ナウシカの思い出
こんにちは、あゆとみです。 https://muuseo.com/misan/items/334 1984年、広島。 アニメを見に行くんだという予備知識だけで家族に連れて行かれた映画館で見たのが風の谷のナウシカだった。 映画館に入る前の脳が半分眠っていたとしたら、映画館を後にした時の私は、今まで使っていなかった脳の部分を刺激されたような、細胞が活性化されたような、まるで全身に感動の粒子が飛び回ってわ〜いわ〜い!と喜びに息づいているような、そんな多幸感を味わっていた。 ナウシカをみる前の世界とみた後の世界に「ナウシカ前」と「ナウシカ後」とでも言いたくなるようなそんな衝撃といっても過言ではない。 https://muuseo.com/tama/items/250 まず何といっても主人公であるナウシカが新しかった。 アニメ史長いといえど、ナウシカみたいな多面性の魅力に富んだ主人公がかつて存在しただろうか。 可愛い、綺麗が印象に残るキャラクターはたくさんいる。 表面上はナウシカも同じ形容詞が当てはまる。 だが彼女はさらに違う一面を持っている。 賢者のような知性と既成概念にとらわれない自由な精神、とでもいおうか。 タブーとされている腐海に疑問と興味をもち、密かに腐海の植物を持ち帰って綺麗な水で育てる実験を試み、悪いのは植物そのものではなくて土なのだと結論づける。世の中でダメとされていることを鵜呑みにするのではなく「どの部分がダメなのか?」と疑問を抱き、さらに「解決策はないのか?」と学者のような探究心と知性で挑んでいく。幼い頃から危険とされる王蟲の幼体と遊んだりと、親にとっては育てづらく、心配で手に負えない問題児だったことだろうが、物事を多くの人とは全く異なる視点から見ることができ、世の中を変えることのできる型破りな知性を持った人物なのである。 https://muuseo.com/tantan121212/items/807 ナウシカの聡明さは、相手の恐怖や弱さからくる強がりや攻撃性もすぐに見透かしてしまう。 「怖くない ほらね 怖くない ねっ? おびえていただけなんだよね」 ナウシカがユパが連れてきた本来「凶暴」とされていたキツネリスに言ったセリフである。指を強く噛まれて、血が流れているのに構わずに話しかけるナウシカに、キツネリスは警戒心を解いていく。 彼女の懐の深さと慈愛に触れたものはやがて心の武装を解除して穏やかになるのだ。 「あなたはなにをおびえているの?まるで迷子のキツネリスのように」 こちらはナウシカがクシャナに言った印象的なセリフである。 クシャナにとっては図星なので当然カッチーン!とくるのだが、この言葉は頑なに武装した彼女の心にもジワリと染み込んでいき、のちに変化をもたらしていくことになる。 https://muuseo.com/u-zool/items/830 次にあげたいのは宮崎駿の群を抜いて独創的な世界観だ。 みたことのない世界で、みたことのない異形の生き物たちがうごめき、本当に存在するかのようにこれでもかと感覚に肉薄してくる。宮崎駿という天才の頭によって創られたその世界の独創性は革命的だった。ぶっ飛んでいた。 あの飛び抜けた個性と独創性。 彼の作品が世界を席巻した理由がわかるというものだ。 そして彼の創り出した生物の説得力もすごかった。腐海を守る虫達、そして何といっても王蟲だろう。 https://muuseo.com/n_giulietta/items/32 初めて王蟲を見たときは、まるで図鑑を読んでいる子供のように、それまで知り得なかった生物について本気で知りたくなって夢中でみている自分がいた。 。 王蟲って脱皮するんだ、へえ〜 すっごく硬い殻なんだ〜ほお〜 王蟲の目って、怒ると赤くなるんだ、へえ〜 と、こんな感じで導入部分から王蟲に惹きつけられ、いつの間にか感情移入し、王蟲が怒ると王蟲を怒らせた人間に怒りを覚え、王蟲の突進には畏怖を感じ、ナウシカに対する王蟲の優しさに涙している自分がいた。あのチビ王蟲がナウシカにまだ短い触手を伸ばすシーンには何度見ても涙が込み上げてくる。 https://muuseo.com/Wunderkammer/items/26 それにしてもあの世界。 あれは生半可な想像力で創られた世界ではない。なんとなくこんな感じの世界の話にしてみようか〜と世に出されたものではなく、そこでの春夏秋冬の生活、歴史、文化など、細部の細部まで頭でしっかり想像できたものをこの世に提出したものだと思う。 宮崎駿という人の恐ろしいまでの創造性と才能に感服せずにはいられない。 https://muuseo.com/maruomaruo/collection_rooms/4 ナウシカの魅力を語る上で、久石譲の音楽は欠かせないだろう。 