イギリス式コンパス
初版 2024/01/30 23:19
子供のころ、通っていた勉強学校(私塾)の先生がもっていたコンパスが気になって仕方なかった。
そのコンパスというのは、私たちが学校で使うものとはまるで異なっていた。
近所の文具店や購買部ではまったく見かけない、ふしぎな形態のものだった。
まず、脚の部分が真ん中で二つに折れる。
それから頭の部分に溝が刻んであって、まるでアンコールワットのてっぺんのように段々になっている。
全体の作りもしっかりしていて、手に持ったら重そうだ。
先生はそんなコンパスを指先でくるくると回しながら生徒に勉強を教えていた。
ずっと後になって、それはとくに珍しくもない、イギリス式のコンパスで、ちょっと大きな文具店に行けば買えるものだと知ったが、そのころにはもうコンパスに対する熱意も冷めていて、とくに欲しいとは思わなくなっていた。
ところが、いつごろ買ったのか覚えていないが、うちにはイギリス式のコンパスがひとつある。
おそらくどこかで見かけて、子供のころを懐かしんで買ったものに違いない。
そのコンパスを取り出して、眺めてみる。
これがあの先生の使っていたコンパスと同じものだろうか。
同じような気がするし、違うような気もする。
ひとついえることは、先生のもっていたコンパスが目も眩むような魅力に満ちていたのに対し、手持のコンパスをいくら眺めても、そういう胸をつくような感興は湧いてこない。
いい形だと思うけれど、ただそれだけだ。
それにしても、あの先生は、なぜ必要もないのにコンパス片手に授業していたのか。
いまの私にはそっちのほうが気になる。