫りで刻印された後に腐食法で印刷用の版が作られています。
前年の明治6年に、日本で最初のはがきとなる「紅枠二つ折りはがき」が発行され、ついで、「脇付き二つ折りはがき」が発売されました。この二種類のはがきはいずれも比較的短命で、使用された数も少ないために現存数も限られており、特に紅枠二つ折りはがきは現在のマーケットでは高値で取引されています。
ここで使われている「二つ折り」という名称は、はがきでありながら大判の紙が用いられており、通信文を書いたのち、はがきを半分に折って、通信文が見えないように設計されたことからつけられています。配達中に文面を他者に読まれることを避けるための工夫ですが、世界にも例を見ない様式です。日本固有の文化、心遣いでしょうか、後年の一枚もののはがきでも、真ん中に折り目がついたものがしばしば見かけられるのは面白いことです。
さて、明治7年に脇なし二つ折り葉書が発行されました。このはがきでは、その前のバージョンの脇付き二つ折りはがきの印面から、「郵便はがき印紙」という脇書きが省かれ、かつ、印面表示がそれまで「郵便切手」であったものが「郵便はがき」に変更されました。
脇なし二つ折りはがきとしては、これまでの二つ折りはがき(紅枠、脇付き)と同じく、市内向け用に橙色の半銭はがき、市外向け用に青色の一銭はがきの二種類が発行されています。このはがきの発行を受け、手軽に郵便を出すことができるようになり、郵便利用が飛躍的に普及したという説もあるようです。
全体の様式は脇付き二つ折りはがきと基本的に同じで、開いた状態で、宛名面には印面表示と飾り枠、内面の右に規則書、左に5行の通信欄が設けられています。
額面が表示されている印面は、当時の手彫切手と同じ文様で、桜と桐をモチーフにした美しいデザインです。仮名が入っており、半銭はがきでは「ロ」から「ツ」、一銭はがきでは「ロ」から「エ」が確認されています(近年、一銭はがきで新しい仮名が発見されたようです)。それぞれの仮名について、6ないし12の異なる版が存在していますので、全てを集めるのは難行でしょう。
おもて面に複数の版が存在することに加え、この脇なし二つ折りはがきの面白い(そして大変な)面は、内側の規則書のヴァリエーションが数多く存在することでしょう。規則書は手彫りではなく、活字を組み合わせて印刷されています。この活字が摩耗したり損傷したりするたびに新しい活字が組み込まれ、かつ、活字の入れ忘れや天地が逆になったりするエラーと、そもそもの規則書の幅や字合わせにヴァリエーションがあって、全てを勘案すると数百種類にも上ると推定されています。
規則書の分類としては、まず、規則書全体の字揃えが、通信欄の上端に揃っているのか、通信欄の下端に揃っているのかで分けられます。
次に、規則書の幅が普通(並幅)なのか、それよりも狭いか広いかの、合計3種類が存在します。このうち、幅広はごく限られた仮名でしか発見されておらず、たいへん珍しいもののようで、小生のコレクションには残念ながら含まれていませんので、並幅と幅狭の2つを示します。
さらに、規則書の冒頭の「規則」の字が、規則本文第一行目の活字と揃っているのか、上下にずれているのか、そのずれの程度はどのくらいなのかで数種類に分けられます。小生の手元には、「規則」字が半字分だけ上下にずれたものがありました。なお、「規則」の2文字の間の空白が抜けているエラーも存在するようです。
さらに規則書本文を細かく見ていくと、所々で送り仮名が抜けているエラーが見受けられます。よく知られているものとしては、「届ケ先」の「ケ」が抜けて「届先」になっているもの、「決シテ」の「シ」が抜けて「決テ」になっているものがあります。さらに、細かく見ていくと、「一」の活字の天地がひっくり返っている逆植もしばしば見受けられます。ほかにも規則書本文3行目の「国内」が「内国」になっていたり、仮名の「ヲ」と「テ」が取り違えられたりという活字組みエラーが存在します。このような間違い探し、当時の職人さん達のあら探しをしているようで少し気が引けるのですが、二つ折りはがきならではの楽しみ方でもあります。
さらにさらに規則書本文を眺めると、同じ文字でも様々な書体が使われていることがわかります。例えば「はがき」の三文字をとって見ても10種類のヴァリエーションが確認されています。カタカナの活字は、最初は小型の活字であったものが、次第に大型の活字が混じってきて、後半の仮名のものでは大型の活字が主になっているようです。下に示したものは、右が仮名活字小型、真ん中が仮名活字大型で、左は小型大型が入り乱れて使われています。漢字の活字にも大小があって、全体を組み合わせると何パターンになるのでしょうか。組み合わせとしては有限ではあるはずですが…
私はこの脇なし二つ折りはがきに興味を持って収集をはじめ、仮名を揃えたり、仮名ごとの版を調べたり、規則書のヴァリエーションを調べるためにマテリアルを集めていた折に、別のLabノートでご紹介する「安土町二丁目」箱場印が押された一枚に出会ったのが、箱場印に興味をもつようになったきっかけなのです。
脇なし二つ折りはがきのいいところは、消印にこだわら無ければ、手彫郵便物のエンタイアとして最もお手軽(?)に手に入れることができるところでしょう(不統一印押しのものや、青1銭切手が追加で貼付されたものなどはなかなかのお値段なので手が出ませんが)。
明治初期の職人技の凄さと美しさが光るはがきですので、紙モノにご興味がある方はぜひ一枚お求めになられて、じっくりと味わってみていただきたく思っています。