端麗と透徹 クララ・ハスキルのバッハ
初版 2024/01/15 21:53
改訂 2024/01/16 18:10
J.Sバッハ/トッカータ ホ短調BWV.914
YouTube上ビデオの冒頭には彼女のずいぶん若いときの写真が出てくる。
演奏自体は1953年のものらしい。
脊椎が湾曲する病のためにこれを矯正する装具を身に付けて演奏活動を行っていた頃であろうか。
彼女のバッハをボクはあまり聴いたことがない。
モーツァルトのレパートリーの広さからするとベートーヴェンすら慎重に自分との相性を考え抜いていたように感じる。
シューマンやシューベルトも評価は高いけれど、演奏の記録はモーツァルトほどではない。
長い不遇の時代から抜け出たのは第2次大戦以降であり、僕が接したレコードジャケットの写真はほとんど写真のような白髪頭の高齢の姿であるように見えた。
その彼女の演奏。
トッカータというバロック形式によって、その後期で傑作を残しているのは大バッハであることは疑いのないことで、古典から後期ロマンにいたって鍵盤楽器の発達によって打鍵後の鍵盤の復帰が速くなるに連れて、トッカータの曲調が変化してくるのだけれど、彼女はシューマンのトッカータもおそらく弾かなかったし、それ以後のラヴェルやドビュッシーの作品には興味がなかったようだ。
トッカータでの彼女の相性のよさは彼女自身が類い希な感性に導かれた即興的側面を持つピアニストであったことと、対位法的学説の扱いにおいても揺るぎない技術的裏付けを持っていたからに他ならない。
ボクは同様にG.グールドのそこのところの稀類ない傑出が好きで長く彼のピアノを愛聴している。
ハスキルのバッハに対する接し方は彼よりも遙かに狭く、自分の隣に座ってちょっと振り向いて挨拶出来る距離にいるバッハだけを弾いた。
技術で弾かれるだけの濁りのなくメカニカルな数学的演奏ではない。
同じ道を通りながら、感覚は揺れ、即興的な旋律の流れに交替する対位法的楽節に対する準備が既にある。
端麗な流れと磨かれたというより、命を犠牲にしてはじめから彼女が持って生まれた粗雑感のない無辜な響き。
YouTubeで紹介される彼女の写真はボクに強い印象を与えた。
その中に同じルーマニアのピアニストで彼女と似たタイプであったリパッティがいた。
その右隣の男はバックハウスである。この人も作品によって生きるピアニストであった。(申し訳ないけれど、この人の演奏はショパンから聴いているけれど、つまらない作品を弾くと根が真面目だけにホントにつまらない作品に聴こえる。)
このトッカータで見えてくるのは彼女のピアニストとしてのスタイルがその端麗さと透徹した無作為である。
何もしないという行為的な無作為ではなく、感性をそのまま作為無しに流し込める音楽を見いだす力とでもいおうか。
バックハウスは膨大な演奏記録を残し、その選択を聴衆に任せた。(考えようによってはひでえ話だ。)
ハスキルのようなスタイルはまず全集的な録音が成立しにくい。
だからこそ、いつも未聴の可能性がある。
彼女が去って64年の歳月が経つけれど、まだ新しい。
Mineosaurus
古生物を中心に動物(想像上のもの)を含め、現代動物までを描くイラストレーターです。
露出度が少ない世界なので、自作の展示と趣味として行っている地元中心の石ころの展示を中心に始めようかと思っています。
海と川が身近にある生活なので気分転換の散歩コースには自然が豊富です。その分地震があれば根こそぎ持っていかれそうなので自分の作品だけは残そうかとAdobe stockを利用し、実益も図りつつ、引退後の生活を送っております。
追加ですが、
古いものつながりで、音楽についてもLabを交えてCD音源の部屋をつくっています。娘の聴いてるような音楽にも惹かれるものがありますが、ここではクラッシックから近代。現代音楽に散漫なコレクションを雑多に並べていきながら整理していこうかと思っております。走り出してから考える方なので、整理するのに一苦労です。
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woodstein
2024/01/16 - 編集済みハスキルは、アルテュール・グリュミオーと組んだベートヴェンのバイオリン・ソナタの演奏が忘れられないですね。当初はグリュミオー目当てで聴いたのですが、伴奏のハスキルの非凡さを認識させられました。もちろん、「スプリング」や「クロイツェル」もよかったのですが、7番(作品30-2)や10番(作品96)の演奏は曲の良さも相まって素晴らしかった。
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Mineosaurus
2024/01/16いいですね。グリュミオーはローラ・ボベスコト同じフランコ・ベルギー派ですが、気品があって抑制が効いていてモーツァルトもベートーヴェンもいいですよね。クララとグリュミオーのペアはロングセラーですね。彼女と合うヴァイオリニストはあまりいなかったですが、雰囲気があって清々しい。
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