昭和モノ・ストーリー 〜姉の電話機〜

初版 2022/05/29 08:03

改訂 2022/05/29 08:03

この電話機は姉のもの、というか恋人とつながるための姉専用のモノ。



当時我が家で使用していた電話機はカールコードの付いた若草色のもので、階段下の廊下に置かれていた。

電話が掛かってくれば家族の誰かが受話器を取り、掛かってきた相手を呼んでつなぐ。

すぐ隣の居間にいれば当然誰からの電話か分かるし、電話でのやりとりもそれとなく処々ではあるが家族の耳に入る。


電話には大きく分けて二つの役割がある。

用件や情報を伝えること、そしてもうひとつは想いを伝えること。

後者は多くがプライベートな内容を含み、それは他人には知られたくない自分と相手だけの特別なモノ。特に恋人から掛かってきた電話であれば尚更、想いを伝えることは一番大切な事だ。

家族の耳を気にして言葉に出しにくい想いを伝えることは難しくもどかしい。いきおい電話も長くなる。

暗く寒い廊下の階段に腰掛けて小さな声で頷く姿は見て見ぬ振りをする側も辛い。


幸いなことに姉の恋人(幸いなことに現在の私の義兄)は当時の電電公社に勤めており、自前で我が家の電話に切替器を取り付け、二階の姉の部屋まで延ばした電話線にこの古い黒電話機を取り付けてくれた。

これで姉は家族の耳に気兼ねすることなく自分の部屋でプライベートな話しが出来るようになった。ただせっかちな姉はたまに切り替えスイッチを戻すのを忘れる事が有り、二階でベルが鳴っても気付かず掛かってきた電話に出れない事もあった。

その後一年程して姉はその恋人と結婚したためこの黒電話機の役目は終わり、それ以来ずっと50年近く押し入れに眠ったまま。


「もしもし、ねぇ聞いてる?」

受話器を上げると姉の少しすねたような声が聞こえてくるような気がした。

今だにLINEで手紙を書くような言葉を送ってくる姉はこの彼女専用の電話でどんな想いを伝えたのか、伝えたかったのか。

見えない相手に想いを伝えることは昔も今も方法が変わっても難しくもどかしい。



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スペースが無くて飾れないモノ達に愛を込めて…

質も量もコレクションとは言えないモノ達ですが、
ここMUUSEOに個人遺産として2020年12月登録されました。

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