昭和モノ・ストーリー 〜私のカセット〜

初版 2022/05/21 22:56

SONY社からウォークマンが発売された1979年、当時学生だった私は音楽を外に持ち出すという新しいスタイルに憧れる一方、自分の生活を振り返ってみてその使い方を思いあぐねていた。



写真のポータブルカセットデッキ(以下Pカセット)はご覧の通りウォークマンではない。無名メーカーのそれこそ安売り品で、音質や機能はおそらくウォークマンの比ではなかったと思う。

生意気にもスピーカーはやれダイヤトーンだヤマハだと言ってはメーカーブランド志向でコンポを組んで聴いていた私が、何故安売りのPカセットを買って何処でコレを使ったのか…。


話は40年ほど前、1980年の暮れも押し迫った12月末。

学校も休みに入り何となく都会の喧騒にも疲れ何すること無く一人ダラダラと過ごす中、ある日ロックやクロスオーバーばかり聴いていた私の耳にラジオから一曲のフォークソングが流れ込んで来た。

列車で故郷へと向かう情景を描いたある意味演歌にも近いその曲は、久しぶりに私に故郷を思い出させそして唐突に列車に乗ってその曲を聴きたいと思わせた。

すぐさまレコードを買いカセットテープに録音はしたもののそれを列車で聴くウォークマンを持っておらず、またそういったタイミングでは良くあることだがそれを買える金銭的余裕もその時無かった。


故郷へと向かうその日、私は上野の手前の秋葉原で電車を降り値段の安いPカセットを探し歩いた。行きの電車賃さえ残せば後は実家に帰って何とでもなる、そう言い聞かせてやっと見つけて購入出来たものがこのPカセットだった。


年末の上野駅は人で溢れ乗り込んだ電車はひどく混雑していたが、なんとか席を確保しその安堵のせいか暫くすると寝入ってしまった。

気が付くと列車は黒磯辺りを走っていて、いよいよ関東から東北へと入ろうとしている。人いきれで曇った車窓の向こうには既に雪が見え隠れし、すっかり葉を落とした木々の間に寒空が広がっている。

私は思い出したように買ったばかりのPカセットを取り出し、先日録音したテープを入れ再生ボタンを押した。

列車の振動とレールの音にシンクロするように曲が流れ、目の前にある情景と一緒にヘッドフォンを通して頭と心の中に染み込んできた。そしてその染み込んだ曲はやがて水滴となって曇った窓ガラスに映る顔を流れ落ちた。


白季千加子 『一枚の切符』 アルバム「あいらぶゆう」



その後このPカセットは余り使われる事無く、今日見つけるまで実家の引き出しにずっと忘れられていた。

そうウォークマンで無くて良かったのだ、ただ故郷に帰るきっかけが欲しくて買ったのだから。



追記

白季千加子は私と同年代の青森県弘前市出身のフォークシンガー。上京しての活動期間は短いものでしたが、明るいニューミュージックが多いこの時代に古臭く泥臭いブルージーな曲を多く歌っていました。

残念なことに実家に残っていたレコードの中にアルバム「あいらぶゆう」は探したけれど見つからず、上の写真は代わりに彼女の最後のアルバムとなった「P.M.6:35 AUTUMN」をバックに撮りました。



#コレクションでなくてすみません

#昭和モノ

#カセット

#音楽

#思い出

#頑張れ自分

スペースが無くて飾れないモノ達に愛を込めて…

質も量もコレクションとは言えないモノ達ですが、
ここMUUSEOに個人遺産として2020年12月登録されました。

Default