掘り起こされたモノ

偶然

長男に幼少の頃の写真が見たい、とせがまれ、底冷えする納戸に向かった。

かつては写真を撮れば小まめに現像し、アルバムに納めていたものの、全てを納めきれるわけでもなく、想いでの選定から漏れた写真は収納箱にしまわれ、納戸深くに眠っている。

底冷えする納戸に赴き、久方ぶりに写真を引き上げてみると、何やら写真のサイズとは似つかない大きな長方形が紛れていた。

小学生の頃、夢中になっていたミニ四駆とプルバックカーのプラモデルだった。

大人になってから入った模型屋でたまたま目にした懐かしいモノを発見し、手に取ったのだろう。

ただ、購入しただけで、組み立てもせず、モノも記憶も奥底にしまいこんでいた。

掘り起こされた想い出

しかし、なんというタイミングか。

一昨日は亡き父の誕生日。

若かりし頃から母の忠告も聞かず、クルマに情熱を傾け、BMWをこよなく愛していた。最後に所有していたBMWが635csiだった。

まるで、誕生日祝いに635を組み立てて、仏壇にビールとマルボロとともに供えてくれよ、と言われているような気がしなくもない。

今はミューゼオに展示している通り、音楽と酒に関するモノに情熱を傾けているが、父の影響もあって特に小学生の頃はクルマに情熱を傾けていた。

なかでも635には強い想いいれがある。

組み立てて手元に置いておきたい、そう思った。

それにミューゼオで、皆さんの素敵なカーコレクションに触発され、再びクルマへの熱も高まっていたから。

そっと箱を開けてみる。

そこには黒いプラスティックの枠に繋がれている黒く光るプラスティックのボディが収まっていた。

ふと、頭の中の黒く靄がかった曖昧な記憶に、光が差し込んだような気がした。

徐々に鮮明に色を帯びる記憶。

そっと箱を閉じる。

歳を重ねるにつれ、記憶が徐々に消されていくような感覚を最近覚えていることが頭をよぎる。

このモノを組み立ててしまったら、若く幼かった日々の記憶が徐々に消されていってしまうんじゃないか、と。

今日のような刺激が必要なんじゃないか、と。記憶をとどめるためには。

そっと箱を閉じる。

新しいオモチャが手に入ると、楽しげに眺めていた二男が不思議に見つめる。

程なくして、オモチャは手に入らないと悟り、落胆する。

父の晩年(と、いっても、50歳だった)は、様々な問題を抱え、息子である自分とは激しく対立したこともあり、今でもあの時、もっと理解を示してあげればよかった、と後悔の念を抱いている。

しかし、小学生の頃、BMWに乗せられ一緒にディーラーに遊びに行き、整備場でALPINA B-7 Turbo CoupeやHARTGEを見て大興奮した想いでは今でも忘れられないし、これからも消えずに残っていて欲しい。

そして僕は途方に暮れることもなく、底冷えする納戸に再び向かう。

#思い出