彼女は誰なの?ジャズシンガー伊藤君子のこと
初版 2018/04/28 10:50
改訂 2022/12/20 13:53
こんにちは、あゆとみです。
https://muuseo.com/toyokun-no-papa/items/124#!page-2
え、この人誰?面白そう!
先日、ミューゼオの皆さんのコレクションをブラウズしていた折に、彼女をみつけた。
たまにこういう人が現れる。
見た瞬間にその人の生き様が気になる人。
この人について知りたいと強く思わせる人。
白黒写真には一人の女性が写っている。
今が楽しくて仕方ないとでもいうような爽快な笑顔。
「どおよ?」とでもいうような開放的なポージング。
おそらくは古着を組み合わせたと思われるファンキーで遊び心のあるファッション。
その姿は雄弁にいろんな彼女を伝えてくれる。
誰がなんと言おうと自分の道を行くというような強い意志力。
人生楽しんだもの勝ちよ。前進あるのみ。楽しみましょうよ!というような底抜けのポジティブ感。
弱いものを理解する繊細さも持ちながらも「いつまでメソメソしてるの?しっかりしなさいよ!」とお尻叩いて叱咤激励しそうな下町の母ちゃんのようなパワー。
人として抜きん出た生命力というか、こういった様々なものを感じさせる、実に見事なポートレイト写真だ。
アルバムのタイトルはかのバーバラ・ストライサンドのクラシック、The Way We Were (邦題:追憶)。しっとりとした珠玉のバラードだ。
この写真の女性がどんな声でこの曲を歌っているのか興味が湧いた。
ーというわけで、今回は彼女、伊藤君子について調べてみた。
リサーチはじめて早々、自分の無知に恥じ入った。なんと彼女は名実ともに日本を代表するジャズ・シンガーだというではないか!
ええっ、すみません!と早々にたじろいだが、気を取り直して、略歴をみてみよう。
香川県小豆島に生まれ、4歳の時に美空ひばりを聴いて歌手を志し、武蔵野美術大学で油絵を学ぶ。1982年中原マキ名義で演歌歌手としてデビューし5枚のシングルを出す(こちらはヒットせず)。その後沢田靖に師事してジャズ・シンガーに転身。1984年、単身ニューヨークに渡って、ジャズクラブ「サットンズ」に出演。以後、日米両方で大活躍することとなったのだという。
次はいよいよ歌だ。
ジャケットから入る人の場合、聴く前は「思ってたのと違ったらどうしよう」という不安がつきものだが、聴いたら不安は一蹴された。
アルバムジャケットで想像した彼女の人となりがそのまま現れたような歌声だったからだ。
素地はしなやかで、艶と包容力のある大人の女性の声だ。その声が豊かに変幻する。バラードでは時に情感たっぷりに揺らぎ、アップテンポの曲では、いたずらっ子のような遊び心たっぷりの表現をして見せる。低音の深み、中域の安定、高音の軽やかさ、全て備えた、実に魅惑的な歌唱なのだ。
https://www.youtube.com/watch?v=7PXQaTgOxdY
https://www.youtube.com/watch?v=lNn0e34B9JA
もともと歌謡歌手としてデビューした後のジャズ・シンガーへの転身だったというが、実に自然な成り行きだったように思われる。ジャズはこうあってほしいと思わせるようなツボを気持ちよくついてくる。彼女がジャズの本場アメリカで絶賛されたのもうなづけた。母国語でない歌を歌う時の「さあ、歌うぞ」感というか、いっぱいいっぱいな感じがまったく感じられないのだ。ど〜んとくる説得感がある。自分の中で十二分に咀嚼してから余裕をもって彼女の言葉として発しているというか。
ユーモアのセンスも持ち合わせている。
伊奈かっぺいの「津軽弁でジャズを歌ってみませんか?」という誘いに答えてインディーからリリースしたというアルバム、津軽弁ジャズ〜ジャズだべ!ジャズだべさ!は愉快痛快だ。あの名曲マイ・フェイバリット・シングスが青森の少女の目線で「わあの大好きだもの」に書き換えられていたりと、目をみはる面白さだ。また、彼女のこうした異色の誘いに応じる懐の深さも魅力的だ。
https://www.youtube.com/watch?v=epWuBjK8MHk
伊藤君子といえば、近年では攻殻機動隊シリーズの劇場版アニメイノセンスの挿入歌でも有名らしい。別の背景で聞けばまたガラリと印象が変わる曲だと思うが、イノセンスの映像と一緒にみると、形あるものはみな壊れるのだというような命の儚さ、その刹那の生をがむしゃらに生きる人間達への慈愛、文明社会の倦怠感とかいったものまでを連想させられる曲にきこえる。
https://www.youtube.com/watch?v=CNJQ6zIql2k
https://muuseo.com/ST_321_JAPAN/items/33#!page-2
それにしても彼女の外見の変貌ぶりは特筆ものだ。
「追憶」のアルバムジャケットに写っている彼女がファンキー・レディーなら、このアルバム以降の彼女は2014年に発表した彼女のアルバムタイトルそのままに「ソフィスティケイテッド・レディー」。実に洗練された大人の女性に変貌を遂げているからだ。
おそらく「追憶」のアルバムジャケットに使われた白黒写真は1984年渡米当時の写真なのだろう。
「ついに来たよ!ニューヨーク!」そんな溢れ出す高揚感を捉えた一枚なのかもしれない。
その後の装いの変貌は、時代もあるだろうが、ジャズ・シンガーとして成長し、成功を収めて行く過程でどんどん洗練されていった、ということなのだろう。
もっとも、ファッションが落ち着いても彼女の歌声は昔もいまも変わらず型破りだ。
私が今回、大変に遅ればせながら初めて訪れた伊藤君子という人の音楽、それはいつまでも浸っていられる、そしてまた訪れたくなる、心地よい波のような世界だった。
#伊藤君子
#The_Way_We_Were
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