膨張 

初版 2024/03/06 00:27

改訂 2024/03/08 13:37

パソコンの調子がよろしくない。仕事に支障が出てきたのでしばらくだましだまし使いながら、専門店に後釜を捜しに行く。全治2か月だね。起動しないときがあるので、機嫌がいい時ににバックアップを外付けのHDに移し始めた。

とりあえず、今はつかえる。

さて、

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第3番ハ長調op.2-3

第1楽章 アレグロ コン ブリオ
第2楽章 アダージオ
第3楽章 スケルツォ:アレグロ
第4楽章 アレグロ アッサイ

周りをゆっくり見渡して、身に纏っていたハイドンの衣を脱ぎ捨てた途端に一回り体格が膨張したようだ。

これがベートーヴェン本来のスケールであり、音構造の堅牢さである。

でも、当時、このようなダイナミズムが諸手をあげて賛同されたのかな…と勝手な想像をする。

「これが私です。先生」とでも言っているみたいなハイドンへの最後の挨拶でもある。

この頃のベートーヴェンの耳の周りにはまだ十分外の音楽が聞こえるだけに、自分の内面との対話は少ない。

聞こえてくる音楽を取り込みつつ、さらに技巧的にも主題や動機の扱いにも意欲的で立ち止まることがない。

自己主張が音楽の形をとって炸裂している。

その一つひとつがゴージャスである。弾けたら面白いだろうね。

第1楽章
はその典型。

とてもピアニスティックでゴージャス。コーダには協奏曲のようなカデンツァが用意されている。

短調の主題は旋律を聴かせるためにスマートなホモフォニー。長調は重奏する旋律線を際立たせるポリフォニックな精度を練り上げている。

ただ、それはまだ、ピアノ・ソナタを作り上げているのであり、見事だけれど、彼の築いた孤峰の裾野に過ぎない。

第2楽章
はホ長調のロンド形式。規模は小さいけれど、分散和音が水面にさざ波を立てた後、悲痛を叩きつけるような 大きな波が感情の抑揚を煽る。

それは晩年の音を探しあてて行く行間が生む意味の深さよりも、自分から音楽の流れで掴んでゆく旋律的創造であり、暗さに美しさがあるが、霊感に欠ける。

変な表現だけれど、音に頼っている。

モーツァルトは、決して短調でなくても心と手をどこに置いていいのかわからないような無垢の哀しみを一片の雲もない青空の中に見せたりする。

才能の質が違う。

というか霊感の質が違うというか…

突然椅子を蹴ってすくっと立ち上がり、ピシリと行きたい方向に指をさす。

全てがその方向に向かって走りはじめる。後期の音楽が持っているその音楽ではない何かに向けられた意思はまだここにはない。


第3楽章
はせわしない分散和音が目立つけれど、そう、曲種は違うかも知れないけれど、ボクには第3交響曲のスケルツォを生むインスピレーションの源泉のような生がする。

好きだねこういうの。

これはもうメヌエットなどと称さなくてもスケルツォといって反っくり返っても許せるね。

第4楽章 スピード豊かなパッセージが展開する。
とてもテクニカルにつくられている。
そう、この音楽は「つくった」のである。
後期の弦楽四重奏曲の、あるいはピアノソナタの「できた」という音楽とはまだ一線を画している。

グルダは全曲なので、ここではミケランジェリで音を楽しみましょう。彼の第3番の演奏はこのステレオのものを聴いても、1941年のモノラルのノイズの中から聞こえる演奏でも、ほとんど変わらない。
全ての音が完璧に鳴っている。
ベートーヴェンでは必ずしも必要ではないんではないかと思うのだけれど、そういう疑問を聴いている間、まったく忘れてしまっている自分がいる。
当たり前だけれど、もの凄いピアニストである。

彼の逸話にこういうのがある。いつ頃のはなしかは覚えていないが、長く彼に信頼された日本人のピアノ調律師であった村上輝久さん

が語ったいくつかの逸話のひとつだったと思う。

モーツアルトのピアノコンチェルトのコンサートがあり、村上氏は完璧主義者のミケランジェリのOKが出るまで他のピアニストに対するレベルよりもはるかに精度を込めて調律したそうだ。ミケランジェリも満足の様子だったが、そのコンサートは大成功に終わり、ミケランジェリはアンコールでベートーヴェンを弾き、無事何度かのアンコールにこたえての帰り際に、村上氏に向かって片眼をつむって見せ、『ミスター。村上、今日はちょっとさぼりましたね』と言ったそうだ。

村上氏はアンコールにベートーヴェンを弾くとは思わなかったので音域をモーツアルトの曲については完璧にミケランジェリ用に調律したけれど、オクターブが広いベートーヴェンの音域の部分は弾かないから大丈夫と、少し手を抜いたとのこと。それでも、他の名ピアニストが満足してくれるレベルの調律はしていたとのことですが、ミケランジェリにはわかってしまったらしい。

何とも凡人の会話ではないね。調律師としての村上氏に対する彼の信頼と彼が手を抜いた理由も承知しているミケランジェリの凄さも良く伝わってくる話で、印象残っている。

古生物を中心に動物(想像上のもの)を含め、現代動物までを描くイラストレーターです。
露出度が少ない世界なので、自作の展示と趣味として行っている地元中心の石ころの展示を中心に始めようかと思っています。
海と川が身近にある生活なので気分転換の散歩コースには自然が豊富です。その分地震があれば根こそぎ持っていかれそうなので自分の作品だけは残そうかとAdobe stockを利用し、実益も図りつつ、引退後の生活を送っております。
追加ですが、
古いものつながりで、音楽についてもLabを交えてCD音源の部屋をつくっています。娘の聴いてるような音楽にも惹かれるものがありますが、ここではクラッシックから近代。現代音楽に散漫なコレクションを雑多に並べていきながら整理していこうかと思っております。走り出してから考える方なので、整理するのに一苦労です。

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    とーちゃん

    2024/03/08

     素人には 及ばない域の、
    達人同士の 信頼と許容。

     とても興味深い
    エピソードを伺うことが
    できました。

     ありがとうございます。

     🎹

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