メーヴェで空を飛ぶナウシカの爽快感、腐海の神秘、金色の野に立つナウシカの姿に心が揺さぶられたのも、宮崎駿の世界観をあますところなく表現した久石譲の音楽あってことだろう。 https://www.youtube.com/watch?v=B51bLBdUt3w ナウシカの曲はどれも印象的なものが多いが、オープニングテーマと一緒に印象に残るのが、ナウシカレクイエムだ。 曲名こそ知らなくても、まだあどけない少女が口ずさむあの「ランラーララランランラン♪」が頭に焼き付いて離れなかった人は多いのではないだろうか。 https://www.youtube.com/watch?v=R62eyWnKquk&t=22s ーと、延々と語ってしまうほどナウシカに完全に心を奪われた私なのだが、その当時、ナウシカに魅せられた子供は言わずもがな、いたるところにいた。 私が通っていたとある田舎の中学校だったのだが、クラスでも当時はナウシカの話題で盛り上がっていたことを記憶している。 そういえばクラスのやんちゃ男子二人組が興奮気味にこんなことをいっていた。 「ナウシカみた?あれ、パンツはいとらんかったじゃろ」 「うん、ノーパンじゃった。」 ・・・えっそこ!? あの壮大な物語を見て、彼らの心に残った一番大きな衝撃がノーパンか否かという点だったということにはいま思い出してもわらってしまうし、記憶に焼き付いている。 個人的にはあれはバレリーナとかが着る感じの厚めのスパッツだと思っていたのだが、まあそこはいいか。 のちにアメリカで知り合って友達になった新潟県出身の女の子は、同時期に小学校でメーヴェごっこをしていたそうである。 なんでも絵の教室にあるような長椅子にお腹をのせ、両手を広げ脚を伸ばして、「メーヴェ!」とポーズを決めるのだとか。同じクラスにいたらおそらく私もやっていたことだろう。 https://muuseo.com/kikyouyagroup/items/199 https://muuseo.com/ghibli/items/370 アメリカというとこんな思い出もある。 私が留学していた1994年当時。 アメリカのビデオレンタル店には今みたいに日本のアニメのコーナーなどまだなかった。日本のアニメを見たければ、ジャパンタウンにある日本人用ビデオレンタル屋に行くしかなかったのである。 どんなアニメが置いてあるのかチェックがてらに入ってみたそのビデオ屋に、 「ナウシカ英語版です!」と日本語で書いてあるポップを見つけた時にはそれは興奮したものだ。 早速、いそいそと借りて家で見始めたのだが、開始わずかで興ざめすることとなる。 な、なんじゃこりゃ??? まずはナウシカの声に激しい違和感を感じた。 あの、繊細でありながら意志の強さを感じさせる島本須美演じるナウシカの声は、なんだか野太い、海千山千な感じの中年女性の声で吹き替えられており、名前も出どころの謎な「プリンセスザンドラ」に変更されている。 好きなシーンがちょいちょいカットされている。 度重なるシーンのカットにともなって久石譲の壮大なる調べもそのスケールを失い、妙なパッチワーク感に現実に引き戻される。 これは、私の好きなナウシカじゃない・・・ 視聴前の高揚感は何処へやら。どよよんとした気分で私は見るのをやめた。 何が一番悲しかったって、大好きなナウシカが妙な形で世界に紹介されてしまっているという口惜しさだった。 「アメリカの人はこれを見てナウシカの良さをわかるのか?いや、わかるまい。」 今回の記事をきっかけにナウシカがなぜあんな妙なことになっていたのか今一度調べてみようと思い、あの作品の題名とそれにまつわる背景を知ることになった。 あれこそがジブリが初めて信頼して翻訳権を許したが、のちに大後悔することになったという幻の翻訳版、Warriors of the Wind(直訳すると風の戦士たち)であり、その酷さに激怒した宮崎駿が10数年後にディズニーから一字一句カットしないという約束を取り付けるまでジブリの作品を海外展開するのを拒否し続けた原因となった黒歴史だったのだそうだ。 そりゃそうだ。確かにあれはひどかった。私のようなただの1ファンでさえそう感じたのだ。製作者からするともうはらわたが煮え繰り返るだろうというのは容易に想像できる。血潮かけて育てた大切な我が子を勝手に切られ、焼かれ、ケチャップをかけて世に紹介しなおされたようなものだったからだ。 https://www.youtube.com/watch?v=y7tEsAduMsg だが時代は変わった。 今ではアメリカでも風の谷のナウシカは一字一句まで忠実な字幕とオリジナルのイメージそのままの声優の演じる吹き替えバージョンがで楽しむことができるようになっている。めでたしめでたしなのである。 風の谷のナウシカ。 いまさらだけど、この世に生まれてきてくれてありがとう。 #風の谷のナウシカ #宮崎駿 #久石譲